涙と戦と日記帳
ミィタに客間を一室与えてもらい、浄化の魔法をかけてさっぱりしたミィタをベッドに寝かす。
ソッと頭を撫でて、ファーブにその場を任せ、私もシャワーを借りて、魔物やミィタの返り血等を洗い流し、未だに収まらない動悸を落ち着ける。
手が震えて、頬を涙が伝う。
「怖かった…」
己の力の追い付かない、もどかしい感覚、後悔に、今更ながら恐怖心が湧きあがる。
それらも全て、涙とともにシャワーで流し、ファーブが用意してくれた綺麗なドレスに袖を通す。
クリーム色の柔らかな生地で、広いデコルテと腰のリボンは薄い紫。
飾りもなく、広がりもない、シンプルで穏やかなワンピースの様なドレス。
髪をミィタとファーブとお揃いで買った金細工の簪で留めて纏め上げる。
前世ではボールペン一本で髪を纏めていた私にとっては、朝飯前の簡単ヘアー。
前世より細く柔らかい髪と、ボールペンより繊細な簪のお陰で、簡単な髪形でもとても上品に感じる。
広間に戻ると、急ぎ王都の宮殿から魔術師の転移で駆けつけた殿下と、ブルーラング公爵、グリーン公爵が額をくっつけて相談していた。
そこに私と同時に別の入り口から現れたショーン様。
「エミリア様!御無事で何よりです。聖獣様は?」
「ショーン様。シャワーありがとうございました。ミィタももう落ち着いて、今はファーブが見ておりますわ。」
「エミリア嬢。聖獣殿が怪我を負われたと…」
「はい…私を護るために…私がもっと気をつけていれば…」
再び零れそうになる涙に、男性陣はワタワタと慌てだす。
「あぁぁ!えぇと、エミリア嬢!何か!お詫び…と言っては何だが、こう…気分…
そう!気分を変える様な事で、やりたい事は無いか!?」
「ディーン様?」
「その…ほら、愛し子の悲しみは聖獣様の悲しいみだからな…?
エミリア嬢を悲しませると、聖獣殿に叱られる…だけならまだしも、国を滅ぼされでもしたら…」
「フフッ!まぁ、そんな冗談を…でも、気が紛れましたわ!
ありがとうございます。ディーン様。」
「いや…まぁ…で?何かないか?」
「僕も、出来る事なら手を貸しますよ!」
「まぁ、ありがとうございます。
でしたら、一つ…」
「あぁ。何でも言ってくれ。」
「えぇ。」
声を潜めた私に、息を飲んで真剣な顔をしてこちらを見る男性陣。
その勢いに少し気押されながらも、フと思いついた提案をしてみる。
「500年以上前、国家統一前に王家の御先祖様によって書かれた日記が、ありましたら読ませていただきたいですわ。」
「それはっ!」
キョトンとしたブルーラング公爵、殿下、ショーン様の中で、一人だけ、ショーン様のお父上であるグリーン公爵だけが、声を荒げた。
「ここにはございますの?」
「我が家の…禁書庫に…しかし、なぜ、その本の存在を?
私も公爵になり、父から受け継いだ禁書庫を開けて初めてその存在を知ったのですが…」
「フフッ。同じ物が、我が家とライトブルー家にもございますのよ?」
「同じ物…?」
「まぁ、内容は異なりましたが…」
「内容とは…?」
「フフッ。我が家にあった日記には、魔獣との戦記の様な物でしたわ。
その後、各領にラング花を植える実験をするとあって締められておりました。」
「ライトブルー家の物は?」
「フフッ。そちらには、特化魔力と魔族の謎について書かれておりましたわ。」
「特化魔力!」
「なんだ?ソレは…」
「お父様…?」
「…っこれは、代々当主に伝わる一子相伝の秘技で…」
驚き、しどろもどろになっているのは公爵二人で、殿下とショーン様はキョトンと不思議そうに、話すべきか隠すべきか悩む二人を見ている。
日記の存在については御存知なさそうだったブルーラング公爵だが、特化魔力についてはグリーン公爵と共にオロオロと考えている。
困らせるつもりは無かったのだが、申し訳ないと思う。
「まぁ、無理にとは申しませんわ。」
「いや…私の領で聖獣様に怪我を負わせてしまった。
こんなことで少しでも罪滅ぼしになるのでしたら…」
「まぁ!皆様、ミィタを恐れすぎですわ。」
「いやいや、聖獣殿が甘いのはエミリア嬢にだけなのだが…」
「まぁ、フフッ。面白い御冗談ですわ!」
「イヤイヤ…」
そう言いながら、書庫へと歩き出すグリーン公爵の後に続く。
私の後ろから、他の三人も着いて来るのが分かった。
書庫に入る前のドアを叩くグリーン公爵。
スーッと壁に筋が入り、押し開くと仄暗い階段が現れた。
一段一段踏みしめるように階段を下りていく一行。
カツーン、カツーンと足音が石の回廊に反射する。
突当たりの簡素な木の扉を開くとそこには、魔法ランプで仄かに周りがオレンジに浮かび上がる小さな書庫があった。
ドアの付いた壁際に、簡素なデスクと椅子があり、他の二面の壁には本棚が、一面には家宝だろう、鎧や絵画などの乗った棚がある。
その本棚の一画に向かい、一冊を取り出すグリーン公爵。
その手には、見慣れた物になったあの日記があった。
「コレですね。」
「えぇ。」
「私には、結界を解く事すら出来なかった。」
「明るい所へ持っていっても?」
「えぇ。」
「ファーブにも見せたいわ。」
そうして、地上に持って上がり、ファーブを呼ぶ。
ミィタは、今はゆっくり休んでいる。
