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終らない世界と帰結への恐怖

作者: 守隆和楽

その日、僕は「見限る」という言葉を思いだせないでいた。

見限るとは、見込みがないとして諦める、見切りをつけるという意味である。


 ある夜、僕は短編小説を読んだ。

そしてその感想と想像を混ぜながらいつものように空想にふけっていた。


 たとえばこの状況、僕だったらどうするだろう。

そんなことを考えると気が付けば隣に女がいる。

何とも不愛想でそっぽを向いた、そんな彼女に僕は情けない目を向ける。

それは一度近づいた二人の心が再び元の位置に戻ってしまうような感覚で、僕はそれを引き留めようとする。


 そんな時僕は、彼女は、どんなことを思うだろう。

この感情を言い表せる一番いい言葉があった気がした。

でも僕はすぐには思い出せないでいた。


見くびる

型にはめる

こんなものかと落胆する


それっぽい言葉を並べてもすんなり心に落ち着かず、言葉たちは僕を新しい妄想に導いた。


僕はどうしようもない男だけれど、そんな僕だけど注意してほしい……。


 それは苦悩ではなかった。

答えをせかす感情はその広がりを加速させるが、焦りがいらだちに代わることはない。僕はこの瞬間を楽しんでいた。

 言葉を思い出せないでその言葉の代わりを見つけようとするのだけど、類義語ではなくその言葉を思い出したくて、関連した言葉たちから目的の言葉を探そうと模索する。それでもだめなら先ほどの想像の欠片から妄想を始めるのだ。その言葉を思い出すような情景を思い浮かべて。


 男と女。二人は愛し合っていたけれど男は女にすがっていた。女はそんな男を見て軽蔑するんだ。

男はそんな風に思われたくなくて必死になっているんだけれどそれが一層女の心を荒んだものにしていく。

そんな男の心情を熟語で何と言うだろう。いや、熟語かどうかも分からないのだけれど。

 僕を男に重ねてみても、ばっちりと当てはまる言葉がある気がするのに思い出せない。

そうして思い出そうとして膨らんだ妄想に何ともいえない、寂しい気持ちにさせられた僕に気が付く。

ただ、何でも分かった気になって考えることを止めた僕にとって、これはなかなかに楽しい試みであると思った。


 きっとこの言葉を思い出してしまえばこんなに広がった妄想たちも蝋燭の日を吹き消すように一瞬にして真っ暗になってしまうだろう。

だから無理に思い出さなくてもいい気がしてくる。しかし欠けた情報を補完したがる僕の脳がそれを許さない。


 せめぎ合う心が答えを導く原動力となって思い出せない焦りが妄想をさらに広げてくれる。そしてとうとう紡ぎ出されたその言葉


「僕を見限らないで」

そう見限るだ。

「僕をみはなさないで」

これでも当てはまる。


 その言葉を思いだした瞬間、世界は完結した。

どうにかさっきの妄想の続きをしようとしてもどうにも広がらない。

その続きの全てが見限るという言葉に帰結してしまう。妄想はすぐに収束する。

 言い換えるならば見限るという言葉に全てが集約されている。それ以上でもそれ以下でもなかった。その言葉一つで事足りるのにどうしてその先を考える必要があるだろうか。


その言葉は必要十分条件というべきか、

それでいいじゃないか

そんな感情で妄想に灯る光はふっと、消える。

僕はその事実に恐怖した。


 僕はその間、いろいろな女に冷たくあしらわれた。無視された。弾まない会話をした。

歩美が、かなえが、ジェシーが、美奈子が、ひそめた眉で僕を見据えた。


 その態度が、その会話が、感情を僕に伝えた。

それらの妄想もその言葉一つで霧散する。どうあがいても、もうジェシーが僕を詰めたくあしらってくれることはない。かなえが呆れた顔を隠してため息をついた、その後を想像できない。


 彼女らの感情、言動、態度それらすべてがこの言葉を物語っていた。

それらすべては見限るという言葉に集約されるのだ。

逆かもしれない。感情、言動、態度そのすべては大元を辿ればこの言葉一つで表せることが出来るのだ。


 思いだしてしまった僕にできることは、消え失せた楽しげな妄想たちの破片を手繰り寄せて懐かしむことくらいか。


 できるさ、という人もいるだろう。確かに、先ほど書いたのは見限った女がやりそうなことだ。そう、僕はこの言葉を思い出してからその行動を文字にした。だから、その行動は見限ったという言葉にとらわれた文章だ。きっと男を見限った女はこんな行動をとるだろうなという予測のものとで成り立っている。


 だから違うのだ。

そんなの妄想でも何でもない。XとYの方程式を解いているようなものだ。

でもね。


 僕はこの絶望を知ったとき新たな希望を見つけた気がした。

きっと遠くない何時か。僕はまたその感情を表す言葉を見つけられない日が来るだろう。

 その時はせいぜい思い出せるぎりぎり手前で踠きながら、宇宙のように広がり続ける頭の中で星のように煌く妄想たちに囲まれて、また絶望することだろう。


おわり


読んでいただきありがとうございました。

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