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開戦とやっぱりズレてるお嬢様と彼の欲しいもの

薄氷の上を渡るような緊張感。


「だが、俺は許さない。」

「くっ…」

「悔しかろう?お前の心に傷としてだろうが、居座る事が出来るのなら本望だ。」

「ヘイアン様…」

「戦の準備をしておけ。

国へ帰るぞ!」


ヘイアン様の最後の一声に、何処からか、黒い影のヘイアン様の護衛と思われる方達が飛び出してきて、彼を囲む。

それは先程私達を拘束していた、黒い靄が固まった人影そのもので、目の位置に、宝石の様な真っ赤一色の瞳が嵌まった人には見えない生き物だった。


「魔族…」

「お嬢様!」


私の周りをファーブやファル、ミィタなどが取り囲み、黒の集団に威嚇する。

その光景を見て、フッと寂しそうに笑みをこぼしたヘイアン様は、ゆっくりと口を開く。


「ではな。エミリア嬢。また会おう。

そいつはいらん。そちらで処分してくれ。」

「ちょっと!待ちなさいよっ!」


リリーの叫びと共に、忽然とヘイアン様と彼を取り囲む魔族の姿が消え、リリーは体の拘束が解けた殿下の護衛たちやファルに即座に取り押さえられ、城へ連行されていった。


「キャロル!」

「きゃぁ!ハロルド様っ!」


殿下とキャロル様の叫び声の方に、目を向けると黒い靄に拘束された殿下が伸ばした指先を、必死に掴もうと手を伸ばすキャロル様。

しかし、彼女は無残にも、魔族数人に抱えられ、隠されて、一瞬のうちにかき消えてしまった。

彼女が消えた直後に、殿下から靄が霧散し、殿下は崩れ落ちるように座り込む。


「キャロル…」

「ディーン様!気を落としている場合ではございませんわ!至急、国王にご連絡を!」

「…!あぁ!そうだな!」


その後はバタバタと噂や連絡鳥が飛び交い、学園が緊急休暇に入り、私もヴァイオレット領に帰る事になった。

混雑する馬車止めを横目に、ミィタに乗ってファーブと共に帰宅の途に着く。

ぼんやりとファーブに抱えられミィタの背に揺られている間、帰る前に荷物を纏めている時に、ファルとお兄様が寮に訪ねてきた事を思い出した。


「お兄様!ファル様!」

「エミリア様、私とエリオット様はこのまま王宮に向かいます!

ここでお別れになる事を御報告に参りました!」

「まぁ…」

「エミリア、私達は大丈夫だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。

私達が居ない間、出来れば危ない事をせずに領に引きこもっていてくれ!

ミィタ殿!ファーブ!エミリアをよろしくお願いいたしますっ!」


兄がきっちりと腰から曲げて深々と、ミィタにお辞儀をしている。

その横でファルも深々と頭を下げている。

こちらも、ファーブが深々と頭を下げて、返礼している。


『あぁ、エミリアはワシが守る故、お主はお主の役目を果たせ。』

「はいっ!」


そして、風のように部屋を出ていった。


そんな事を考えている間に、領の御屋敷に帰ってきた。

玄関を開けてくれたオリビアにお礼を言うと、パタパタと走ってきたお母様にギュッと抱きしめられた。

柔らかな胸に頭を押しつけられて、窒息しそうになる。

やっとのことで、ファーブとオリビアに引き剥がしてもらい、荒い息をついていると綺麗な瞳に涙をいっぱいに溜めたお母様がお父様の事も教えてくれた。


「暫くはお城に泊まり込みになる様ですわ。

私はこの領地を旦那様に代わって守らねばなりません。

エミリア、非常事態です。

貴族としての責任を果たしなさい。」

「はい、お母様。」


そうして、私は部屋に入った。

今日はのんびりして下さいと、オリビアに言われ、弟のエルフォートを部屋に送りこまれてしまった。

本当はすぐにでも、最前線の地になるであろうレッドハーツ領に向かうつもりだったが、幼い弟が、怖がりながらも気丈にしている姿に胸を打ち抜かれ、その日はずっと弟と共にいる事にした。

