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「ホント? でも金也はみんな死ぬって言ったんだよ。死ぬのは会えないことなんだよ」
「そうね。でも、生きていても別れはあるものなの。寂しいけど、それは仕方の無いことよ」
「結局鰻子は独りだよ」
「別れもあれば出会いもあるってこと。少なくとも私が死んでも私の子供や、そのまた子供たちと一緒にいられるわ」
「巫女は子供いないんだよ」
「私は未来の話をしてるのよ鰻子。それと、私を信じなさい。たとえ明日私が死んだとしても、鰻子は独りにはならないから安心して」
「うーん」
腑に落ちない顔をする。
「鰻子、巫女を困らせちゃ駄目でしょ!」
突然パソコンのモニターにミコリーヌが現れ、叱るような口調で話に割って入ってきた。
「本当に鰻子は馬鹿だね。何のためにお姉ちゃんがいると思ってるの? いざとなったら世界中の人間を洗脳して鰻子の友達にしてあげる」
「ダメダメダメダメ! 何恐ろしいこと言っちゃってんだよお前!」
ミコリーヌの狂った発言にすぐさま俺は反応した。
「そもそも洗脳なんてできんのかよ?」
「今は出来ませんが、いずれは可能な時代が来るのでそうしてみたいと思っています」
「やめろ」
「まあ何にしても、お姉ちゃんはずっといられるから大丈夫!」
鰻子を悲しませないようにミコリーヌがそう言って笑った。やっぱりお姉ちゃんなんだなと、俺は密かに感心する。
「分かったんだよ。とにかく鰻子は独りじゃないってことなんだよ」
「そ。良い子」
巫女はまた鰻子の頭を撫でた。
「肉じゃがが冷めるから、早く食べるんだよ」
納得はしていなさそうだけど、鰻子は表情を戻して箸を動かした。
その姿を見ながら、俺は改めて鰻子という存在の重さを認識出来たような気がする。鰻子は間違いなく画期的な発明だと思うけど、世間に普及すべきものではない。これ以上増やすべきでもないと思った。
「──はあー、食べた食べた。んじゃあ研究室に行きましょ」
ご飯を食べ終えると、巫女は自分が使った茶碗や箸をシンクに運ぶ。
「また何か変な物でも作るのかよ?」
「失礼な奴ね、右脳と左脳を逆にするわよボケカス。崇高なる私が作る物は例外なくこの世の宝物よ」
いや、何点かは確実にこの世には不要な物だと思うが。
「とにかく、私はしばらくこの部屋には戻らないけど、出来るなら鰻子に勉強でも教えてあげなさい。いいわね?」
そう言って巫女は足早に部屋から出て行った。
「ごちそうさまでした」
遅れて食べ終わった鰻子が手を合わせる。
そして、「ゲフ」
ゲップだ。
「金也、鰻子は食器を洗うんだよ」
「え、ああうん。ありがとう」
鰻子は俺の分の食器も手に持ってキッチンへと入っていく。
「……」
何ていうか、どことなく鰻子は元気が無いように見える。やっぱりさっきの事を気にしてるのかもしれないな。
「あ」
そういえばこの封筒の事を巫女に話すの忘れてた。ジャージのポケットから封筒を取り出して改めて見る。誰からの手紙なんだろうなー……。
「ん?」
よく見ると封はちゃんと閉じていない。そもそものり付けもされてなかったようだ。しかし、だからとって言って中身を見る事は駄目だ。
でも……ちょっとだけなら……。
いやいや!
……。
頭の中で葛藤したのち、俺は後ろめたさを感じながらも封筒を開けてしまっていた。
「!?」
封筒の中には手紙ではなく、一枚の写真が入っていた。
それには花村と巫女が車に乗る瞬間が写されているのだけど──服装を見た感じ、これは地獄のかくれんぼをした日の写真だと思われる。
だが、これが一体何だと言うのだろう?
写真の裏側を見てみる。
するとそこには、
『この写真を週刊誌に売られたくなければ、今日中に0X0-XXXX-XXXXへ連絡願います』
と、黒いボールペンで書かれてあった。
俺はこれを見た瞬間にピンときた。これは花村を狙ったパパラッチの仕業であり、恐らく俺が見たカメラ野郎なのではないかと……。
花村と巫女しか写っていないのが不思議だったが、たしか俺と鰻子は先に車に乗っていたんだったな。
その僅かな瞬間を撮影されたわけか。しかしどうしたものか。
巫女に言うのは当然としても、研究室に行っちゃったし。鰻子に呼びに行ってもらうか……。
「どうしたのですか?」
写真を見つめながら困っていると、ミコリーヌが話をかけてきた。
「ああいや……実はさ。さっき玄関にこんなものが落ちてて」
俺はパソコンの前まで移動し、ミコリーヌに写真と裏側の文字を見せる。
「揺すり、ですか。というか、どうして巫女に見せなかったのですか? しかも勝手に封を開けているとか最低です」
冷ややかな目で俺を見つめてくる。
「そこに関しては悪いと思ってるよ。でもさ、どうしよう。お前から巫女に説明してくれないか?」
「いえ……ちょっと待ってください」
突然ミコリーヌは画面から消え、十秒も経たない内にまた画面に姿を現した。
「現在進行形で鰻子の部屋に不審者が侵入しています」
「は?」
唐突なミコリーヌの発言を即座に理解できなかった。
「いえ。実は本間龍斎が侵入した日から鰻子の部屋のパソコンを常時付けっぱなしにして監視するようにしていたんです」
「てことは鰻子の部屋に誰か侵入してるってこと? また巫女の父親か?」
「それが、体しか確認出来なかったので何とも……では、貴方がベランダから確認してください」
「えー、なんかこえーな」
あからさまに嫌な顔をして見せた。素直に怖いのだ。
「役立たずですね。夢も希望もお金も無い上に勇気も無い。死んで下さい」
突き出した親指を下に向けて暴言を吐いてきた。
「分かったよ! 行けばいいんだろ」
不安よりも悔しさが上回り、渋々俺は腰を上げる。
「なあ、今どこにいるんだよ?」
小声でミコリーヌに訊く。
「死角にいるようで私からは見えません。恐らくベランダか、パソコンの真横に立たれていると思います」
「えーベランダにいるのかよ……」
なおさら緊張感が増してきたが、俺は可能な限り音を立てず、ゆっくりと窓を開けてベランダに出た。ベランダはまだ少し雪が残っていて、素足の俺が長居出来る場所ではない。
俺は音が立たないように鎖を持ち上げ、手すり壁まで歩み寄る。