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「役 割」

作者: 七水 樹




 男は役割を持っていました。



 それは、長方形の小さな木の板を同じ間隔で立てて並べていくことです。木の板は隣り合っているので、一つが倒れると連鎖的に倒れていきます。集中力の必要な役割でしたが、男はそれをずっと全うし続けていました。もう何十年も、男は木の板を並べる役割を果たしています。


 そんな男のもとに、ある日少年がやってきました。少年は男を遠巻きに眺めてはぶらぶらと歩き回っていましたが、しばらく経ったある日に、ふいに男の木の板に触れようとしたので、男は慌てて「こら!」と少年を叱りました。


「何をしているんだ。触ったら、倒れてしまうじゃないか」


 少年は伸ばした指をそのままに、男の方を見て「倒れると、どうなるんです?」と尋ねました。


「倒れたら、他の板も倒れてしまうだろう。そうすれば、俺の役割がなかったことになってしまう」


 役割の手を止めて憤った男は、語調を強めて少年にそう説明します。少年はその説明に納得したのか、黙って伸ばした指を引っ込めました。しかし、帰ろうとはせずにその場にただ座ってじっとしているので、男は少年のことが気になりました。


「君は、一体どんな役割を持っているんだ」


 男が少年に話しかけると、少年は木の板を見つめたまま「現在、進行中です」と答えました。男はその言葉の意味がわからなくて顔をしかめました。どういう意味だと問うても、少年は明確な役割を答えはしませんでした。男は面倒になって、ため息をつき、また自分の役割に戻りました。


「君の役割はよくわからないが、しかしたとえどんな役割を持っていたとしても、人の役割を邪魔して良い理由にはならない」


 男がそうきっぱりと言い切ると、少年は顔を上げました。木の板に注いでいた視線を男に向けて、それから、なるほど、と小さく同意しました。


「あなたの言葉には、一理以上あります」


 そう言い残すと、少年はすたすたとどこかへ消えてしまいました。




 しかし、少年の訪問はそれで終わりではありませんでした。翌日からも毎日のように少年は男のもとを訪ね、そしてじっと男の役割を眺めていました。男はその視線に耐えきれなくて何度も「君の役割は何なんだ」と少年に尋ねましたが、少年はその度に謎の言葉を残すだけで、絶対に答えを言おうとはしませんでした。まるで謎かけをして隠されているようだと感じた男は、自分の役割をこなしながら、少年に問いかけるだけでなく、自分から少年の役割を当てようと候補を挙げ始めました。



「君は誰かの役割を見守ることが役割なのか」


「どうでしょうか」


「では、邪魔をすることか」


「そうかもしれません」


「役割を教えないという役割なのか?」


「そんなつもりはありませんが」


「なら一体何なんだ」


「ですから僕は、役割を実行中です」



 毎日毎日、問いかけても一向に少年の役割はわかりそうにありません。そろそろ男の候補が尽きそうだという時になって、ふいに少年が男に問いかけを始めました。


「あなたは、どうして役割を続けるのですか」


 唐突な質問に、男は驚きながらも至極当然とばかりに「それが俺の役割だからだ」と答えました。男にはずっと役割があって、男はそれをこなすことになっています。


「では、その役割に終わりはありますか」


 次の少年の問いに、男は後ろを振り返りました。男が役割を続けるための道はずっとずっと先まで続いていますが、永遠ではないことはわかっていました。その道の終わりが、男の役割の終わりなのです。だからこそ、男は終わりはある、と自信を持って答えました。けれど正直、終わりがあることはわかっていますが、遥か彼方のことすぎて実感は湧いていませんでした。


 少年は男の言葉を一つ一つ飲み込んでいくように、静かに頷きました。それからまた質問を続けます。


「終わりがあることがわかっているのであれば、今ここで終わっても変わらないのではないですか」


 この少年の言葉に男は首を傾げました。確かに、どうせ終わってしまう役割であれば、いつ終えようが変わりはありません。男が答えに困っていると、少年は構わずに質問を続けました。


「それでもあなたはこの道のずぅっと先まで、あなたの役割を続けるのですか」


 男はあまり考え込まずに頷きました。なぜ、と言う少年に「それが俺の役割だからだ」と男は答えました。しかし、答えたと言うのに少年はどこか落胆した様子で肩をすくませました。


