誤解したヒロインとめんどくさがり令嬢の綱渡り
なんだか、心がズキズキと痛みだす。
私が傷つくのは間違っていないか…?と思う心と、私は彼に何かできないだろうか…と想う心がせめぎ合う。
「それで、私、一つ謝らないといけない事がありまして…」
「ん?」
考えに沈み込んでいた私を、キャロル様の一言が引き上げる。
「実は、彼に私が転生者である事がバレまして…」
「あらあら。」
「彼にこのゲームのシナリオを無理矢理聞き出されたのです…」
「あらまぁ。」
「で、面白がった彼が、シナリオに沿わせてみるか…と・・・」
「何か、なさったの…?」
「えぇ。レッドハーツ様の婚約破棄騒動がありませんでしたか?」
「あら!まさか…」
「はい。アレは、私の話を聞いた彼の悪ふざけです・・」
「まぁ!」
「申し訳ありません。
私の話から、こういう場合は、物語の強制力が働く事がある、という事まで彼に悟られてしまいまして…
それなのに、この世界に私の知るシナリオとのズレが生じていると。
そして、そのズレの中心地に居られるエミリア様に、並々ならぬ興味を示していたのです…何か面白いことを見つけた子供の様な爛々とした目をしておりました…」
「げ…」
「すみません。」
「まぁ、レッドハーツ先輩方は、丸く収まったので大丈夫ですわ…」
「それでも、いつか謝らなければと考えております。」
キャロル様は神妙な顔で言っているが、謝ると言ってもあの件は、レッドハーツ公爵がいくら調べても差出人はあやふやなままだった。
レッドハーツ領の郵送局で出された物と言う事までは突き止めたのだが、一日に大量の人が物を送ったり受け取ったりする郵送局で、何の変哲もない手紙一通の差出人の人相なんて覚えられている訳もなく。
結局、タチの悪い悪戯として処理されたと聞いている。
「んー…まぁ、お好きになさいませ。」
『アドバイスも面倒になったな。』
「お嬢様…」
「え~だって…え~っと…まぁ、そこまで気にしなくても、もう終わった話題になっておりますので、ご安心くださいませ。」
「本当ですかっ!?ありがとうございますっ!」
「いえいえ。」
何だか、お礼を言われると良い事をした気になる。
『気のせいじゃな。」
「ですね。」
「あ!それと、今思い出しましたが…」
二人とも、私の心の声に答えるのは止めなさい。
そんな二人を押しのけて、キャロル様が先程言い忘れていた、ヘイアン様の発言を教えてくれる。
「へっ?それは…」
「申し訳ありません!エミリア様!」
私が話そうとした言葉を遮って、慌てて入ってきたのはファルだった。
後ろからは、コソッと殿下も寄ってくる。
いつの間にそこにいたんだ…殿下は。
なになに?何事?
「どうした?ファル。」
「しっ!兄上!生け垣の向こうで、リリーがヘイアン様に突っかかってます。」
「突っかかって…?」
言いながら全員でそっと、カフェテリアを囲む生け垣の一角に寄って行く。
コソコソとしていると、唐突にリリーの甘い猫なで声が聞こえた。
「ヘイアン様っ!
私は、ヘイアン様の事を恐れたりは致しませんっ!
ヘイアン様が聖獣様のお子様で、どなたにも恐れられて…それでも人が恋しい気持ち、良く分かります!
私も!私も自分の守護の魔力が爆発した時、すごく怖くて、誰にも近寄れなかったです。」
「どうして、俺が、聖獣の子だと知っている…?」
ヘイアン様の怪訝そうな声が聞こえて、確かに生け垣の向こうには二人しかいない様子が窺い知れる。
『そんな事が…?』
「いえ、ありませんでした。当然でしょ、といった態度でした。」
ひっそりと聞くミィタに、ファルがシレッと真実を報告する。
「でも、私の持っている守護の魔法なら、貴方をどんな環境からも守ってあげられる。
穏やかで、命の危険の無い眠りを与えられる。
私は、貴方を愛しております!
この魔力がある間は、誰にも貴方を傷つけさせない!
だから…」
「ほう?お前はそう来たか。お前も、俺のハーレムに入りたい、と?」
「いえ、私は他の方とは違う!貴方と共に歩みたい!どうか、奥さんにしてください!」
「共に?フッ!笑わせるな。こないだの女はもっと聞きわけがよかったぞ?」
「どうして!?
ヘイアン様は、寂しがりでしょ?
だけど、人以上の聖獣の力も持っているがために、存在を知る人たちに恐れられて、暗殺の危険に晒されて、夜もおちおち眠れないんでしょ?
