平穏な非日常 ~ファーブのデート!?~
「あ、お嬢様。」
「ん?何かしら?」
ある日、いつもの散歩から帰り、部屋でまったりとファーブに淹れてもらった紅茶を楽しんでいた時だった。
唐突に、何かを思い出したファーブに声を掛けられ、私の膝の上で大人しく撫でられていたミィタが、耳をピクッと震わせる。
ミィタを宥めるように、私が頭から尻尾の先まで一撫ですると、また目を閉じて、体を丸め、ゴロゴロと喉を鳴らす。
「明日は、お休みをいただきたいと思いまして。」
「あら!良いわよ?」
「良いのですか!?」
「もちろんよ!明日は学園もお休みでしょう?
今まで私についてくれていて、ファーブのお休みが無い事が心配だったのよ。
ファーブったら、いつも“私はお嬢様が傍に居ないと休んだ気がしないので、これで良いんです。”とか言って休もうとしないんだもの。
ファーブもたまには、王都を楽しんでみてはどう?」
「いえ…そういう訳では…」
『ワシらも明日は王都に出るか?』
「あら?良いのかしら?」
「なっ!私が居ない時にソレはっ!」
『なんじゃい?ワシが居るから心配なかろう?』
「そうですわ!」
「~~~っ!!分かりました…しかしっ!」
こうして何故か、私も王都に出かける事になった。
ファルの護衛付きで…
「晴れて良かったですわねぇ!」
『あぁ!絶好の魚日和じゃな!』
「さ…魚…?」
「ファル様!気にしては負けですわよ!」
「は、はぁ?」
『まずは、ファーブの尾行じゃ!』
「兄様を!?」
「あら?ミィタ?そんな面白そうな事を考えていたの!?」
「おもしろっ!?」
『フッ!ワシに抜かりは無いぞ?行くぞ!』
そうして、私達が向かった先には、可愛い外観の小さなカフェ。
森の中のロッジをイメージしているのか、赤い屋根に丸木を組んで出来た壁。
頑丈そうなのに、可愛らしい雰囲気があるのは、所々の梁にぶら下がっているブランコや、テーブルのカップの中にさり気なく飾ってある、黄色い小花の付いた小枝など、ポイントが可愛く彩られているからだろう。
森の中の広場を模している庭には、可愛らしい人一人が座れるような小さなテントや、小鳥が水浴びするような女神が抱えている水桶の様な物が置いてある。
「可愛い所ね…?」
「ここに兄様が?」
『おっ!来おったぞ!』
一足先にカフェに入り、私はケーキと紅茶を、ミィタは魚のカルパッチョを、ファルはコーヒーをそれぞれ頼んで、カフェの奥の観葉植物で仕切られた半個室っぽくなった一角を占領して隙間からファーブを覗く。
窓から様子を見ていると、外階段をゆっくり上るファーブが見える。
ん?どうやら一人ではないらしい。
顔は良く見えないが、ファーブと並ぶと少し低い位の身長の、貴族と思われる指先まで綺麗に手入れされた少しふくよかな女性が、ファーブのエスコートで扉を潜り、椅子に腰かけメニューを開く。
「デートですわっ!」
「デートですかっ!?」
『デートじゃろ!!』
三者三様に、驚愕で声も出せず、囁き合う。
一体いつの間に…?
私達の脳内を占めるのはそんな一言だけだった。
「えぇ~兄様、凄い凄いとは思ってましたが、いつ彼女を作る時間があったのでしょうか…??」
「ホントねぇ…プライベートも仕事もほぼ私の傍にいたと思っていたけれど…?」
『流石じゃな!』
目が点になっているファルと、ドヤ顔で頷いているミィタに挟まれて、私は未だに衝撃でドキドキしている。
衝撃で…?
??
小首をかしげながら、二人に習って観葉植物の隙間からファーブの表情を窺う。
「どうしたんだ?今日は?」
「聞いてよ!酷いのよ!チャーリーったら私がずぅっと待っていたのに!
