後宮と転生と彼の真実
二年次の授業も落ち着いてきて、だんだんと慣れて、自分のペースがつかめてきた頃。
何があったのか、ある日突然教室移動の合間に、アリアネス侯爵令嬢に話しかけられた。
「エミリア様!」
「あら?どうかなさいました?」
「まどろっこしい言い方はもう止しましょう?
貴女も御存知なんでしょう?
私は明日、ヘイアン様の後宮に参ります。」
「あら!?」
「私、幸せなのです。
彼が誰も愛す事は出来なくても、私が少しでも彼を癒す事が出来るから。」
「まぁ…」
「貴女の代わりに、私が彼の側に侍る事、貴女には謝りませんから!」
「私の代わり…?」
「今更、何も知らないフリをしなくても良いんですよ!
他の方々とのフラグを勝手に折ったのも、全てはこの為だったのですから!
では、私はもう満足しましたので貴女も幸せになってください。」
「ありがとうございます。貴女も、お幸せに…」
「ホホホッ、当然ですわ!」
彼女は笑いながら歩いて行ってしまった。
今日はお友達の御二人は居られなかった。
その日はもう、彼女と目が合う事もなかった。
次の日から彼女はひっそりと教室から姿を消し、その数日後、アリアネス侯爵令嬢が無事にイルッターナ国のヘイアン様の後宮に入られた、との噂が学園中を駆け巡った。
放課後、いつも通り散歩に出る。
今日はなぜかファルも一緒に歩いている。
「どうですか、ファル様?ギルド登録で、何か心境的に変わりまして?」
「うーん、自分では良く分かりませんが、Dランクの依頼をこなして行くにつれて、ギルド内に仲間が出来たり、情報交換などの交流をしていると、自分は一人ではないんだと実感できますね。」
「まぁ!それは良い傾向ですわ!」
「ありがとうございます。エミリア様のお陰です。」
「私は何もしておりませんわ?フフッ。」
ボチボチ歩きながら談笑する。
「あのっ!エミリア様!」
「はい?」
声を掛けてきたのは、温泉同好会仲間のキャロル姫だった。
「エミリア様は、“虹の蜜は秘密の香り”と言うゲームを御存じでございますか?」
「はぁ?」
しまった。
唐突過ぎて、意味も分からなければ用法もよく分からない単語に驚いて、お嬢様言葉がちょっとどっかへ旅に出てしまった。
慌てて取り繕って、キャロル様に向かい合う。
「すみません。聞いた事もない言葉でしたので…
え~と、蜜?虹の?でしたかしら?七色の花から取れる蜜の事ですか?」
「あ!いえ。ゲームなのですが御存じないのでしたら…」
「いや、聞き捨てならんな。その単語、リリーもよく言っていた。」
「ファル?」
「そうですね。」
「ファーブ?」
「話をお聞かせいただいても?キャロル姫。」
「はぃ・・・」
ウルッと瞳を潤ませる黒目黒髪の美少女を前に、どうしたものかと思案する。
とりあえず、ファーブがソッとキャロル様に手を差し出し、彼女をエスコートしてカフェへと移動する。
その姿に、もやっとした物を感じて首を捻る。
『どうした…?』
「さぁ…?」
そのままカフェへ移動し、キャロル様と向かい合ってテーブルに座り、落ち着くために温かい紅茶をもらう。
私が居るため、人払いをしなくても誰も近寄ってこない。
だが、ファルが進んで見張りに立ってくれた。
気持ち的にはビミョーだけど、便利なのかしら…?
