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只今、監禁中です  作者: やと
第六章 鮮血の美少女
105/188

15


「よっ」


 重い腰を上げて立ち、尻に付いた砂を手で払う。

 京香の言うことを素直に信じて良いものかどうかは悩むところではあるが、頼るものが他に無い以上はそのヒントにすがるしかあるまい。


 それに、探す範囲が狭まったおかげか、色々と閃いてきた。巫女は『アンタも一度は行ったことのある場所であり、これからは行く必要のない場所』と言っていた。


 『一度は』というのは、『一度しか』行ったことの無い場所ということでもあるわけだ。

 千億町で一度しか行ったことのない場所といえば──巫女と知り合ったカラオケ店、興味本位で入ったアダルトグッズ専門店、頼み方が分からなかったセルフ式のうどん屋などなど。

 一度しか行っていないことを限定するならば、心当たりのある場所はそこそこある。

 体力はもはや無いに等しいが、希望が見えてればもう少し無理が出来そうだ。


「すー……はぁ……」

 深呼吸をして、頬を両手で叩く。


「よーし、合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだ! 気合いだぁぁあ!」


 周りの目なんてお構い無し。俺は自分を鼓舞するために大声で気合いを連呼する。あいつらが動物園で楽しんでいるなら、俺はアニマル金也に改名じゃボケぇぇぇええい!!


「よっしゃあぁあ!」


 俺は決して軽くはない足を無理に動かし、千億町を目指して走り始める。もう誰かしらが俺の邪魔をしてくるような心配はないため、精神的にはかなり楽になった。

 何か色々と忘れてしまったような気もするけど、身の安全を確定させてから思い出すことにしよう。


「──と、マジか」


 走っていた俺の顔に、ひんやりとした水滴が当たった。まさかと思い空を見上げると──ポツ、ポツポツポツ。

 何となく空が薄暗くなってきたことは分かっていたが、モチベーションを上げた俺のやる気を失せさせる雨が降ってきた。


 この腕輪、ちゃんと防水なのかな?

 なんて馬鹿な心配をしている場合ではない。こんなクソ寒い時に全身を濡らすなんて自殺行為だ。

 せっかく京香による人為的な妨害が無くなったと安心していたのに……本当の妨害者はやはり空の上にいたようだな。

 だったらせめて小雨のままで勘弁してほしい。豪雨なんてなっちまったら、確実に俺は凍死しちゃいます。


 パン! パン!

 両手を合わせ、空に向けて合掌。



 ──現在の時刻、『18:05』


 ザー。

 空の上にいる神様はサディストのようだ。公園を出てから降ってきた雨は段々と強くなり、今や完全に豪雨と言っていい強さになっている。

 音は聞こえづらいし、前も見にくい。気温も下がってきたようで、濡れた体は震えっぱなしだ。

 俺は雨宿りのために見つけた雑居ビルの入り口に座り、震える体を抑えようと身を丸めて寒さに対抗していた。

 今は一応千億町には着いていて、とりあえずカラオケ店だけは行ってみたのだが、残念ながら京香の家族はいなかった。


「う゛ぅ………………ぅぅ」


 次の場所に早く行きたいのは山々なんだけど、体が全然言うことを聞かない。

 ひたすら体を温めることだけに必死で、それ以外のことは考えられない。


「うわぁ……なにあれぇ?」

「キモーイ」


 通り過ぎていく人々は、俺の体をさらに震わせるような冷たい目で見つめてくる。髪もびしょびしょだし、ジャージもタプタプだ。端から見れば、確かに俺は気持ちが悪いびしょ濡れた男だろうよ。

 でもキモイは酷い。鼻の先にニキビが出来る呪いを念じる。


「へっくしゅん!」

 激しくクシャミをしたのち、鼻水をすする。


 やっべ。このままじゃ本当に死んでしまいそうだ。頭もボーっとしてきたし、まぶたが重い。爆死する前に都会のど真ん中で凍死かよ。悲運な人生にもほどがある。

 歴史には残らないだろうけど、ネットの中ではきっと良いネタになるだろうな。


「……」

 もう、限界かも……。


「ちょっと君! 大丈夫か!?」

 まぶたを閉じた瞬間に、俺の体を揺らしてきたのは一人の警察官だった。


 しかも、「あ……」

 俺を追ってた警察官だ。運が無いにもほどがある。


「一体こんなとこで何をやっているんだ?」

 眉をひそめて訊いてくる。


「べべ、べべつつつににーにに」


 答えようにも、寒すぎてまともに言葉が話せない。もはやモールス信号と言っていい。


「とにかく、車に乗りなさい。今度こそちゃんと話をしてもらうからな」


 警察官は俺の片腕を首に回し、車道に停めてあるパトカーへと運んでくれた。車内は暖かく、震えていた体も次第に治まる。


「す、すいません」

 運転席に乗り込んだ警察官に頭を下げる。


「で、こんなとこでずぶ濡れになってどうしたの?」


 さっそく警察官は上体をひねり、後部座席で身を屈めている俺に訊いてきた。


「……それは、その」

 説明が難しいので、俺は視線を下に逸らして口ごもる。


「というか、何で君は逃げるんだよ? 職質されて何か不都合なことでもあるのか? 万引きしたとか」


 問いかけに俺は首を横に振る。


「じゃあ単に俺から逃げてたっことか? てことは、やっぱり俺のことを覚えているんだ」


 俺は小さく頷く。


「そっか。もうあれから5~6年も経つんだっけ? 女の子は少し見ないだけで凄く変わるけど、男ってのはあまり変わらないもんだな」

「……確かに、お兄さんも変わらないですもんね。ちょっと老けたけど」


「まあな、最近白髪が増えて困ってるところだよ。それにしても、君ももう二十歳くらいになるのか?」


「はい」

「そうか。じゃあ、今は何をしているんだ?」


「今は……何も」


 監禁されてるなんて言えない。話せないのではなく、話したくないのである。


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