結婚記念日に帰って来ないなんてっ!」
「仕事だろ?」
「でも!でも、私に一言も言伝もなくよ!?」
「まぁ、それはチャールズの落ち度だとは思うけれども…」
「でしょう!?だから、私も今日はファーブとデートして鬱憤を晴らしてやるんだから!」
「また俺を巻きこむのかよ…」
「まぁ!私を慰めて!」
「はぁ…ハイハイ。気が済んだらさっさと帰ってよ?」
「あら、冷たい。私とファーブの仲じゃない!」
「まったく…」
呆れたような表情のファーブだが、特に怒っている訳でも無く、しょうがないなぁといった感じだ。
さっきから、気になっていたんだけど、ファーブってばプライベートでは俺って言うのね…
初めて聞いたからか、違和感が凄い。
胸の中がモヤッとした。
それこそ、8歳の頃からはずーっと一緒にいたファーブの知らない一面を見て、何だか悲しさとか悔しさとか、独占欲とか…負の感情を混ぜた様な靄が胸の中に一瞬滲んで、フワッと広がり薄まって消えた。
水の中に一滴墨汁を落としたように、ジワッと広がり目には見えなくなっても飲み込むのは躊躇うような違和感を、拭い去ることはできそうにない。
と言うか、おいおい…今の会話って事は…
「人妻…?」
『みたいじゃな…』
「人妻ですかっ…!?」
『人妻なら、エミリアが寝た後で抜けだして出会う事も可能…か?』
「まぁ!」
「いやいやいや…兄様に限って…そんな…」
『じゃがなぁ…?ほれ、見てみぃ?』
ミィタに促されて見てみると、確かに女性が頼んだケーキをファーブにあーんしている様子が見て取れた。
ファーブも最初こそ嫌がっていたが、コソッと女性が何かを言うと、コロッと態度を変えてケーキに齧り付いていた。
私が頼んだのと同じ、クランベリーとチョコのケーキ。
テカリのあるビターで甘いチョコレートが、クランベリーを混ぜ込んだ酸味のあるシフォンケーキの生地を優しく包んで、とても美味しいのだが、一気に味が分からなくなってしまう。
まぁもう食べきってしまったが…
『あーんしとるの…』
「あーんですね…」
「何だかファーブが知らない人の様ですわ…」
そうこうしている間に、彼らは会計を済ませて出ていってしまった。
私達は、何とも言えない気まずい思いを抱えてとりあえず黙々と口を動かす事に専念した。
「ふぅ!もう尾行は辞めましょう!」
「そうですね!」
『そうじゃな!砂糖を吐くかと思ったわぃ!』
そうなると、途端に手持無沙汰になる。
特に何も考えずにミィタに促されるままに出てきた事もあって、予定もミィタ任せにしていたのだ。
「どうしましょう?」
『ワシはもう、帰ろうかのぉ?』
「あ!私、ペンの先が折れてしまっていたのですわ!買いに行きたいですわ!」
『ならば、行くか。』
そうして、私達は文具店へと足を向けた。
王都の文具店は流石に品揃えが豊富だった。
私も父に、フォルムが美しく手にしっくり馴染む機能性も兼ね備えた万年筆を頂いていたのだが、ここには可愛い物から厳かな物まで様々なペンが揃っていて、ペン先を見に来ただけのはずなのに、次々に目移りする。
「可愛いですわぁ…」
「可愛いですね…」
『可愛いのぉ…』
プラプラと揺れる紫の猫のチャームが付いたペンに目が引きつけられて、三人でひたすらじっくり眺める。
「ミィタの様ですわね。」
「聖獣様を模しているのでしょう。」
『ワシ、こんなに可愛いかの?』
確かに、チャームは可愛さを主張するかのように、丸みを帯びて目が大きく全体的にクリッとしている。
「買いますわ!」
『ワシも!』
「聖獣様も!?」
「ファル様も買うわよ!」
「俺も!?」
「当たり前じゃない!」
『そうそう。』
「聖獣様は楽しんでますね!?」
『フッ!まぁな!』
「さぁ!次を見に行きますわよ!」
そうして、紫クリスタルで出来たミィタの文鎮や、紫のベルベットを貼った美しい猫型の本立て等を買ってしまった。
「重たいですわっ!?」
「当たり前でしょう!?」
『重量感のあるもんばかり買ったからのぉ…』
箱詰めしてもらい、袋を持った瞬間に落としそうになってびっくりする。
サッと、私から袋を取り上げてファルが手を取ってくれる。
「あら?」
『なんじゃ?ファルもエスコート出来るんか?』
「兄程ではないですが…段差がありますので…」
「ありがとうございます!」
「いえ。」
『ワシ、服が欲しい。』
「「服ぅ!?」」
『なんじゃ?ダメか?』
「ダメではありませんわ!行きましょう!」
「行くって…?」
