破られた結界と傷
そんな日々が数日続いた。
私が張った結界が防いでいるため、どこの領でも被害は出ておらず、ヴィケルカール側の人々は、最初は動揺していたが、少し慣れたのか今では落ち着いているらしい。
そうなってくると、考える時間ができてくる。
確かにキャロル様は言っていた。
彼女からシナリオを聞きだしたヘイアン様は、とても満足そうに、そこに行けば運命の相手とやらに巡り合えるのだな…と言っていた、と。
運命の相手を探している…
イルッターナ国内で常に影の陛下として、時にその魔力を持って国を動かしていた人。
圧倒的な孤独の中にあり、後宮には常に数十人とも言える黒いドレスの美女ばかりを集めている事。
黒なのは、喪に服している色だから。
彼女達は、旦那や大切な人を亡くして、悲しみに打たれ、ヘイアン様の寂しさに共感できて、彼と痛みを分かち合える人たち。
悲しみの中に埋もれている彼の存在に、救われている悲しい女達。
そんな女達と共有する悲しみとは、死ぬことのない彼を慈しんでくれる存在を、彼はどう思っているのか…
誰か一人でも愛すれば、確実に心を裂かれるような別れが来る。
だからと言って愛されないのはあまりにも寂しい。
苦しいだろうと思う。
心が痛む。
ダーン
地響きが結界を揺らす。
これは、ライトブルー領の森に張った結界か…
彼は徐々に焦っている。
攻撃の力は日々上がって、引き返すまでの時間が徐々に伸びている。
人々は疲弊し、こちらも手を出していないとはいえ、女性や子供達の気力もギリギリになっている。
ライトブルー領に移動し、森側から攻撃を仕掛けるイルッターナの人々の顔を見る。
ある時はゴキブリンに追いかけられ、またある時はすごい水圧で押し返され、殺されないという自信がある一方、私が心変わりをすれば自分達は木の葉のように儚くなってしまう事に気が付いているだろう。
その表情は疲れていて、でも、やめる事も出来ずに悲壮感が漂っている。
これが戦。
これが、災い。
ライトブルー領の結界に、男数十人で、大木の切り株を叩きつけて破ろうとしている人々の前に立ち、声をかける。
「私、エミリア・ヴァイオレットと申します。
レッドハーツ領の辺境奥地に、高原があります。
私は、明日以降、そちらに待機しておりますと、ヘイアン様にお伝え願えますか?」
声は届いたはずだ。
その証拠に、彼らは結界を打ち破ろうとするのを止め、一人、リーダーと思しき体格のいいきこりのような風貌のおじさんが、後ろで待機していた甲冑姿の者の下までお伺いを立てに行っている。
そのおじさんに連れられて、甲冑が結界を挟んで私の目の前まで来た。
「お前、名は?なぜ、国王の目的がお前であると思う!」
「私、ヴィケルカール国、ヴァイオレット公爵の長女で、エミリアと申します。
貴方はこの戦の目的を御存知でしょうか?」
「知らん!だが、この戦が、貴様のための訳がなかろう!」
「訳があろうが無かろうが、それを判断なされるのは国王様でしょう?」
「っく!口が減らぬ女だ!」
「まぁ、フフッ。」
「一応、お伺いは立ててみる!
結界を開けて、即時降参すれば、民は悪いようにはせんと仰せだが?」
「申し訳ありませんが、それはできない相談ですわ…」
「ふんっ!ならば、我らは引くことはできん!木を持て!再開!!」
甲冑の号令により、再びドシーン、ドシーンと結界が揺れる。
私は、その様子を眺めて、伝わると良いと願いながら、その場を後にした。
翌日から、私は宣言通り、レッドハーツ領の辺境のそのまた奥地の高原で待っている。
その光景は、レッドハーツ先輩を苦笑させるほど穏やかそのものだ。
簡易のテーブルと椅子を置いて、高原の爽やかな風を受けながら、紅茶を楽しんでいる私に、レッドハーツ先輩が話しかける。
「エミリア嬢?本当にここに来るのか?」
「分かりませんが…でも、ここに来るように伝えたのですが…ヘイアン様には伝わって無い様ですわね…」
『まぁあの様子ではなぁ…』
「伝わらないと思いますが…」
「あらぁ…」
そんな時だった。
ドッガーン・・・と、体が痺れるほどの衝撃が突き抜けた。
この違和感は、グリーン領の辺りに張った結界…
破られた!
ビリビリと未だに痺れている手を、開いたり閉じたりして、異変が無い事を確認する。
「動く…」
「どうした!?」
突然、目を見開いて立ち上がった私に、驚いた先輩が声をかける。
「結界が…」
『おい!?』
「どうなさいました!?」
答えている暇は無い!