「この答えの何が不満なんだ。役割を全うすることは、とても大切なことだろう」


 男は少年の態度に苛立ちを覚えながらそう切り返しました。少年は目を伏せ、少し考える間を置いてから「ではあなたの役割は、どんな価値を持っているのですか」と問いかけに戻ります。


「ただひたすら板を並べるだけのあなたの役割は、どれほどの価値を持っているのでしょうか」


 男は価値、と復唱してからその後の言葉に戸惑いました。自身の役割に価値を求めたことはなかったのです。ただただ自分の役割を、自分の役割であると男は受け入れていました。


 少年は言葉につまる男の傍らで静かに語ります。


「僕は、自分の役割に価値を見出だすことができないのです。だからこそ、終わりが訪れるのなら、いつ終わっても良いではないかと考えてしまいます。僕は僕の道が途切れること以外の終わりを知らないけれど、それでも僕は自分の役割に価値を感じられない限り、役割を続けようとは思えないのです」


 少年はつらつらと言葉を並べた後に、男を見据えました。


「あなたは、価値を答えられない役割をまだ続けようと思うのですか。僕たちは役割を続けねばなりませんか」


 男は自分の手の中にある板を見つめました。それが、男の役割です。それを、ひたすら続けてきました。しかしいざその価値を答えよと言われれば、何も思いつきません。男は困ってしまいました。板を並べる手が震えます。少年はそんな男を見て、ごめんなさい、と謝りました。


「これはあくまで僕の意見です。僕の役割の一部であったとしても、あなたの役割を妨げてはならない」


 どうか忘れてください、と少年は言いました。男はいや、と首を横に振りました。少年の言葉が全て間違っているとは男には言い切れませんでした。よくわからないことばかりを言う変な子どもだと思っていましたが、その言葉には男には辿り着けそうにない新しい閃きが隠されているような気が、なんとなくですが男には感じられたのです。


「君の言うことも、一理あるなと俺は思った」


「僕はあなたの言葉に、一理以上あると感じました」


 そう言って少年はふっと笑いました。


「僕は僕の役割を続けることを諦めたいと考えています。僕の未来には価値が見えない。それを続けろということは誰にもできない」


 けれど、と少年は遠くを見据えます。希望とも絶望ともつかない笑顔は、とても大人びていて疲れて見えました。


「だからと言って、僕があなたの役割を邪魔して良い理由にはなりませんね」


 覚えのある言葉だと、男が黙ってそれを聞いていると、少年はすっくと立ち上がりました。遠くを見ていた視線が、男に戻ってきます。


「未来は平等で、絶望だって誰にでも降りかかるもので、他者の役割であっても壊してしまいたいような自棄を起こしていました。だから、あなたに会えて良かったです」


 少年は男にゆっくりと近づいてきました。男の板を倒さないように、慎重に。そして男のすぐそばまで来ると、男を見下ろしました。


「それ、一つだけいただけませんか」


 男の手に握られた小さな板を、少年は視線で示しました。男は少年と板を交互に見て、俺の役割はまだまだあるから、一つくらいいいだろう、と少年に板を手渡しました。少年は大事そうに板を握りしめて、ありがとうと礼を言います。


「これで僕は、すべての役割が無意味であると思わなくて済みます」


 少年の言葉は相も変わらず意味がわかりませんでしたが、今までとは違い、少年が穏やかな表情を浮かべていたので、まぁ良いかと男は満足しました。



 その日から、少年は男のもとを訪ねなくなりました。男は今日もひたすら木の板を同じ間隔で、倒れないように並べています。



 男には結局少年の役割がわかりませんでした。少年が現れなくなってからいくつか候補が新たに生まれましたが、もはやそれを確認する術がありません。また少年がいつか現れて、その時男が候補を覚えていたら尋ねてみようかと思いました。




 男は今日も役割を全うします。そのために生まれてきたような気がするのです。それ以外のことを望んだこともなければ、男は役割に価値を見出だすこともできませんでした。それでも男は役割を続けるのです。



 男は役割のために生きていました。




星新一さんのようなショートショートに憧れていた時期に書いたものです。思いつきでしたが、案外気に入っています(笑)


次回は、12月6日 20時ごろ「死魚の眼」を掲載予定です。

ちょいファンタジーめな、お耽美めな作品です(〃▽〃)ポッ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不思議な設定と「役割」というテーマがうまくマッチしていると感じました。 [一言] 執筆活動頑張ってください。
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