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「勝手に誘ってんじゃねえよ」
「おい、俺は茶なんて飲みに来たわけじゃねえ。アンタが交渉してくれるっていうから長い階段を上がってまで付いてきたんだぞ」
カメラ野郎がしかめっ面で巫女パパに言う。
「おい、一体どういうことだよ?」
すぐに俺は巫女パパを問い詰める。
「は? ミーは何も知らないんだが。交渉? 茶を飲みながら高尚な話でもしようと言ったのだ」
白々しく棒読みで否定してきた。
「なんだぁ、話が違うじゃねっ──!」
巫女パパはカメラ野郎の肩に腕を回し、無理やりベランダへ出て密談し始める。
何を話しているのかはある程度予想がつくから耳を傾ける事はないが、俺は窓に穴を空けるような軽蔑の眼差しをジッと送り続けた。
「すまんすまん。彼がちょっと外の空気を吸いたくなったもので」
部屋の中に戻ってくると、幼稚園児でもバレる嘘をついてきた。
「嘘付け。どうせ巫女に金を出させて二人で山分けしようって腹なんだろ?」
「なぜそれを知っている!!」
巫女パパは愕然として腰を抜かした。
「あんたが考えそうな事だろ。ったく、おいミコリーヌ、ミコリーヌ」
こうなってしまっては俺だけで対処するのは難しいので、ミコリーヌに巫女を呼んでもらおうとした。
「……」
しかし、ミコリーヌは一向に現れる様子は無い。俺の声が聞こえていないのかな。
「なあ、もうバレてるみたいだし、さっさと娘に交渉してみてくれよ」
呆れたような表情で巫女パパを見下ろしてカメラ野郎が言う。
「やっぱりあんたが写真を撮ったんだな。コソコソと人のプライベートを撮って金儲けとは良い商売だな」
もちろん嫌みを込めて言った。
「何とでも言えよ。しかし、一体これはどういう状況なんだ。ロリコン男が監禁でもされてるってか?」
カメラ野郎は嘲笑して言う。完全に否定が出来ないのが苦しいところだ。俺は視線を落として息を吐く。
「図星か? まあ兄ちゃんがどういう状況に置かれていようが俺には関係のない事だが……」
カシャカシャと、俺にレンズを向けてカメラのシャッターを押した。
「花村結城が絡んでるとなると、話は別だ」
憎たらしく微笑むカメラ野郎の顔を見て、俺は嫌悪感しか抱けない。本性は相当な糞野郎みたいだな。
「……あんた金が目的なんだろ? だったらこんな脅迫みたいなやり方しなくても、出版社とかに持ち込んで売り込めばいいだろ」
「場合によっては本人と直接交渉すれば良い時もあるんだよ。それに今回は、花村の女がかなりの金持ちみたいだしな」
親の目の前で堂々とそんな事を言っているのだから、それを入れ知恵したのは巫女パパなんだろう。
巫女の代わりに殴ってやりたい気分だ。
「おいオッサン。こんな事したら巫女にまた怒られるぞ」
巫女パパに向けて言う。
「ふん。ミーはただ花村結城などというチャラついた輩と巫女が付き合っていることに懸念を抱いているだけだ。巫女に反省をしてもらう意味を込めてあえて交渉人となり、社会の厳しさというものを教えてやるつもりだ!」
自称殺し屋のフリーターが社会を語るなよ。何より理由がまるで納得出来ない。
「そもそも花村と巫女は付き合ってねえし。あーもう、ふざけた事言ってんじゃねえよこのハゲ!」
もはやかろうじて保っていた巫女パパへの敬いなど捨て去り、俺は立ち上がって思いをそのまま口にする。
「ハゲ!? ヘイユー、誰に向かってハゲなどと言っているのか分かっているのか!」
立ち上がり、すごい剣幕で怒鳴る巫女パパ。よほどハゲと言われるのが嫌なようだ。
「あんただよあんた! センターハゲのあんただよ! さっきは娘の為だとか俺に言ってた癖によ、やっぱり金が大事なだけじゃねえかこの糞ハゲ!」
「なにをぉ! 巫女よりも金が大事なわけが無いだろう! ミーはただ巫女から金を貰って、巫女を守る為の武器を買うつもりなだけだ!」
「それが意味分からねえんだよハゲ! あんた脳みそまでツルツルなんじゃねえのかよセンハゲ!」
「ハゲハゲ言うな! オッサンでも言葉の暴力は傷付くんだぞ! ていうかセンハゲって何だ!? センチメンタルハゲの略か!?」
「センターハゲの略だよ!!」
溜まりに溜まった苛立ちをぶちまけるように怒鳴り合う俺と巫女パパ。鰻子はすっかり泣き止んでしまったし、カメラ野郎は目を点にしている。
「お、おいおい、ちょっと落ち着けよ」
熱くなる巫女パパの肩に手を乗せてカメラ野郎が宥めようとした。
しかし、「ミーの背後に立つんじゃなぁぁぁぁぁぁあい!!」
「どぅべっ!?」
なんと巫女パパは反射的にカメラ野郎の顔面に右ストレートを入れて殴り倒してしまう。
殺し屋の背後が危険なのは事実らしい。
「……」
巫女パパのパンチで完全にノックアウトしたカメラ野郎は舌を出したまま気絶している。
「おい、どうすんだよ?」
しばらく沈黙した後訊いてみた。
「ここまではミーの作戦通りだ」
「嘘付け」
「嘘ではない。ユー、まさか本当にミーが金の為に巫女と交渉をするとでも思ったのか?」
「うん」
俺は迷わず頷いた。
「ならばそれは勘違いだ」
「え、本気で言ってるのかよ?」
巫女パパは妙に落ち着いて話しているので逆に疑ってしまう。
「本気だ。本当は地上で仕留めてやろうかと思ったのだが、一応人目のつかない場所にしておこうと思ってな。やたら警戒心が強いので隙を見計らっていたのだが、まあ結果オーライと言ったところだ」
どっちにしろ作戦通りではない件。
「で、例えそうだとしてもどうする気なんだよ。まさか本当に殺すだなんて言い出さないよな?」
いくらこのカメラ野郎が最低な人間でも、そればかりは阻止しなければならない。