「どこか、ミィタの服のあるお店ですわ!」
「ではこちらですっ!」
ファルも喜んで案内してくれる。
私達は心もち早歩きになりながら、人の多い大通りを服屋へ急いだ。
どうやら、今まで気が付かなかったが、ファルも可愛いもの好きらしい。
ファルに連れて行ってもらったお店は王都でも珍しい、ペットのための洋服店だった。
「素晴らしいわぁ!」
「はい!オーダーもできるそうですよ!エミリア様!」
「では!オーダーも致しましょう!」
「はい!」
『ワシ、ちょっと後悔してるかも…』
そんなミィタの独り言は私もファルも華麗に聞き流し、スケッチブックにイメージ図を描いていく。
私は前世を思い出しながら、ミィタサイズの犬やキツネなどの着ぐるみを。
ファルは、ミィタの上半身のみを包む、タキシードなどちょっとしたパーティーにでも着て行けそうなお洒落服…ってか、ファル絵が上手いな…
二人で厳選した服を注文し、数着購入もして満足して店を出た。
こうして、ホクホク顔で、私がミィタの服を持ち、ファルが文具を持って再び街へと出た。
『ワシ、なんか疲れた…』
「楽しかったですわ!」
「はい!俺も楽しかったです!
やっぱり聖獣様の美しい紫の毛艶がどんな服を着せても高貴に見えますね!」
「あら!やっぱりファル様も分かる?」
「はい!エミリア様もですか?」
「えぇ!もちろんよ!ミィタの毛艶は最っ高ですもの!」
「わかります!」
そこからは、近くにあったカフェに入り、向かい合ってミィタについて延々談義した。
気が付くと、何故かミィタは子猫サイズまで縮み、両前足の肉球で顔を覆っていた。
『ワシ、恥ずかしい…』
「まぁ!ミィタ!可愛らしいですわ!!」
「はい!絵に残したいです!」
「まぁ!そうね!ファル!急いで帰って、画材を用意しましょう!」
「そうですね!」
慌てて店を出たせいで、躓いて転びそうになってしまう。
「あ!」
「エミリア様!っと!」
「ありがとうございます。」
「いえいえ。」
カクンと腹を支えられて、こける事も無く立ち止まる事が出来た。
一瞬にして、にこやかな顔を凍り付かせたファル。
??
この光景、どっかで見た事あるかも…?
「ファル・・・?一体何をしているのですか?」
「あら?その声は、ファーブ??」
「・・・・・・兄様。これには、深い訳が…」
『おぉ!来たか?色男!』
「色男??」
ミィタの声に、奇妙な顔で眉をはね上げるファーブ。
その時、横から、ファーブに抱きつくように現れた女性がいた。
「まぁ!彼女が貴方の御主人様なの?」
「あぁ。」
「あ!すみません!兄様。デートの邪魔をしてしまって。」
「にぃ様ぁ!?って事は、貴方が!あらあら!そう!そうなのね!」
「デっ!?」
「あら、大変!私は何も見ておりませんわ!ファル様!行きますわよ!ファーブごゆっくり!」
「お嬢様っ!?」
後ろから大声で呼び止められたような気がしたが、何だか今は居た堪れない為、立ち止まらずにファルの手を引いたまま学園へと走ってしまった。
正面から見た女性は、灰色の瞳が優しそうで、茶色の長い髪を丁寧に結い上げた芯の強そうな女性だった。
少しふくよかで、でも少女のようにコロコロ笑っている姿は年齢を感じさせず美しかった。
私の部屋まで帰り、早速購入した万年筆などを分けていく。
あらかた分け終えた所で、ファーブが帰ってきた。
「お嬢様…」
「あら、ファーブ?お帰りなさい?」
「お帰りなさいませ!兄様。」
『もう帰って来たのか?デートはまだまだこれからじゃろ?』
窓の外を見るとまだ夕刻にも少し時間がある。
「いえ…」
「こんにちわぁ!お邪魔いたします!」
『「「あ!!」」』
先程の女性が立っている。
どうしようか…ドキドキと緊張してくる。
徐に、手近にあったファルの服の袖を掴んでしまった。
ファルも動揺しているのか、私が掴んでもそのままにしてくれている。
「えぇ!兄様!?どうして…?」
『無粋じゃな~女主人の元へ、愛人を連れて帰るなんぞ…』
「ちょ!違います!」
「ウフフフゥ!申し遅れましたわ。私、リタ・グロスターと申します。」
「初めまして、私、エミリア・ヴァイオレットと申します。」
「ファル・イェローラングです。」
ミィタは名乗らないつもりなのか、黙って様子を見ている。
グロスターといえば、侯爵家で確か、代々近衛騎士団団長を務める家系だとか。
まぁ、騎士団といえば、ジェームス・オランジ様も騎士団長職を務めてらっしゃるから、彼と同位であると言う事かしら?