弟も幼いながらに、何か感じる物があるらしい。

ならば、私は正しい事を教えようと、貴族の在り方や、情報の集め方などを教えた。

出来る事ならば、弟がこんな知識を使う必要のない未来になれば良い、と思いながら。



次の日、戦時下で、戦力となりうる私やミィタ、ファーブは、領地に引き籠る事も出来ないので、最前線で戦うためにレッドハーツ領に移動しようかと扉を出す。


「お嬢様?」

「はぁい?」

「私とミィタの傍から離れないでください。」

『あぁ、ワシらが守ってやる。』

「フフッ、えぇ。ありがとう。頼もしいですわ。」


レッドハーツ領では、フォード先輩が旗頭となって、兵に志願した者や、もともと傭兵だった者達が続々と集まっている。

フェルシュ辺境伯が最前線に立つため、ルーナ様も辺境伯夫人も忙しそうにテントの下で炊き出しをしている姿が見える。


「ルーナ様。大丈夫ですか?」

「まぁ!エミリア様!!大丈夫なのですか?こんなに最前線に出られて…?」


ルーナ様が心配そうに話しかけてくれる。


「えぇ。私にも責任の一端はありますもの。

遠くで守られているだけは性に合いませんわ。」

『大人しく守られてくれた方が、こちらとしてもやりやすいのじゃがな。』

「お嬢様ですしね。」

「あら、フフッ。」


徐々に日が落ちてきて、辺りは薄暗くなってくる。

森の傍には、人垣ができていて、誰もが緊張感に顔を強張らせている。


『エミリア』

「えぇ、来ましたわね。ファーブ。」

「はい。」

「辺境伯やレッドハーツ先輩、皆さんを。私は後方支援を致しますわ。」

「分かりました。」


立ち上がって、人ごみに紛れていくファーブ。

足音もせず、姿もすぐにおぼろげになる様子は、さすが暗部の長である。


「私たちはココを守って、相手の出方を伺いましょうか…」


森との境目に結界を張る。

人、物、動物、すべての侵入を拒む、闇魔法の最上級結界。


ガツン!と結界に衝撃が走る。


『始まったか。』

「この程度の攻撃で?」

『エミリアじゃから防げたのであって、今のでも十分な殺傷能力のある攻撃じゃぞ?』


そうなのか・・・

この程度なら、ゴキブリンの大群を目の前にしたときの方が、恐ろしかった・・・


あ、いい事思いついた…


『やめとけ!』

「でも、アレなら、こちらも被害は少ないですわ!」

『アレだぞ!』

「もともとこの近辺にいるものですわ!生態系への影響などもそれほど無いですわよ!多分。」

『う~ん…後々の被害が大きいと思わんか…?』

「まぁ、それは…確かに…」

『まぁ、でも確かに、この森にもともと自生しているからなぁ…』

「なら!」

『あまり、お勧めはせんぞ?』

「一度きりですわ!!」


そういうと、私は覚悟を決めて、闇魔法の最上級で召喚を行う。


「結界の外!森中のゴキブリンを集めて、敵の中に放り込んでやって!!」

『そんな呪文があるかっ!』


ミィタの突っ込みを華麗にかわしつつ、魔力が飛んで行くのを見ていた。

待つこと数十秒。


ドガン、ドゴンと、結界を壊そうと躍起になっていたらしい衝突音が、唐突に止んだ。


「ぎぃやぁぁぁああぁぁ!!!」


森の方から、凄まじい音量の悲鳴とともに大量の砂煙が去っていき、残った剣戟音や、爆音も何故か森側へと仕掛けられている様子に、辺境伯以下この屋敷に集っていた一同、キョトンと放心していた。

一通りの音が静まった後で、結界のすぐ外に大量の水を召喚し、イルッターナ国へ向かって、色々な物を洗い流すように水をぶちまける。


『はぁぁぁあ。』

「お嬢様?何をなさったのですか?」


ミィタのため息とともに、情報収集に走っていたファーブが戻ってくる。

その顔は、何も言っていないのに、私が何かしたと確信している。


「ちょっと、私の天敵を召喚して、相手にぶつけただけですわ…?」

『ちょっとか?』

「はぁぁぁあぁぁ。あんまりかわいそうな事をしてやらないでください。

彼らもイルッターナの民なのですから。」

「はぁい…」


ミィタの一言を聞いて、深く深くため息をついたファーブが、ちょっとした注意だけで終わらせてくれたのは、やはり今が非常時で、命のやり取りをする現場だからだろう。


「極力、人に命を落としてほしくないのですわ。」

「お嬢様…」

『エミリア…』

「多少のトラウマは大目に見てくださいまし…」


私の最後の一言に、何故かミィタとファーブは盛大なため息をついた。

そして、気を取り直してファーブの話を聞く。


「どうやら、この攻撃は、どなたかを捜すための陽動の様ですね。」

「どなた…?」

『エミリアじゃろ?』

「お嬢様でしょうね。」

「あらぁ?そんなに懐かれる様な事ありましたかしら?」

「キャロル様が仰っていたではないですか。

彼女の記憶のシナリオに沿って、彼は何かを得ようとしていると。

それを敵役のお嬢様に見出したとしても、何もおかしくありませんよ?」

「あら…」


そうなのか・・・?


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