イルッターナは聖獣を排除する国なんでしょ?」
そう。
リリアーナが言っている、イルッターナは聖獣を排除する国、と言うのはあながち間違いではない。
この国と彼の国には神話がある。
かつてヴィケルカールとイルッターナは一国だった。
現在のヴィケルカールは南部と、イルッターナはただ北部と呼ばれていた。
気候が穏やかで農耕が盛んな南部と、鉱山などがあり工業が盛んな北部は元々お互いに支え合い、足りない部分を補い合っていた。
ある時、北部の頭領が、「魔物討伐のために兵を貸してくれ!」と南の頭領に頼んだ。
南の頭領は「それは大変!」と大量の兵を出した。
しかし、北の頭領が討伐しようとしていたのは一頭の立派な聖獣だった。
聖獣は怒り、その場を去った。
彼がいた所には、紫の花が残ったという。
その花を、南の頭領は大事に持ち帰り、聖獣の守った花として、代わりに守っていくことを誓った。
それが、現在もラング花として大事にされている。
そして、北と一緒に聖獣の怒りを買う訳にはいかないと、南の頭領は北との繋がりを最低限にした。
そんな事もあって、北、つまり今のイルッターナは、聖獣を嫌う国だという認識がある。
「ふん。俺には、毒も効かないし、暗殺なんぞしょうもない。
そもそも、俺の存在はイルッターナでも極一部の上位者しか知らんのだが。」
「え…?はぁ?」
「ところで、お前はどこで俺を聖獣の子だと知った?
もしや、お前も前世の記憶持ちか…?」
「前世?お前も?」
ヘイアン様の発言に、殿下の頭上に?マークが浮いているのが分かる様な気がする。
それは後で説明してあげるかもしれないから、今は黙ってて。
今は黙れ!の意味を込めて、シッと口の前に人差し指を立てる。
殿下は私の姿を見て、ピタッと疑問を口に仕舞い込んだ。
よしよし、空気を読める奴は楽でいい。
「もって事は、貴方もなの?」
「フンっ、下らん。」
「なによっ!上手くいかない!
ハーレムルートのフラグは、エミリアに折られるし!
じゃあって事で、王太子ルートに入ろうとしたら、マリーン・アリアネスにフラグ折られるし!
ねぇ!あんたもこのルートの発生条件知ってるんでしょ?
なら、あんたに捨てられたら私、お友達エンドか、放浪ルートしか残ってないの!
あんた顔は良いんだから、私を正妃にしてよ!
自慢したいの!
良い男侍らしたいの!
あんたも、前世があるなら分かるでしょ!?」
「下らん。俺は俺を癒す存在でない者を、ハーレムに入れるつもりはない。
とっとと去れ。
お前など目の端に映っているのも不愉快だ。」
「何よっ!あんたなんて…」
アッと思った。
このままではいけない!止めなければ!と思い、声を出し、生け垣を越えようとする。
しかし、どうした事か、体が動かない。
見渡すと、ファルも殿下も、ファーブもミィタでさえ、動けそうな気配もない。
皆で目配せし合い、体に纏わりつく魔法の流れを見てみる。
黒く濁った靄が、各人の体に纏わりつきガチッと皆を拘束している。
生け垣の向こうに続く黒い靄を視線で追うと、ヘイアン様の手から出ていた。
いつの間にと、驚く。
ミィタも気がついたのか、目を見開いている。
聖獣を抑えられる程の力。
彼が持っている力を、油断していたかもしれない。
「あんたなんて!
誰を愛しても、結局先に死んじゃうならもう誰も愛さないなんて、歌の歌詞みたいな事を言ってるただの寂しがりじゃない!
だいたい、片親は聖獣だとしても、片割れは人間だから、あんたは人型のくせに!
父親か母親のどちらか、ってか、両方に捨てられたくせに!
あんたを拾ったのが、たまたまイルッターナの王だったからって王族みたいな顔してるけど、実際血が繋がっているのかも分かんないんでしょ!?」
ダメ!
生け垣のこちら側の雰囲気は今にもリリーに飛びかかって押さえつけたいのに、誰も小指一本動かせない。
徐々に靄がハッキリし、塊になって人型を取り、顔の所に二筋赤い線が見えた。
「ふんっ、だからどうした。」
「そんな冷血漢だから!誰にも愛されないのよっ!!」
「違いますっ!」
ヘイアン様がバカにされている。
国同士の和平の事や、リリーの事なんて、頭の片隅にもなかった。
ただただ、ヘイアン様が悲しんでいないかが心配だった。
生け垣を押しのけて現れた私を見て、最も驚いていたのは、私達を拘束していたヘイアン様だった。
リリーも驚いていたが、驚愕の表情は瞬時に、私を睨みつける憤怒の表情に変わる。
「あんたのせいよっ!
全部あんたがキチンと悪役をしないからっ!
私はヒロインなの!
皆から愛されて、大事にされて、幸せになる運命なのっ!」
「申し訳ありません!ヘイアン様!
この度の事、私の監督責任ですわっ!」
「ハハッ、お前は動けるのか?」
心臓を射抜かれる程冷たい声音に、全てが遅すぎた事を悟った。
空気を読めないリリーだけが何事か喚いているが、私にはもう一切の音は聞こえなかった。
空間が切り取られたかのような、静寂。
実際は煩かったのかもしれないが、今、私の耳に届くのは自分の心臓の早い鼓動のみ…。
汗が肌を伝う音すら聞こえそうな、緊張感の中でジッとヘイアン様の顔を見る。
「お前は、エミリア嬢は、こいつとは違うのかもな・・・」
「私も女ですわ。愛のある結婚をしたい。愛され甘やかされたい。」
「下らんな。」
「そんな女ですのよ。」