確か、彼は第一騎士団団長だったはずだものね。
近衛騎士団と、字面も似ているし、よく分からないけれど似たようなものでしょう。
ファーブは、リタさんの肘を突いて、誤解を解く様に話す。
コソコソと仲睦まじい様子に、私とファルは困惑するしかない。
満面の笑みをたたえたリタさんが、堪え切れないように私達を見て笑いだした。
「笑い事じゃない!」
「あらあら!ウフフフフフフッ!」
余程おかしいのか、怒っているような様相のファーブにも、笑みを向けている。
「そうね!ごめんなさいね!今はグロスターなのだけれど、私、旧姓はイェローラングですのよ?お嬢様。ファル。」
「え??」
「イェローラングって…」
困惑する私とファルにその答えは唐突に叩きつけられた。
「えぇ、ファルもファーブも、私の可愛い弟ですわ!ご安心くださいませ、お嬢様。」
ニコニコと優しそうな笑みで楽しげに話す様は、なるほど確かにセバスやオリビアに良く似ている。
「あ~…確かにオリビアに良く似ておりますわ…」
「姉…様…?」
「えぇ。貴方達が赤ん坊の頃には、私はもう城で侍女として働いておりましたし、そのまま嫁ぎましたものねぇ…
でも、結婚式には貴方も参列してくれたのよ?ファル。」
「え…?」
「えぇ!ヨチヨチと歩きまわる貴方とリリーに、私達新郎新婦を放っておいて招待客は皆夢中だったのよ?」
「うっ…覚えてません…」
「ホホッ、でしょうねぇ~。」
あ~初対面でも無いけれど、物心つく前には嫁いでいた姉の顔が分からず、しかも兄の秘密の恋人だと思いこまれていて、穏やかな顔をしていたが彼女も少し腹を立てていたらしい。
笑顔でファルを追い詰め、楽しそうな様子はセバスそっくりで鳥肌が立つ。
何だかその様子を見ていると、私の胸の中に広がった黒い墨はいつの間にか綺麗さっぱり洗い流されている事に気がついた。
首を捻っていると、そっと肩に上ってきたミィタにニヤリと笑われる。
『良かったのぉ?エミリア。』
「ん~?えぇ!そうですわね。」
良くは分からないけれど、ドヤ顔のミィタに腹が立ったので、丁度ミィタに買って来ていたブリブリのレースたっぷりドレスを着せて、魔法で取れないようにしてやった。
ファーブのあーんの真相は、
「母様に聞いたけど、エミリア様はチョコレートのお菓子を好まれるようね?」
「な!?甘いものはみんな好きだと…」
「リサーチ不足なんじゃないの?」
「一口くれ!」
「はいよ。」
って感じです。
ちなみに、ファルと遊んでいるエミリアは、密かにファーブとリタさんに尾行られていました。(笑)
喫茶店から兄姉の方が、一枚上手だったが、聖獣様のお陰で巨大な勘違いが発生→ファーブが慌てて弁明 ということだったらしい。
リタさんのファルの事は初めて知りました的なリアクションは演技です。
そうそう、本日のお店は全てオランジ商会の関連店舗でした。(笑)




