皆の知る真実と事実
屋敷にこっそりと戻り、化粧を落として、さっぱりとする。
明朝には爺さんも帰ってくるだろうから、今夜が最後のチャンスだろう。
ファーブとミィタと共に、爺さんの部屋に向かう。
爺さんの部屋は一つだけポツンと家族の部屋から離れた所に、長い廊下を渡った端に建てられていた。
そこだけ手作りなのか、歪だが頑健に組まれた石壁の間を、漆喰や前世のコンクリートに近いもので隙間なく埋めてある。
鉄製の重厚な部屋の扉を押すと、不用心な事に鍵も結界も掛っていない。
誰も、入らないって事なのか…
部屋は、前公爵とは思えないほど閑散としていた。
填め殺しの窓もピッチリと閉じられており、明かりとりのためのみに嵌めてある事を証明しているかのようだ。
魔法で空気の入れ替えがなされていなかったら窒息してしまいそうな程だ。
ベッドと揺り椅子が、シンプルだが質の良いカーペットの上に乗っていて、何の温かみもない石壁にある唯一の温もりは、かつての家族の絵。
大きな壁一面に描いてあるそれは、私が見た夢の中にいた人物達と、現ライトブルー公爵一家が力強いタッチで描かれている。
「お上手ね。」
『爺さんは絵が趣味か…?』
カーペットに隠されて分かり辛いが、足元の違和感に気が付いた。
そっと触れると、ソコに掛っていた幻覚の魔法が解け、質素な蓋が見える。
丁度、一メートル四方の蓋は力ずくで開ける様で、ミィタと見守っている中、ファーブに開けてもらう。
蓋の下には更に下に降りる短い螺旋階段があり、真下に降り立つとファーブがやっと立てる程の狭い空間が、淡い紫の光に包まれていた。
見渡すと、全体的に寒くて、吐く息が白くなる。
ラングの花があるらしいのに特有の甘い匂いは一切せず、光もなんだか、擦りガラス越しの様なぼんやりとした色だ。
「え?」
「これは…?」
『ほぉ?』
確かにソコはラングの花畑だ。
2畳分ほどの花壇には、所狭しとラング花が押し合いへし合いして咲き乱れている。
しかし、その花壇を囲うように、ドームの様にピッタリと隙間なく、透明な分厚い氷が花畑を覆って、さながら巨大なランプの様になっていた。
「綺麗…」
「はい。」
『あぁ。』
「こんな所にあったんだ…」
その声に振り返ると、ブルーラング先輩が相変わらず内心の読めない無表情で、すぐ後ろに立っていた。
「こんな所…とは?ラング花がどこかにある事は御存じだったのですか?」
「あぁ、モルちゃんにはもう話してあげるよ。
僕の祖父はね、現公爵の妹さんに懸想して、20年前のあの日、結界を一時消してしまったらしい。」
「なっ!」
「うん。わかる。最低だよね。
でも、その後、フラッといなくなった祖父の行方がどうしてもわからなかったんだ。
父が気がついて慌てて結界を張り直した時には、もう既にライトブルー領は悲惨な状態だったらしいよ。
憔悴して、人が変わったようになったライトブルー前公爵に謝罪をすると、早急な家の建て替えと、見つからない奥さんと娘さんの捜索を条件に、またお互いに行き来出来るようになったらしい。」
「まぁ。」
「祖父の事は見つからないけれど、祖母を亡くした悲しみでそれ以前からおかしくなっていたって話だったし、遺書のような物も見つかったし。
そのまま、魔物に食われたって事で王家には報告してある。」
「遺書…ですか?」
「あぁ、その書き置きには、二言だけ。
我らがラングの名を持つのは、彼の者がラングを持つから。
闇は光を欲し、永遠に憧れる。と書かれていたらしい。」
「闇は、光…」
「そう。そして、彼の者の正体がライトブルー家だったんだね。」
「先輩は、この花を見つけてどうなさるのですか?」
「ん?どうもしないよ?」
「へ?」
「いや、僕は、単純に祖父の遺言の謎を解きたかっただけ。
モルちゃんが怪しい動きをしていたから、気になってついてきたらコレを見つけて、思わぬ謎が解けてスッキリしたってだけだし。
後半部分は闇に染まった自分は、光のようなライトブルーの気性に惹かれるって事でそんなに違わないでしょ?
