表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドロップアウトにうってつけの日  作者: クサカゲロウ
8/8

ドロップアウト

 外はもう暗くなっていた。帰路につくために自転車の鍵をあけて、駐輪場から出した。だけどその場から動けずにいたんだ。またあの家に帰るのだと思うと、この上なく憂鬱だった。

 僕の親はいわゆる毒親だ。低能で、インチキで、僕のやることなすこと全て否定して、口から出るのは罵倒の言葉だけ。昔から僕がいかに低脳かを聞かされて育ってきたんだ。そして中学まではそれが普通の家庭だと思っていた。女性の甲高い声にいつも萎縮して神経をピリピリさせて、人から呼び出されるたびにまた罵倒されるんだとウンザリして、夢や情熱を持てなくて、どこもそういう教育方針だと思っていたんだ。

 中三の時は常に死ぬことしか考えていなかった。きっと生きるよりも数倍楽だと、だから将来の夢で、家出したい、自殺したいって書いたんだ。そしたら担任はどうしたと思う?それを親に見せたんだ。僕は父親に殴られ、母親に泣かれ、そう、全部僕のせいなんだ。そういうことにされたんだ。

 だけどね、僕は気づいたんだよ。クソったれなのは家や両親だけじゃなく学校もそうなんだと。当時の僕からしたら家と学校が世界の全てだったから、世の中全部が敵で、僕の居場所はどこにもなかったんだ。そう思ったら、いつの間にか涙も出なくなっていたし、人並みの感動も無くなっていた。そんな家だよ。今から帰ろうとしているのは。

 とにかく、動かないことに意味はない。だから自転車に乗って走らせた。家まで続く堤防の方とは直角に、違う方向へ走った。手術の経験のせいで息が切れやすい体だったけど、全力で走らせた。

 なんだか爽快だね。それが思考停止だと分かっていても、それでいいんだ。何かに固執することさえ、既に低能なことように思えた。今まで悩んで悩んで悩んだ人生だった。常に胸の動悸があるような、そしてストレスで全身が重かった。だけど、今は少し軽く感じる。そう思ったとき、ずっと走っていたいと思ったんだ。目的地はなく、ただ走っていたいだけ。

 しばらく走って、浜辺についた。夜中の浜辺だから何も見えなかった。汗ばんでいる体にシャツが張り付いていたけど、そのぶん潮風が心地よかった。そういえば、海に来ると叫ぶ奴がいるらしい。まったく対岸の人に失礼だろう。だから僕はしないよ。

 砂浜の上に倒れこんだ。そして空を見上げた。残念ながら市街地近くだから、星はよく見えなかった。ロマンも何もあったもんじゃない。だけど、無限に広がりながら何もない空だけが、僕を拒否しない唯一の世界のようにも思えた。

 しばらく息を整えるために倒れていた。急にポケットの中のスマートフォンの通知が鳴った。取り出して見てみると、オカマからだった。志望動機に書く内容が思いつかないから、僕ならどう書くか教えて欲しいそうだ。僕はさっきの走っていたときのことを思い出していた。すると思いついたんだ。そして返信した。



 僕には夢があるんだ。それはね、誰も僕のことを知らない土地に行って、そこの人達が僕を知るようになったら、また別の土地に行って、そうやって暮らすことなんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