さっと立ち上がり、不安に後押しされながら、結界に異変のあった地域まで最速の移動手段を考える。
ドアだ!
焦るが、慎重に目を閉じて、違和感の場所をイメージし両手を突き出す。
目を開けると、驚愕の表情のレッドハーツ先輩と、赤いドアが現れる。
『おいっ!』
「お待ちください!」
ミィタとファーブの声を背に聞きながら、ドアを潜る。
潜ったドアの向こう側で見えたのは、バリンっとガラスが割れたように、大きく口を開けて割れている、私の張った結界の側で、ブルーラング魔術師庁長官と部下だろう魔術師が新たに結界を張り直している姿。
その割れた結界の隙間にグイグイと体をねじ込み、甲冑が三体入り込む。
蹲りブルブル震えている子供たちと、彼らを護るように覆い被さっている、母親とみられる女性に、剣を向けている甲冑。
魔術師たちは結界を塞ぐ事に必死で、そちらにまで気が回らない。
男衆は、同時に入ってきた魔獣と戦っている。
「危ないっ!」
咄嗟に剣の前に体を捻じ込んで、背後に彼女らを庇う。
左手を、剣を掴むように前に出し、金魔法で硬化する。
ガチィン
「チィッ!!」
「ほっ…」
『後ろじゃっ!』
ギィン
私が目の前の剣を弾き、ホォッと息を吐いた時、ミィタの声が聞こえ、巨大化したミィタが私を抱き込むようにして、鋭い爪で私の後ろにいた甲冑の剣を受ける。
「後は私がっ!」
後ろから走ってきた、ファーブが甲冑を引き受けてくれている間に、女性と子供達を安全な場所まで案内する。
グリーン公爵邸の中には、小さな子どもたちや、母親達の炊き出しなどで賑やかだ。
男衆は、先の騒ぎに、各々鍬や斧等を持って走って行った。
私とミィタは散々、お礼を言われやっと解放された。
見回すとここにいるのは、年端もいかない子供か、女性か、お年寄りのみ。
「困りましたわ…」
『うん?』
「そうなるとココが不用心になるのですが…」
『ワシが居るわい。』
「フフッ、頼りにいたしますわ!」
外門のすぐ内側でぼんやりと、外の喧騒に耳を傾ける。
魔獣の叫び声、甲冑の雄叫び…
城門の内側では、女性達が子供達を宥め、落ち着かせている。
でも、どうやってあの結界を破った…?
自慢じゃないが私の張る結界は、前世日本の防弾ガラスと水族館などで使われる厚さ15センチのガラスをイメージしているため、普通の魔術師が扱う攻撃魔術ならビクともしない様になっている。
アレを破れるのは、聖獣をも押さえつけられる、ヘイアン様の魔力だけだろう。
悩んでいる私の真上に、黒い影がかかった。
『エミリアっ!!』
「あっ!?」
そこには、真っ赤に濁った眼で、こちらに向かって急降下してくる巨大なカラス。
油断していて、構えられなかった私の前に、ミィタが立ち塞がる。
「ミィタっ!」
『ぐぅっ!』
『ギャァッ!!』
私の叫び声と、ミィタのうめき声、そして巨大なカラスの断末魔が同時だった。
ミィタは私を庇うために立ち塞がって、その胴に深く生々しい傷を負った。
傷は負いつつも、鋭い爪で巨大カラスの首を、捩じ切るように跳ね飛ばしたミィタは、そのまま地面に沈んでいく。
ジュゥジュゥと黒い湯気を立てて、爛れる様に溶け、赤黒い肉を剥き出しにしていく背中からわき腹にかけての傷口。
背後で悲鳴が上がり、湯を持って走ってくる女性や、状況を外の男衆に知らせに走る人たちなど場は騒然となった。
私は、慌てて、ミィタの傷口を洗い流す為に、大量の水を呼び出し、浄化し傷口を洗い流して行く。
「聖獣様!!」
「聖女様っ!?」
パニックになる民衆に流されている場合ではない。
テキパキと傷口の浄化を済ませると、やっと肉が溶け落ちていくのが止まった。
シュルシュルと小さい子猫のサイズに戻るミィタ。
意識を失っているらしく金色の瞳は見えないが、呼吸は安定している。
「清潔な布を!」
「「はいぃっ!!」」
ミィタの治療が終わった時、結界の修復を終えたブルーラング公爵と、捕虜として甲冑を引き連れたグリーン公爵やファーブが戻ってきた。
レッドハーツ先輩は、戦いが終わったら領地の最前線に戻っていったらしい。
「お嬢様!ミィタ!!」
「聖獣様っ!聖女様!我が邸にて、聖獣様にお休みいただきたいのですが?」
「よろしくお願いいたしますわ。グリーン公爵。」
そうして、グリーン公爵邸の中に案内される。




