7
──マンションに着くと、巫女はエンジンをかけたまま車を降りた。窓越しに降りるよう手招きしてきたので、俺はその通りに車を降りる。
「花村どうすんだよ?」
「このまま寝かせておけばいいわよ。そのうち勝手に起きるわ」
「え。大丈夫なのか、こんなとこに放っておいてさ」
「大丈夫よ。きっと京香の部下がどこかしらから私を監視してるでしょうからね。ついでに花村のことも見ててくれるでしょ」
「ああ……なるほど」
たしか巫女の知り合いは守る的な事を言ってな。
しかし、どこかから常に見られていると思うといい気はしない。俺は周辺にキョロキョロと目を配って警戒する。
「何やってんのよカス。さっさと来なさいよ」
「はい」
俺たちはマンションのエントランスまで歩き、セキュリティーを突破してエレベーターに乗る。
「……」
巫女とまた会話をすることは出来たのだが、二人きりになったエレベーター内では変な緊張感が漂う。
別に黙っておくことは苦ではなかったのだけど、手が落ち着かなかったのでジャージのポケットに入れた。
すると、「あ」
「どうしたの?」
両ポケットの中に、花村が作ってくれたおにぎりが一個ずつ入っていた。そういえば食べるのを忘れてたな。
「はい。一個やる」
俺はおにぎりを一個巫女に渡した。
「……んふ」
巫女は鼻で笑うように微笑んだ。
「あ、いらなかったか?」
「いいえ。貰っておくわ」
最上階にエレベーターが着くと、おにぎりを食べながらまっすぐ巫女の部屋に入る。実に複雑な思いではあるが、帰宅した感を抱いたことは否めなかった。
「ほら、こっち来なさい」
リビングまで歩き、柱のそばで巫女が手招きする。
「……やっぱり足枷は装着されるんだ」
「当然でしょ」
「俺が素直に従うと思っているのか?」
「生意気言ってんじゃないわよ。アンタはあくまでも私に監禁されている俗物でしかないんだから」
コートの内ポケットから銃を取り出し、当たり前のように俺へ銃口を向ける。
「……分かりましたよ」
残りのおにぎりを口に頬張って、ゆっくりと巫女のそばに歩み寄り、抵抗することなく足枷をつけられた。
「お前銃なんて持ち歩いてたらそのうち捕まるぞ」
柱に寄りかかり、コートを脱ぎながらベッドに向かう巫女に言った。
「捕まらないわよ。運良いし。色んな権力者の弱味握ってるし」
「お前も大概楽観的だな」
「アンタほどじゃないわよ」
「あ、お帰りなさい」と、電源をつけっぱなしだったパソコンのモニターからミコリーヌが現れた。
「ただいま」俺がそう返すと、
「貴方には言ってません」
そう真顔で言った。
「……別にいちいちそんな事を言わなくてもいいだろ」
「ふん」
ミコリーヌはふてぶてしい顔でそっぽを向いた。
「鰻子の勉強は終わったのか?」
俺は呆れながらも、ミコリーヌに質問をする。
「はい。もう寝てます」
「そっか。あれ、そういやバルコフがいないな」
バルコフは部屋の中に置いていたはずだが、いる気配がまるで無い。
「さっき鰻子が自分の部屋に持って行きましたよ。今は一緒に寝てます」
「そっか。俺ももう寝ようかな……」
俺は大きくあくびをして、敷いたままだった布団の上に移動する。
「寝るの? じゃあ電気消すわよ」
「え。ああ」
巫女が訊いてきたので、俺は反射的にそう返事した。
目を向けると、巫女はパーカーなどの着替えを持って廊下の前に立っていたので、「今から風呂に入るのか?」訊いてみる。
「いいえ。ちょっとやることがあるから、研究室に行くのよ。アンタは勝手に寝てなさい」
パチッと、巫女は部屋の電気を消して部屋を出て行った。俺は布団の中に入り、パソコンに背を向けるようにして横になる。
「何かあったんですか?」
突然ミコリーヌがそんな風に訊いてきたが、俺には何のことだか分からなかった。
「何がだよ?」
振り返らず、目も開けないまま訊く。
「何となくです。ちゃんと自分が何をしてきたのか、話をしたりしたのですか?」
「……まあな。気になるのか?」
「別に。ただ、貴方の尖っていた部分が少し丸くなったような印象を受けましたので」
「元々尖ってねえよ。俺ほど丸帯びた人間はいねえ。しかし、そんなことまで感じ取れんのかお前は」
「カメラを通して様々な変化を読み取れるようにプログラムされてますからね。貴方がイヤらしい事を考えている時なんかもバレバレです」
なんてこった。
「じゃあさ。巫女が何を考えているかとか、お前には分からないのか?」
「難しいところですね。巫女は単純では無いですから」
「……」
……。
「まあ、少なくとも貴方を好いていると思いますよ、巫女は。だから私は、貴方がムカつ……眠りましたか」
「ぐー……」
目が覚めた時、俺はミコリーヌとの会話の内容なんて覚えてはいないだろう。
目が覚めても、俺は今抱いている感情を忘れることはないだろう。
苦しくはないけど、自分自身がもどかしいこの気持ちを。