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「ふーん、なるほどね。それなら仕方がないか」
予想外の返答、
「鰻子は許してあげる。でもアンタは許さない」
でもなかった。
「とはいえ、これから監禁をする以上、用を足す度にいちいち私が監視するのも面倒ね。鰻子はあまり役に立たないし、何か良い方法を考えないといけないわ」
巫女は腕を組み、何かを考えるように視線を斜め上に向けた。
同様に口を閉じている俺は、巫女の口から改めて監禁という言葉を聞いて絶望感を抱いていた。
ただ、今の話を聞いた感じでは、何か計画があって俺を監禁しているようには思えない。
「あの……ちょっといいですか?」
「何よ?」
「やっぱり俺って、ここに監禁されるんですか?」
複雑な気持ちで、一生言う機会は訪れないだろうとさえも思わなかった質問をした。
「ええ、もちろん」
「もちろんて……どうして、俺なんですか?」
「どうしてって、気まぐれに決まっているじゃない」
「気ま……ぐれ?」
耳を疑った。俺は気まぐれで監禁されるのか?
貴族の遊びじゃねえんだぞ。
「そうよ。まあしいて言うなら、あの場で一番頭が悪そうなのがアンタだったからかしらね。ふふふ」
ふふふじゃねえよ。全然笑えねえよ。
「冗談だよな? 俺を監禁したって何も得られないぞ。自分で言うのもなんだけど、貧乏だぞ俺」
「そんなこと分かっているわよ。コンビニのバイトを監禁したところで何の搾りカスも出ないことくらいはね」
「だったらどうして?」
「だから言ってるでしょ気まぐれだって。アンタは私に従っていればいいの。それがアンタにとっても最善の選択よ」
まさか本当に何の計画も立てず、思いつきだけで善良の市民であるこの俺を監禁しようとしているのか?
タチが悪すぎる。
それならばまだ身代金目的の監禁の方が良かった。
気まぐれで人を監禁するような奴だから、気まぐれで殺されるなんて十分にあり得る話だ。
この場から逃げなければ、俺の人生は確実に終わる。人権を蹂躙されて、無惨に死んでいくんだ。
……。
絶対に嫌だ。
こんなふざけた奴に殺されるわけにはいかない。絶対に生き延びてやる。
「うぉぉ!」
今までとは質の違う、リアルな死に対する恐怖感に襲われた俺は強引にでもこの場から逃げ出してやろうと巫女に突進した。
銃を持っている巫女を床に倒し、その間に逃げる――予定だった。
「ぐほっ!?」
何という動体視力。巫女は体当たりする俺の頭部にミドルキックを入れてきた。ボクシングで言うカウンターパンチを食らった俺は突進の勢いのまま床へ倒れ込み、頭を押さえて痛みに悶える。
「っ……」
「バーカ。私に刃向かうなんて五万年早いのよ。あらゆる格闘技を極めたこの私に勝てるのはこの世で〈レッド・スリー〉だけなんだから」
レッド・スリーってのは昔やってたアニメのカンフー使いだったな。俺もよく見てたよ。
しかし、不意に突進してくる相手の頭部に蹴りを入れ込むなんて凄すぎるだろ。普通に殴り合っても勝てる気がしないぞ。何か格闘技でもやってたのかもしれないな。
「ま、思考レベルをぐんと下げて考えてあげれば、アンタが怯えるのも無理ないわね。でも安心なさい。私は殺人快楽者でも、愉快犯でもないわ」
犯罪者であることに変わりないがな。
「そんな怖い目で睨まないの。いずれにしても、アンタは私に従うしかないんだから。ほら、手錠してあげるから柱に寄りなさい」
俺の頭を銃口で軽く突付いて命令する。俺はそれに従いつつも、内に秘めた反抗心が身体の動作を遅くさせた。
バンッ! バンッ! バンッ!
「うわぁっ!?」
突発的に鳴り響く銃声。咄嗟に俺は頭を抱えて体を丸めたが、すぐに頭を上げて周囲を確認する。もちろん発砲したのは巫女で、硝煙を漂わせながら俺を据わった目で見ている。
三発の銃弾は等間隔に並んで壁にめり込んでおり、銃の腕は確かだと言いたげだ。
というか、本当に本物だったのか。
「たらたらしてないでさっさと柱に腕を回しなさいよ。アンタの玉袋に弾ぶち込むわよ」
「すいませんでした!」
今ので完全に戦意喪失した俺は、せっせと自ら柱に背中をつけて腕を回し、巫女に再び手錠をかけられる。
鰻子と遊んでる時のチャンスをうっかり逃してしまったが為にこの様だ。いかにチャンスを逃すことが愚かなことなのかを学ばせてもらいました。
今さらだがな。
「アンタたちのせいで完全に目が覚めたわ。おかげでお腹はペコペコよ。それで、何か食べたい物でもある?」
「え、食べ物?」
「ええ、アンタもお腹空いたでしょ?」
唐突かつ落差のある巫女の言葉に戸惑った。散々鞭で打たれた後に餌を与えられる馬の気持ちはこんな感じなのかな。
「食べ物は与えられるんですね」
「まあね。死なれるのは本意ではないもの。何を食べたい?」
「急に言われてもな……」
仮にも監禁をする俺に対して、食べ物を自由に選択させるというのはどういう意味があるのだろうか?
やはり何か企んでいるのかもしれないけど、疑い出したらキリがない。ここは適当に返答しておこう。
「じゃあ、パンでいいです」
「パン? 欲が無いのね。それとも遠慮をしているのかしら?」
この状態で遠慮をしない方がおかしいだろ。
「まあいいわ、アンタがそう言うのならパンを買って来てあげる」
そう言うと巫女はベッドの方まで歩き、拳銃をベッドの上に投げ、タンスの引き出しからから白い長財布を取り出した。
「……」
ジッと巫女を見つめる。
今まで意識する暇がなかったけど、おそらく巫女はすっぴんだ。昨日の時点でも化粧が濃い印象はなかったが、生まれ持った素材が一級品なのだろう。肌が荒れた様子もなく、目の大きさも変わらない。
俺は男だけど、何だか人間としての劣等感を抱く。