放課後
学校が終わって、4時ぐらいだったんだけど、そこから商店街にある本屋に行った。この本屋は、おそらく市内では一番大きくて、当然取り扱っている本の量も多い。別段何か買いたい本があったわけじゃないけど、とりあえず行ったんだ。行けば興味を惹かれるものに出会える気がしたから。
しばらく自転車を走らせて、本屋の前に自転車を止める。入店すると、やっぱり沢山本があって、いい気分だね。店頭には最近出た新刊が並んでいるんだけど、僕はあまり興味が持てないんだ。なんだか、登場人物の考えが平凡というか、例えば、サリンジャーを読んだ時のような衝撃がないんだ。
そんなことを考えながら古典文学とかの辺りをグルグル回っていたんだけど、幸福論なんて書かれている本がとても多い。副題にそう入っているものも含めると相当なものだと思う。有名な作家はみんな、そう、みんなだよ。幸福論なんてものを書いて自分の幸せを自慢する。だけどなんで誰も幸せじゃないんだろうね。少なからず、僕は幸せじゃない。一番の幸せは、何も知らないことだと思うね。知ってしまえば、もう誰も信用できなくなる。安眠できなくなる。きっと、幸福論は不幸な人が読む本なんだろうね。
そして、結局何も買わなかった。別に、何も欲しくなかったわけじゃないんだ。逆に、なんでも読みたかったんだ。チェーホフとか、ドストエフスキーとか。だけど、残念だけど僕は一冊買うぐらいのお金しか持っていなくて、何かを選んで何かを捨てるというか、そういったのが耐えられなかったんだ。だからそのまま店を出た。
店を出てから、図書館に向かった。幸いなことにすぐ近くにあるからね。今日は6時半までやっているはずだ。図書館はいいよね。なんたって本の種類が多い。興味がない分野でも、思いついたようにその分野の本を読んで、少し知れば面白くなって興味が湧くんだ。そうやって、どんどん知識の幅が増えていくと、もうそれだけでも楽しいんだけど、たまに頭がおかしくなりそうになったりする。それでも、知の悦びはとてつもなく僕を引きつけるんだ。
図書館に入ると、すぐに人を確認する。あんまり多いとウンザリする。今日はそんなに多くないね。
そして、中央の階段から二階に上がる。読みたい本は二階にあるんだ。寺山修司著作集なんだけど、その四巻、自叙伝と青春論がまとめてあって、その途中まで読んである。それを持って、ソファータイプの席の端っこに座った。周りにはおじいちゃんばっかりで、学生だと何だか浮いている感じもするけど、まあいつものことだからね。
スピンを下から引っ張って、前読んだページを出す。にしても綺麗な本だね。きっと誰も読まなかったんだろう。辞書みたいな厚さだから、ためらうのは分かるけど、もったいないなあ。内容は確か、自立のすすめの途中まで読んでいた。寺山修司は本当にこういった記述が多い。不道徳教育講座を書いた三島由紀夫と似たような感じがするね。個人的には日本版のサリンジャーのような気もする。どっちも好きな作家だから、当然彼も好きな作家だよ。
黙々と読んでいく。彼の書く一文一文全てに共感できるね。まるで、自分の思っていたことを明確に言葉にしてくれているような。ただ、一時間が過ぎた頃には少し気持ち悪くなっていた。いつもこうなんだ。寺山修司を読むと気持ち悪くなる。全部捨てたい。全部壊したい。早く死にたい。そういうふうに思うんだ。
ああ、ここに、二発の弾丸とピストルがあればなあ。二発欲しいんだ。一発目は心臓に撃つ。これだけでもいずれは出血多量で死ぬけれど、僕は痛いのは嫌だからね。二発目は頭に撃つんだ。ただ、弾丸は頭蓋骨に滑って、頭を貫通できないことがある。その時のための保険が一発目だよ。これで確実に死ねるんだ。
本当に、早く死にたい。別に寺山修司を読んだから死にたくなった訳じゃないんだ。元々どうしようもなく死にたいんだ。インチキな世の中と、インチキな大人と、そして徐々にインチキになっていく自分に絶望して、もう生きてなんていけないと、そう思うんだ。それが、普段は目をそらしていられるけど、寺山修司の言葉を見ると直視するしかなくなるんだ。
もう出よう。ここに、図書館にいてはいけないんだ。そう思って図書館から出た。
街中を自転車で走る。この後は予備校に行かないといけないからね。
だけど、しばらくは夕陽に染まる街と、その風を感じながら走っていたかったんだ。
街ではいろんな人が歩いている。そして、いろんな人が交通違反をしている。そして法を遵守している人がそれに困っている。近代化されていった最近になって出てきた光景なんじゃないかな。こういったものって。
みんな、そうやって自分だけがいいように行動している。だから、みんなひとりなんだ。
人は本来、他者の介在があってこそ存在できるけど、最近は他人を必要としなくなり、その重要性を忘れてひとりよがりになっている。誰も他人を気にせず、誰も他人に気にされず、自分自身の存在が危うくなっている。これだけ人がいるのに、みんなひとりなんだ。
僕も、ひとりだ。