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「ふん。子供の目の前で殺しをするつもりはない」
巫女パパはカメラ野郎が首からぶら下げている一眼レフのカメラを手に取った。
「目には目を、写真の仕返しは写真でだ。この男の無様な姿を撮り、それをインターネットでばら撒くのだ! そしてゲイ専門雑誌とかに写真を売りさばき、勝手に写真を撮られるという苦しみを教えてやる!」
意気込む巫女パパだが、対面する俺は冷めていた。
「中学生かよ。第一、中年親父の無様な写真撮影とか想像しただけで吐き気を催すから。やるんだったら外でやってくれ。鰻子に悪影響だハゲ」
「ハゲって言うな。まあしかし、ユーの言うことは一理ある。これ以上金髪っ子のメンタルをブレイクするのはミーの良心が望まない」
「これ以上って、別に俺は何もしてねえからなハゲ」
「ハゲを定着させるな! まったく最近の若者は年上をすぐに見下すな。昔のミーだったら今頃ユーは血祭りだぞ」
濃い顔をしかめて俺を威圧する。
ただ俺は巫女パパの言うとおりに見下してしまっているため、初対面時のような恐怖感はまるで湧かなかった。
「あーららら、何をやっているんですか貴方達は?」
ミコリーヌがパソコンのモニターに姿を現した。床に倒れているカメラ野郎に目を向けて苦い表情をしている。
「あ、お前さっき呼んだのに何で出てこなかったんだよ?」
すぐさま俺はつっこむ。
「は? 私は貴方のランプの精ではないのですよ。馬鹿も休み休み言わないと、貴方の顔写真を連続強姦殺人事件の指名手配犯としてネット上にばら撒きますからね」
「それだけはやめろ!」
巫女パパよりもばら撒く発想が悪質だ。さすがは巫女製。
「しかしながら、この状況を簡潔に説明していただけませんか? 奇しくもこの面子の中で一番まともなのは貴方なので」などと、憎たらしい顔で俺を見ながら言ってくる。
「ああ、えーっと――」
ミコリーヌに対する個人的な感情はとりあえず置いといて、今あった一連の出来事を簡潔に説明した。
「ほー。本当にお金の為じゃないんですか?」
俺の説明が終わった後、ミコリーヌは巫女パパに疑いの目を向ける。
「その前に、ユーは何者だ?」
怪訝な表情で逆に質問をした。
「ミコリーヌです」
「む、ミコリーヌとはそこの番犬の名であったはずでは?」
鰻子の抱くバルコフを見ながら言った。
「もう何だっていいでしょう。とにかく私はミコリーヌです。それで、この男を一体どうするつもり何ですか?」
「今説明しただろ。このおっさんが写真を撮ってばら撒くってさ」と俺が答える。
「阿呆ですか? いえ、阿呆でしたね。そもそもこの男の写真をばら撒いたとして何の解決にもならないじゃないですか。目には目をなんて古臭い考えはやめた方がいいですよ。貴方達はそれでも先進国の国民ですか? 国の未来の為に死んでください」
「だったらどうしろってんだよ?」
腰に手を当て、溜め息混じりで訊く。
「まずはその男が何者か調べましょう。どこかに身分証明になる物はないですか?」
「ふむ。ミーが調べよう」
ミコリーヌの指示に従って、巫女パパは気絶しているカメラ野郎の着ているコートやズボンのポケットを調べる。すぐに財布を見付けて取り出し、車の免許証をミコリーヌに見せた。
「円西守ですか。犯罪者面してふざけた名前ですね」
名前は別いいだろ。
「………………んー。四十五歳。独身。なるほど、過去に芸能マネージャーをしていたみたいですね。現在はフリージャーナリストってことになっています」
ものの数十秒でカメラ野郎の個人情報を調べてしまったようだ。本当にこいつだけは絶対敵に回したくない。
「あら、芸能マネージャーをしていたのはほんの三年ほど前までですね。しかも、あの木村瀧男のマネージャーをしていたようです」
「キムタキの? なんか臭いな、それ」
「臭い? キムタキとはキムチみたいな食べ物か?」
巫女パパは無視をして、「まさかキムタキが花村を陥れる為に雇ったっていう可能性はねえかな?」
「否定は出来ませんね。この男、かなりの借金があるみたいですし。あと、過去に空き巣の前科を隠していたのが原因でクビになったみたいです」
「真性の糞野郎だったって事か。ここまでどうやって写真を届けたのか不思議だったけど、もしかすると空き巣の技術を使って侵入したのかもしれねえな」
「おそらくそうですね。空き巣をしていた頃の異名が『壁のぼりの円西』と知られていたみたいですから、マンションのどこかしらから壁をよじ登ったのでしょう」
「やっぱりか――しっかし、キムタキと関係があるのは気になるな」
さっきミコリーヌからキムタキの悪い噂をたくさん訊いたばかりだから余計に疑ってしまう。
「うーむ。ミーには話が見えないのだが、つまりはそのキムタキという奴を仕留めればいいのだな?」
巫女パパは目を光らせて薄く笑みを浮かべる。
「誰でもかんでも仕留めればいいってもんじゃねえよ。ここはやっぱちゃんと巫女に報告しておいた方がいいんじゃねえのか?」
「ああ……いえ、巫女は今忙しそうですから、出来る限り私達だけで解決しましょう」
「……?」
一瞬ミコリーヌの言葉に妙な間が空いたのを俺は聞き逃さなかった。
「別に報告するくらい構わないだろ」
「駄目なものは駄目なんです。巫女は一度何かに集中すると他の事には見向きもしませんから。無理に干渉しようとすれば痛い目を見ますし。私は痛い目を見たくありません」
ミコリーヌを目をつむって他所を向いた。なんだかもの凄く怪しい。
「確かに巫女は昔からそんなところがあるな。過去に何度も勉強中の巫女に声をかけて椅子や炊飯ジャーで殴打されたものだ。ハッハッハッハッハ!」
娘に家庭内暴力をされた過去を笑いながら話す巫女パパ。
俺は真顔で、「笑えねえから」
親を家具家電で殴打するとか、普通の親なら更生施設に送り込んでるレベルだろ。だけど考えようによっては、こんな親父だったからこそ、巫女はまだマシな方向に育っているのかもしれないな。
痛い事に変わりはないが。