天然の人除け…
「えっと…では、教えていただけますかしら?」
「えぇ、はい。」
「まず、ゲームと言う話ですけれど…?」
「えぇ。この世界は、私が前世でプレイした“虹の蜜は秘密の香り”という乙女ゲームの世界にそっくりなのです。」
「乙女ゲーム…」
「はい。
攻略対象者は、ヴィケルカール王太子殿下以下各公爵家の次代様方や、ファル様、そして、ヘイアン様が居られます。
私は前世では、21世紀の日本と言う国で、女子高生をしていました。
かつての私は、まぁ、少しオタクで…」
「あぁ~」
『ニホン?ジョシコウセイ?オタク…?』
「まぁ、そのような国のそのような学生で、そういう趣味をお持ちだったという話ですわ。」
『ほぉ?』
「で、この世界が、そのオトメゲームによく似ているとして、どうしてお嬢様がそれを知っていると思われたのですか?」
私とミィタが話し込んだため、話が進まないと思ったファーブが会話を促す。
「あぁ、はい。そのゲームの中で、エミリアはどのルートに行っても破滅を迎える悪役なのです。」
「へぇ~」
「へぇってお嬢様、ショックではないのですか?」
「まぁ、ゲームの私と、ここにいる私は違いますしねぇ?」
「そうなんです!」
『おぉ!元気じゃな…』
「そこなのです!私、前世で転生モノの小説なども嗜んでおりまして!
その定石として、悪役令嬢に転生した方は破滅回避のために運命に逆らって、体を鍛えたり人生変えたり…と、まぁゲームのシナリオとは大分異なった行動をとられるのです!」
「まぁ!と言う事は、私も…?」
「はい!ゲームでは、エミリア様は高飛車で我儘な御令嬢で、聖獣様は高位の魔獣でしたし、ファーブさんの位置にファル様が居りました!
それに、ファーブさんの顔には、隠せない程の大きな消えない傷跡があって亡くなった事になっていたはずです!」
「あらあら!」
「はい!それが、現状と大きく違うので…」
「それでですの。それは残念でしたわね…
確かに私には前世の記憶と呼んでよいのか分かりませんが、知識がございます。
しかし、それは、我儘は恥ずかしいだとか、自分の事は自分で、程度の一般常識と呼ばれるような物のみで、前世の自分の事などそれ程覚えておりませんの。」
「そうなのですね…」
「と言う事は、その、虹の…何ちゃらと言う単語を知っていた、リリーも前世の記憶があると言っていいのでは…?」
「はい。
私の予想が確かなのでしたら、多分、リリアーナさんとアリアネス様もゲームの記憶をお持ちだと思います。」
「あら、アリアネス侯爵令嬢も?」
「はい。
実は、このルート…ヘイアン様が留学してくるのは、主人公が誰ともカップルにならずにいた場合のみの、隠しルート的なものなのです。」
「隠しルート?」
「はい。このゲーム沢山の選択肢が用意されておりますが、学園内であれば、グリーン様が、彼とも結ばれなければ、ほぼ確実にジェームス・オランジ公爵子息が拾ってくれるため、実は隠しルートを出すのがすごく難易度が高いのです。」
『あぁ…小動物のように振舞っていれば落ちそうじゃな…あ奴なら…』
「ええ。」
ミィタとファーブが失礼な脱線をしている間、私は黙って続きを待つ。
「そして、ヘイアンルートに入りますと、エミリア様は、黒いドレスを常に身に纏い、その色気でヘイアン様のハーレムに入り、数多い側妃の一人となられます。」
「黒いドレス…」
「『側妃…』」
「はい。それが、何故か、エミリア様は制服で…」
「黒いドレスは、アリアネス侯爵令嬢が纏ってらっしゃる…と?」
「はい。」
『ふむ。なぜ、黒いドレスなのじゃ?』
「あ!このゲームのシナリオでは、最も好感度の高い攻略対象者の色を表すドレスを、エミリア様が纏われて、その方の婚約者として主人公に意地悪されるのです!
