眠りについた先の真実
ストーンと落ちていった意識の先。
この感覚は、アレね。
前世で、徹夜明けで仕事を仕上げた後の、落ち着いた時間。
ホッと一息つこうと、あったかーいの紅茶の缶を持って、休憩室の椅子に座ったと思ったら、一瞬にして意識がシャットアウトして、フッと気が付いたら、30分経過していた…とか。
そういう類の、アレよ。
不可抗力的な、眠気に近いわ。
あぁ!・・・そっかぁ~
ファーブの紅茶はあの時飲んだ味に近いのよ・・・
だからあ、あんなにホッとする味がしたのねぇ~
もう一度、ファーブの紅茶が飲みたかったわぁ・・・
摺り寄ったら、無条件に撫でてくれた、意外と硬くてたくましい手でまたいつか撫でてもらいたいわぁ・・・
まぁ、でも今は、とりあえず眠い・・・
穏やかな温かい光の波に揺られて、開かない瞼をそのままにして、揺り籠の様に心地よいまどろみに沈む。
『エミリア…』
『エミリア嬢…?』
聞いた事のある優しげな声の誰か達に名前を呼ばれて、嫌がる瞼を宥めて、そろそろと目を開ける。
目の前には、ワインレッドの長髪に、蕩けそうな金色の優しい瞳、少しつり上がり気味の目尻と、口元に懐かしい感じを受ける美形の長身の男性と、ヴィケルカール高原の牧場で会った、ヒルデ様のお父様が心配そうな顔で、私を覗きこんでいた。
池の主にして、ヴィケルカール王国の守護聖獣、黄色いナマズ様こと、黄色い引き摺る程の長髪を背に垂らした、美形紳士が口を開く。
『エミリア嬢の力は、大したものだね。僕もビックリしちゃったよ。
あの子は今見てきたけれど、穏やかな顔で眠っていたよ。
ありがとう。僕達は基本的にお互いに干渉することができないから。』
「フフッ、私だけの力ではございませんわ。」
『と、言うと?』
「ミィタ…いえ、花の方…気付いておられましたのね?
教えてくださればよろしかったのに…フフッ、相変わらず、意地っ張りですわ。」
『やはり、お前だったのか。ルース。』
『ルース・・・って!?』
「えぇ、かつての息子がご迷惑をおかけしましたわ。
あの子を間一髪救えたのは、私の中のルースの母性が目覚めたから…
今、あの子を包むのもルースの慈愛ですわ。」
『エミリア嬢は、ルース様の生まれ変わりだったのですか…あぁ、だからミィタはこれ程干渉できたのか…』
呆れたような、納得したような笑みを浮かべてミィタを盗み見る湖の主様。
ミィタは、気まずそうな顔で主様を見ようとしない。
その様子が面白くて、思わずクスクスと笑いが漏れる。
「えぇ。暫くの間、色々な時や場所で生まれては死に、何度も色々な人生を得ましたから。
気がついたのも、つい先ほど、彼と対峙した時ですわ。」
『しかし、気持ちも心も過去のモノ…か?』
「えぇ。今彼女はその全てをもって、彼を包んで離さない、柔らかで温かい檻になっておりますわ。」
そう、あの時、とても辛く彼の気持ちを受け入れられない思いと共に、確かに生まれた誰かの愛。
私ではない、誰かが彼を愛し、慈しんで、赤ん坊をあやすように、彼に寄り添っていた。
ルースは、ミィタの最初で最後の番。
明るい世界と闇の世界の秩序を守るために、ラングの花となって世界に還った人。
そして、花となりながらも、最後の力を振り絞って愛する人との結晶を、彼を産み落とした人。
ごめんなさい。
貴方を幸せにしてあげたかった。
貴方の側で、人の生の儚さ、美しさ、そして、力強さを教えてあげたかった。
人と暮らす事の意味を教えてあげたかった。
永い孤独に無責任に放り出してしまった…
悔しくて、悲しくて…貴方の気持ちを想うと、どの人生を歩んでいる時でも心に一筋の闇が落ちた。
そんな悲しい申し訳ないという気持ちを、全て私に明け渡し、ルース自身は慈愛と母性のみの温かい気持ちだけで、今彼を包んでいる。
彼女の愛に包まれて、次に檻から出てくる時、ヘイアンの心が少しでも穏やかになってくれるのなら、私がこの辛さを背負う事も意味があるように思える。
『ルースは、ワシとの息子のために、愛という名の檻になった。
ならば、ワシは、ルースがお前に残した罪を持って彼らの元に馳せ参じよう。
その罪は元々、ワシの罪。
ルースの花、ラング花が、息子が生まれるまで見守れなかったワシの罪じゃ。
常に彼らを護り、過ごせなかった家族の時をもう一度やり直そうと思う。』
「ミィタ…」
『お主はエミリアじゃ。ワシが真に求めて止まぬのは、やはりルースじゃったな。』
「フフッ、知っていましたわ。
ミィタが私を見る目には、どこか郷愁と悔恨が感じられましたもの。」
『エミリア。しかし、ワシはお主と契約を済ませた。
ワシがルースとヘイアンの元に行けるのは、お主か、ワシが死んだ後となる。』
「あら、ならば、もう行ってよろしいのでは?
私、特化魔法を行使しましたもの。もう、体も溶けて無くなったでしょう?」
『ワシの魔力で、体は綺麗な姿に保って時を止めておる。
当主以外が、特化魔法を使えば魔力に食われて体は溶けてなくなる。
しかし、ワシの魔力を代わりに使ったから、ワシはもう永くない。』
「まぁ…ミィタ。」
『そうですよ?私が案内しますので、一緒に帰りませんか?』
「よろしいんですの?」
『反魂の魔法には、ワシの命を対価にせんといかん。』
「まぁ…ミィタ…」
『なぁに、考えてみぃ。お主は愛する者の元に帰れる。
ワシも愛する者の元に留まる事が出来る。Winwinじゃ。』
「…フフッ、ミィタったら…」
『泣くな、エミリア。ワシは幸せじゃった。
それにな、ワシら聖獣は、死ねば自然に還る。ソコは人間と大差ない。
明るい光の中に、柔らかな風の中に、いつでもどこにでもワシはおる。
ワシはいつまでも、お主の幸せを祈っとるぞ。』
温かで、無骨な指で優しく頬を伝う涙を拭ってくれる、美青年にしか見えないミィタ。
「私も、ミィタの幸せを…ルース様とヘイアン様の幸せを、祈っておりますわ…」
ミィタの手に頬を擦り寄せて、涙を拭うと、「エミリアらしい…」と苦笑したミィタに、祈りを捧げる。
ソッと差し出された、湖の主様の腕を取り、ミィタの魔力で敷いてくれた金色に光る道を二人で辿る。
手を振ってくれるミィタに別れを告げた後は、ヴァージンロードの様な長い長いその先をまっすぐに見据えて、振り返らずにただひたすら、歩き続けた。
流れ落ちる涙を、私も主様も拭う事はせずに、ずっと無言で…
どちらが支えていたのか…
お互いに寄り掛っていたのかもしれない。
そんな時間の果てに辿りついた光の中に、私達は足を踏み入れた。
湖の主様は、笑顔で手を振って先に歩きだす。