だって、祖父はそこまでしてライトブルーのお婆さんかおばさんが欲しかったって事だろうし。
親父は親父で、ライトブルー家には申し訳ないって、幼馴染とその母親が行方不明になったのは自分の親父のせいだって事ばっか気にして、遺書の事は気にならないみたいだし。
この件は、これでおしまいかな?」
「そうでしたの…」
そうか。
爺さんは、もうブルーラングの者に孫娘を浚われたくないのか…
これは、前途多難な恋だな…ウィリシュ様。
難しい顔で考え込んだ私は、知らぬ間にブルーラング先輩によって爺さんの部屋の外までエスコートされていた。
「あんな所にそんな恰好でいたら風邪ひくよ?」
「え?あぁ、ありがとうございます。」
フワッとブルーラング先輩の上着を被せられる。
私の頭をポンポンと軽く叩いた先輩は、そのまま部屋の方へ戻っていく。
驚きのあまり思考停止していた私は、ちょっと不機嫌なファーブに、ニタニタと面白がるミィタと共に抱えられ、気が付くと部屋のベッドに押し込められていた。
すぐにあちこちで、人の叫び声や泣き声、魔獣の立てる轟音や鳴き声、雄叫び等が上がる。
私はぼんやりと花壇の前に立ちつくしている。
ウィリアーナさんが、櫓から降りてきて、花壇の前でジッと祈りを奉げている。
「熱心だね?ウィリアーナ。」
「………ブルーラングの、おじ様?」
振り返ると、花壇と反対側の森の様に生い茂った木々の中から静かに、ひょろっとひょろ長いと表現した方が正しいと思えるような体格のおじ様が現れた。
葉が擦れ合う音すら立てずに、60前後と思しきロマンスグレーの髭と、深い濁って底の見えない様なブルーの瞳が不気味なブルーラング前公爵は、周りの喧騒など聞こえないかのように、ただウィリアーナさんだけを見つめて一歩一歩近寄ってくる。
ハッとしたように立ち上がり、後退るウィリアーナを、ジリジリと追い詰めるブルーラング前公爵。
「君が色良い返事をくれなかったからね。
多少強引だが、致し方なかったんだよ。わかるね?」
「っ!!あの音は!結界を消したのですか!?」
「あぁ、そうだよ?
僕らはね、この国の公爵になった頃から、先祖代々このライトブルー家を守る代わりに、ラングの名を冠する事を許された家系なのだよ…
おかしいと思わないかい?
ラングの花があるのなら、私達が管理するべきだろう?
何故、こんな魔力も弱いライトブルーなどを、一つ間に挟まねばならん?
我らが管理すれば、王国として独立することもできようものを…?」
「お・・・おじ様?」
「お主がこの花と共に我が城に根を下ろせばいい。」
そう言って、ブルーラング公爵が片手に乗せて差し出したのは、赤黒い液体に塗れた紫の花。
その花が激しく発光したかと思ったら、茎を伸ばし、ウィリアーナさんへ絡みつきだす。
「やめて!おじ様!!!」
「グフフフフッ!がぁ~っはっはっは!!」
ブルーラング公爵の深海の様な深い青だった目が、ギラっと赤く光った。
じわじわと絡みつくラング花の茎がウィリアーナさんの体の自由を奪い、その体を捩っていく。
冷や汗を額に浮かべ、蒼白な顔で必死に呼吸していたが、前公爵の禍々しく赤く光った目を見て余計に顔から血の気が引いていくウィリアーナさん。
「くっ!魔、族…?」
「グフッ!この男…笑える事に、妻を失って隙だらけだったからな?
憑くのは楽だったわ。」
ブツブツと、口の中で呪文を唱えだすウィリアーナさん。
彼女の目の前で、恍惚とした表情で自慢話を披露する前公爵には、彼女の睨み据えた表情しか見えていない様だ。
ラング花に囚われたウィリアーナさんに一歩また一歩と、落ち着いた足取りで近寄ってくる嬉しそうな前公爵。
その眼は、血の様に赤黒く染まっている。
突然カッと目を見開いて前公爵を見つめたウィリアーナさんの体から、溢れだすように魔力が放出される。
その眩しさに、ブルーライト前公爵が目を眇めた。
ラングの花が魔力に呼応するように、もぞもぞと動き出す。
ブルーラング前公爵の魔力が効いているのか、ラング花の幹と幹、花と花が嫌々をするようにグネグネとのたうっている。
今までウィリアーナさんを縛っていた蔦の半数ほどが、前公爵の魔力を振り切るようにガタガタと震え、一気に膨れ上がったかと思うと前公爵に襲い掛かり、その身を包み込み、ブツッと根元から切れる。
切れたラング花も弱まること無く、まるで蛇か別の生き物のように前公爵に巻き付いて捻じりあげていく。
そして、前公爵をグイグイと締め上げる。
「グゥ…ガァ!ッカハッ…」
蔦は緩むことなく、公爵の体型が捩れてしまう程締め上げる。
彼は顔中の穴という穴から、脂汗を始め、涙、鼻血交じりの鼻水、涎、血が混じった吐瀉物などをまき散らした悲壮な形相で、すっかり血の様な赤黒い色に変わった瞳孔を見開いて絶命した。
その形相を見て、ウィリアーナさんは緊張の糸が切れたかのように、意識を失い、大木の様になったラング花の茎に飲み込まれた。
穏やかな顔と左腕を残して、花壇に植わったように立っている。
ビギビキッと音を立てて、ウィリアーナさんの足もとの花壇から、氷がラングの大木ごと彼女を覆って行く。
すっかり氷に包まれたウィリアーナさんは、まるで神聖な聖像の様に穏やかな表情で眠るように、ラング花の幹から周りを見守っている姿が残った。




