天敵と 和解と
嫌な汗が背を伝い、跳ね起きる。
丁度、ファーブが寝覚めのセットの乗ったカートを押して部屋に入ってきた所で、心配そうに私の顔を覗きこむ。
「大丈夫ですか?お嬢様。顔色が悪いようですが…」
「…大丈夫よ。ありがとう、ファーブ。」
朝食の席に付き、ウィリシュ様に今日の予定の希望を聞かれる。
今日も彼女の横にはブルーラング先輩がいたが、彼はいつもの様子を見る表情の分からない顔ではなく、珍しく穏やかな微笑みでこちらを見ている。
なに?何々?モルモット!?
その視線にもビクビクしながら、今日は森の方へ行ってみたいと告げてみた。
「え?森?」
「えぇ、一体魔の森とはどれほど恐ろしい所なのか興味がありますの!
怖いもの見たさ…というやつですわね!」
「二人じゃ危ないから、僕も行くよ。」
「げ…い、いえ…」
ブルーラング先輩の有り難ーい申し出を穏便に断ろうとしたところに、ライトブルー公爵から注意が入る。
「ん~でもね、エミリア様、魔物は結界に弾かれて近づいてこないとしても、やっぱり魔力の弱いウィルじゃぁ、いざという時貴女の身が心配だから、僕としても、リョーマ君にもついて行ってもらった方がありがたいなぁ。」
「・・・分かりましたわ…」
「よろしくねっ、エミリアちゃん。」
「え゛!?え゛えっ??」
「ど…どうしたの…?リョーマ?」
「ん?僕も、警戒してばっかじゃなくて、相手を知ってみようと思ってね…」
いらんいらん!興味なんて欠片も持ってもらわんで結構だ!!
ニコニコと答えるブルーラング先輩に、震えが止まらなかった。
グッタリと力の抜けた私と、ファーブ、ミィタ、ウィリシュ様とブルーラング先輩を乗せた馬車は、穏やかな天候の中、ゆっくりと森へと近づいて行く。
「…と言っても、昨日爺様が魔物討伐から帰ったばっかりだから、そんなに危険は無いと思うんだけどね?」
しまったぁぁぁ!!
ホントだぁぁぁ!!
気付かなかった事に、私は頭を抱えたくなった。
まぁ、マリア先生が怖いから意地でもしないけど…
そんな私達を乗せて、馬車は淡く光る結界の側まで来た。
森の縁には、簡素な家が立っているが、今日は皆討伐後の宴会で潰れているのか、無人の様だ。
森との境目には、淡く青く光る結界が薄い膜の様に張り巡らされている。
「リアちゃん?ここからは、僕の家も見えるんだよ?ほら、あの青い屋根。」
「リ…!?」
「リア…ちゃん?」
「うん。エミリアってちゃん付けだと長いしね?」
『グイグイ来るのぉ。』
「お嬢様が怯えますので、その位で。」
何も聞こえなかったかのように、先輩の指さす方を見ると、確かに青い屋根が木々の上から少し顔を覗かせていた。
ここから見えるって…でっけ~…
表情は変わっていないハズなのに、私の顔を見てクスクスと笑うブルーラング先輩。
いかん、きっとバレている。
スルーっと視線を戻して、森の中を眺める。
ここから見える範囲には異常は無い。
皆で、とりあえず敷き布を敷き、ファーブが用意した紅茶をブルーラング先輩がたしなんでいる間に散策に出た。
「あ!ウサギ!」
「え!?どこですの?」
「こっちです!」
ウィリシュ様に付いて小屋の近くに寄る。
すぐ近くの結界の外にそのウサギはいた。
でっけぇ…
アレかな…羊と大きさ間違ったかな…?
そこには、羊サイズのでっかいウサギがチーンとお座りして、モッチャモッチャと細かく頬袋を動かしていた。
「食べてますわね…」
『食べとるの…』
「そうですね。」
じーっとウサギの食事風景を眺める。
シュール…
フッとウサギが耳を動かしたかと思ったら、ギロッと真っ赤に充血した眼をこちらに向けた。
ぬぉ!迫力。
前世動物園で、ライオンと分厚いガラス越しに対面した時の様な、安心感があった。
だが、ヌゥっとウサギが首を結界から入れてきて、異常事態に気が付いた。
「これ!ウサギは通しますの!?」
「っは!忘れてました!
ウサギは我が領では食用として飼っているので出入り自由なハズです!」
『忘れすぎじゃ!』
とりあえず、走って逃げながら、心の底からこみあげる笑いをかみ殺す。
ミィタはもう、大笑いしながら走っている。
ウィリシュ様は、失笑しつつ、あちらこちらと私達を誘導してくれる。
小屋の表に回った時、不思議な事に気が付いた。
ミィタとウィリシュ様は先に、ファーブとブルーラング先輩のいる敷布まで走っていってしまっているため、少し距離がある。
さっきから、ウサギが追い付く気配が無くて、振り返ると直径3メートルほどの穴が地面に音もなく開いていた。
?