側で騒ぐ訳にもいかないので、隣室に集まって、日記帳の結界を解いた。
その日記には、私の疑問であった、闇魔法と光魔法についてと、ラング花の記述があった。
日記によると、そもそもの魔法の成り立ちが関係しているらしい。
もともと、この地に魔法を使える存在は無かった。
事の起りは、神話にしかない為、真実はどうか分からない。
だが、神話によると、神が一人この地に降り立った。
神は、この地に溢れる光を力に変えて、国を興し、人を育て、獣を育んだ。
この地は光で溢れた。
すると、神も人も獣も落ち着かなくなった。
神は、疲れた身を休めようと闇を創った。
闇は、神の心身を休め、獣を隠し、人を狂わせた。
神は考えた。
光だけでも、闇だけでも、心は落ち着かない。
光と闇は二つで一つ。
どちらが欠けても、どちらが勝っても、お互いに惹かれあい、反発しあう存在。
ならば、国の真ん中のヒュージ山を境に、北の平和な地を闇の眷属に。
南の温和な地を、光の眷属にした。
それぞれ、闇の眷属の地をイルッターナ。
光の眷属の地をヴィケルカールと名付け、神は平等に彼らを愛し、慈しんだ。
光の眷属にも、闇の眷属にも、それぞれ光や闇から力を借りて、神と同じような力を扱える人が現れた。
それが、魔法使い。
獣の中にも魔法を使えるものが現れた。それが魔獣。
神は、彼ら魔法を使える一部の者が、勝手に神の大切に慈しむ者たちを害す事のないようにと、聖獣を創り見守るように役目を与えた。
そうした中で、光の魔法使いも、闇の魔法使いも、それぞれが己の出来る事を模索し始めた。
それぞれが光や闇から力を借りて、水や炎を操る術を学んでいった。
借りる力の本流は別でも、操る魔力に違いは無かった。
ただし、光魔法は森羅万象に関与し、闇魔法は人や魔物などの精神に影響を及ぼすことが多かった。
かつての魔法使いたちの力はとても強大だった。
各々最も得意な魔法を魔力に溶かし、己の血に溶かし込むことで特化魔力として、子に引き継がせていった。
ここまでは、神話だろう。
要は、光魔法と闇魔法とは言っているが、水力発電と太陽光発電の違いの様な物らしい。
光や闇を魔力という電力の様な物に体内で変換し、それを水や炎などとして使用する、という事なのだろう。
ただ少し、光は物事に干渉しやすく、闇は精神に影響を及ぼす魔法を扱いやすい、と言う事だろう。
確かに、私が無意識に使用していた、空間魔法は光魔法だし、酒場や前ライトブルー公爵に使用した精神に幻影などの精神に影響を及ぼすものは闇魔法だった。
特化魔力についても、分かった。
もともとは氷や灼熱の魔法が得意だった魔法使いたちが、自分の力を子に引き継がせるために、その力を自分の体に溶け込ませて魔力そのものとしたってことなのね。
普段使う時は、光や闇から力を借りて、いざという時には己の中の特化魔力を使う、って事か。
ならば確かに命を削る魔力というのも納得だ。
一息つくと続きを読み進める。
本能で、闇は己の持ち合わせない光を希い、光は闇を慈しんだ。
しかし、闇の光に対する執着は恐ろしい物があった。
光は徐々に闇を恐れるようになった。
だから、聖獣が光を守るようにラング花を作った。
闇は、光の塊のようなその花に傾倒して行った。
こうして、光はラングの花を身代わりに、己の身を守る事を学んだ。
しかし、ラング花を闇に取られてしまっては、また光は己を守れない。
だから、ラング花は、闇を惹きつけるが、闇にはラング花は育てられないように創られた。
そして、光も無条件にラング花に守られる訳にはいかなかった。
ラング花は光を守るが、それは光の魔力を食うため。
光の魔力をラング花に食われ続けた魔法使いは、徐々にその魔力を失っていった。
そして、イルッターナの魔法使いが光に憧れ、移動してきた家が、レッドハーツ、ブルーラング、ヴァイオレット各家と名を替え、移動した先で王に据えられた。
元からヴィケルカールにいた魔法使いもそれぞれ、オランジ、グリーン、ライトブルー、イエローラングという名を得て、王家に据えられた。
かつては、ライトブルー、イェローラング、オランジ、グリーンの各領で育っていたラング花だが、今でも育つ程の魔力を持つのは、闇との交配が進まなかった陸の孤島のイェローラングと、光魔力は弱いながらもまだ純血性の高いライトブルーだけとなった。
ヴィケルカールからイルッターナへ移動した魔法使いもいたが、記録には残っていなかったらしい。
という事が書いてあった。
なるほどな。
だから、光の特化魔法と闇の特化魔法があったのね。
謎が解決してスッキリした私を尻目に、他の日記を読んでいない殿下達は困惑顔だ。
「この神話を私の先祖が、君らの先祖に託したのか?」
「そうです。」
殿下の問いに、グリーン公爵がハッキリした声で凛と答える。
「そして、この日記は、王家にも一冊あると聞いております。」
「我が王家にも!?」
「あら、まだあったのですね!」
「えぇ。」
「しかし、お嬢様?そう簡単に王家の禁書など読めませんよ?」
「そうだな…父上が許してくださるかどうか…」
「うーん?ジョーイおじ様なら許して下さりそうですけれどもね?」
「国王を甘く見過ぎでは…?」