対して、主人公は攻略対象のルートに入るとその方の色の花を胸ポケットに挿すのです。」
「あぁ!だから、ヘイアン様はイルッターナ国を顕わす黒ですの。」
「はい。でも、それだけではありません。
私、この世界にキャロルとして生まれ変わって初めて知ったのですが、ヘイアンの黒色には理由があったのです。」
「理由…?」
「はい。そもそもなぜ、王太子でもない彼がハーレムを持っているのか、と言う所から話さねばなりません。」
「あら、そう言えばそうですわね。」
「はい。イルッターナ国も、ヴィケルカール国同様、基本的には一夫一妻制です。
しかし、王族はその限りではありません。
成人している王族であれば、王族籍にある間はハーレムを持つ事を許されます。」
「まぁなら…あら?」
「そうなんです。彼が成人ならば問題ないのです。」
「そうですわね。
彼は同い年には見えないものの、ラング学園に留学できる程度の年であるはずですものね。」
イルッターナ国も、ヴィケルカール国も成人の年齢は、ラング学園卒業後の18歳だ。
もともと、実力主義のイルッターナ国は18歳まで身を立てる期間を設けられていた。
対して、ヴィケルカール国は長らく、成人年齢は14歳だった。
しかし、聖獣様の愛し子だった先々代の王妃様がラング学園を設立した折に、成人年齢も18に引き上げられたと聞いている。
まぁ、ヴィケルカール国においては、貴族の大反対にあった為、婚姻はその限りではなくなり、14歳から結婚する事は出来るのだが…
「実は、彼にはその資格があるのです。」
「と言う事は、彼は成人しておられる…と?」
「成人どころか…話では、彼はイルッターナ初代建国王の子だとか…」
「建国ぅ!?」
「お嬢様…」
『崩れとるぞ?』
慌てて取り繕う。
「と言う事は…イルッターナの建国王は聖獣様を伴侶にされていたと?」
「それが、そのような記述はどの歴史書にも無いのです。
初代建国王については、謎がとても多いのです。
しかし、確実に言えるのは、建国当初から王族にはハーレムが認められている事。
そして、ヘイアンはその頃から、建国王に次ぐ…いえ、次代以降の王を凌ぐほどの権力を認められているのです。
実際、彼はあちらでは、影の王でした。」
「でも、彼の話はこちらには一切聞こえてまいりませんが…?」
「それは、彼の存在は我が国でも伝説的なもので、イルッターナでも王宮の一部の者にしかその存在を明かしていないからです。
実際、彼の名は、傷ついた女性を保護する王城内の修道院の名だと王族以外は思っています。」
「はぁ?…で、そのヘイアン様と黒いドレスの関係は?」
キャロル様は、グッと息をのみ込み、覚悟を決めたように話し出した。
「実は、彼のハーレムに入っている、側妃や妾妃は皆、とても愛した伴侶などを失い生涯誰にも嫁ぎたくない、だとか、例えば強姦などのめに遭って男性が怖いが政略的に誰かに嫁がなくてはならない、それは嫌だがしかし、誰かと傷を分かち合いたいと言った、傷ついた女性ばかりなのです。
黒を纏い、誰かを弔ったり、自分を慰めている女性たちばかりが彼のハーレムに入る為、彼の住む離宮は、黒の城と呼ばれております。」
「まぁ…」
「彼は、彼女らに居場所を与えて、保護していると思われております。」
「思われて…?」
「はい。その実、彼は彼女らの誰も愛さないという心の壁に安心している様な…そのような感じを受けるのです。」
「どうして?」
「彼には、常に数十人にも上る側妃や妾妃が居りますが、この長い歴史上、誰一人として彼の子供を産んだ者が居ないのです。」
「一人も…?」
「はい。一人も…
彼のハーレムに上る条件はただ一つ。彼を慈しむ事。」
「慈しむ…?」
「はい。かつて、彼を愛した側妃が居られました。
しかし、彼女がどれほどの愛を伝えても、彼の心には埋まらない空洞があった、と彼女の死後に発見された日記に記されていたそうです。」
「愛を信じない…と?」
「いいえ。愛を恐れているのではないか…と。」
愛を恐れている…?