近づいて、覗きこむと、そこには、凍ったラング花の束から一直線に上に掌を向けて伸びている腕。
ラング花は人の背丈ほど伸びており、紫の光が氷に反射して眩しい程に輝いていた。
複数のラング花に巻き付かれるようになっているので、掌以外は上からの角度では見えない。
その横に、不格好に伸びた姿勢のまま、氷漬けになっているウサギが一体。
不意に後ろから力強い手で、抱き上げられ、穴から遠ざけられた。
「お嬢様!」
「聖女殿!!」
「あら?ファーブ。お爺様?」
「これ…はっ!!」
ザァーッと、砂埃を上げて穴に降りていくライトブルーのお爺様。
ベキッ、バキッ、パキョーン
人に巻き付いた、茎の太い凍ったラング花を、折ったり蹴ったり切ったりして、徐々に剥いていくお爺様。
「エヴェローア…ここに…ここにいたのか…!」
中から現れた、冷たい女の人を抱きかかえて声を上げて泣き出す爺様。
その熱い涙と抱擁が、彼らの周りを包んでいた氷を溶かして行く。
そこからは、どうなったのかあっという間の事で覚えていないが、凄く人が集まってきて、ラング花は氷が溶けるのと共に消えてしまい、私達はライトブルー公爵家に帰ってきていた。
「明日は葬儀を行う。」
「「はい。」」
「ウィリアムは本当の姿で参列するがいい。」
「…っ!?お爺様!?」
「あぁ、エヴェローアはブルーラング家の爺に付いていった訳ではなかった。
ウィリアーナの居場所も見当は付く。
ならば、ワシの遺恨をお前に押し付けるのは間違っとるからな。」
「お爺様…」
「お父様…」
「リシュカ、ウィリシュ…今まで悪かったな。」
ブルーラング先輩とは、先ほどの間の森近くで別れて、明日の葬儀などの事をブルーラング公爵に伝えに行く、と帰ってしまった。
泣きだした公爵夫人を、静かに涙を流して抱きしめるライトブルー公爵が心の底から安堵しているのが分かって、私ももらい泣きして、ファーブに涙と鼻水を拭ってもらった。
次の日、晴れ渡った空の下、綺麗な姿のままエヴェローア様は棺に数え切れないほどの花と共に納まり再び、静かな地中へと還って行った。
しかし今回は花だけではなく、彼女の横には二人の息子さんが、その横にはウィリアーナ様の遺品が一緒に眠っている。
街中が黒い旗を掲げ、皆が黒い布を身に付け彼女の葬儀に列をなした。
その列を墓の横で、静かに見守る一団。
私も勿論黒いドレスに身を包み、顔を隠すようにレースのかかった帽子をかぶって頭を垂れている。
参列者の列は途切れないが、真っ蒼な髪の三人がこちらに近づいてくる。
一人は女性で、顔に掛るレースでよくは分からないが、二人の男性はブルーラング先輩とその父親だろう。
よく似た容姿だが、父親の方が口元の皺に威厳があり、ブルーラング先輩の雰囲気は母親似なのか、柔和な表情だ。
「長い間、許したと言いつつ、疑っていて悪かったな。
お主の父親からの求婚があった時、ライトブルー家の女であれば構わんといった事を言っておったから、疑心暗鬼になってしもた。」
「いえ。全ては父の言動、行動のせいですから。こちらこそ、申し訳ありませんでした。」
彼らは、深々と頭を下げあっている。
ふと見ると、ウィリシュ様が黒いドレスに身を包み、その淑やかな姿に気が付いたブルーラング先輩が、驚いたように彼女の前に立つのが見えた。
緊張なのか、震えている彼女の背中をソッと押しだす。
「嘘を…ついていました…」
「そのようだね…」
「嫌いになりました…か?」
「僕も、嘘をついていたから…おあいこだね。」
「うそ?」
「あぁ、今まで、僕とウィルは、幼馴染で親友だって言ってただろう?」
「えぇ。」
「本当は、ダメだと分かっていたけれど、男だとしても、君を愛していた。」
「え!?」
「僕と結婚していただけないだろうか?」
「…っはい!私も愛していますっ!」
途端に、ウィリシュ様の目に涙が盛り上がり、溢れて流れ出す。
その嬉し涙を、細いけれど節ばった長いリョーマ先輩の指が掬いとっていく。
堪え切れずにギュッとリョーマ先輩に抱き付いたウィリシュ様。
『「おぉ!」』
「まったく、叶わない想いだからとお嬢様を巻きこむのは感心しませんが…
おめでとうございます。」
「おめでとうございます!ウィリシュ様!これで、堂々と女子会が出来ますわね!」
『ふむ。次回は魚料理の旨い店巡りじゃ!』
「はい!勿論です!」
「妬けちゃうね。僕も入れてね?」
「えぇ。リョーマ。」
滲みる!ラブラブっぷりが目に滲みるっ!
そこにずかずかと入って行くのは爺様。
メンタル強いな!
「待て!」
「お爺様っ!?」
「我が家は女系公爵家だ!結婚するなら、婿に来てもらおう!!」
「あらあら。フフッ。」
その後、ギャーギャーと言い争う爺様とリョーマ先輩を余所に、私にコソッと子宝祈願のお守りの値段交渉をして来るブルーラング公爵夫妻に対応したり、などなど、悲しみの中にも賑やかで穏やかな一幕を見る事が出来た、とてもいい葬儀になった。
こうして、ライトブルー領滞在期間は賑やかに過ぎていき、後半はヴァイオレット領にも帰省し、充実した長期休暇を過ごした。
明日は大晦日ですね。
良いお年を。
来年もまたよろしくお願いいたします。




