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過去のエマージェンシー

「ウフフフフ。お父様?行ってらっしゃいませ。」

「あぁ、行ってくるよ。ウィリアーナ。

ウィルゾウスとウィレニウムに政執は任せてあるから。

エヴェローア、お前は私と一緒に王都に来るか?」

「まぁ、旦那様。心配性ですわね。

もう、ウィケインとリシュカちゃんが結婚式を済ませたから、私ももうすぐ、お祖母ちゃんになりますのに?」

「まだお婆ちゃんは気が早いだろう!?」

「んもう!お父様ったら!分かりませんわよ?ねー?」

「はぁぁ…覚悟しておくよ…。行ってくる。」

「ウフフフフ。行ってらっしゃいませ。お気をつけて。御帰りをお待ちしておりますわ。」


これは?


華やかな温もりある木の玄関に、フワフワの水色の髪を緩く束ねて、髪色にあわせたような、軽やかな水色の生地のワンピースを纏った可愛らしい女性が、仕事で王都にでも行くのか、キチッとコートを着込み、高いハットを被った壮年の男性に微笑んで御見送りをしている。

出かける父親と話していたウィリアーナさんの後ろから、ゆったりとした動作で、恰幅の良い優しげなおばさんが、フリルが可愛い白いエプロンをドレスの上から巻いて、おっとりと出てきて、心配した旦那さんをからかっている。

平凡で、幸せな一家の光景だ。


ん?リシュカ…?…誰だっけ?


ぼんやりと水の中を漂うような気だるさの中では、意識も体もだるくて疑問に思っても覚えていられない。

ボーっと変わっていく光景を見つめる。


場所は変わって、ここは庭?

緑が多くて、小鳥が鳴いて、果樹園のような美味しそうな実のなる木が多い。

そのうち一つを捥いで、齧りながらウィリアーナさんが楽しそうに花壇へ近寄っていく。

日当たりの良い花壇に咲いているのは…ラング花…?

紫の花が光を反射するようにそれ自体が生き生きと輝いて、瑞々しい甘い匂いが辺りに漂っている。


ここにも生えているのねぇ…


花の手入れを始めるウィリアーナさん。

後からエヴェローアさんも出てきて、二人で手が汚れるのも構わずにニコニコと花の手入れを行っている。


「この花は、預かりものなのよ?」

「えぇ、何度も聴いているわお母様。」

「初代ヴィケルカール王の父上が、ラング花の研究者で、ラング花の育成地を求めて、花を鉢に移し、各国を回りながら移植して行ったの。」

「えぇ、お母様。けれど生えたのはこの国でもココだけ。

この、小さな花壇の中でのみこの花は生きられるのよね?」

「そう。だから、私達は、魔力も少ないけれど王家に選ばれて、ブルーラングの方に守られて、ここに咲くラング花を守るの。

もし、イェローラングに何かあったら、あそこに返すために、密かに密やかに育てるの。

いぃ?忘れてはいけないわ。

ブルーラングとの契約では、この花の事は言っていないわ。

もともと、ご先祖同士が仲良しで、それに甘えて、魔獣から守ってもらうという約束を取り付けた後にここに移植したから、ブルーラングの方は知らないわ。」

「どうしたの?お母様。どうして、突然そんなお話を…?」

「貴女の事を、先代のブルーラング公爵が嫁に欲しいと言っています。」

「えぇ!そんな!現公爵…リューガのお父様ですよね!?」

「ええ、そうです。

彼は、貴女を嫁にもらえなければ、この地の守護を打ち切ると。」

「でも、セイリックが!私はセイリックが好きなの!それに、私とリューガなら、まだ幼馴染ですが、おじ様は夫人を亡くされたばかりではありませんか!」

「えぇ。お父様も悩んでいます。

私達はお前の幸せを祈っていますが…ブルーラングの守護がなければ、この花は、逆に凶器となって私達に襲いかかります。」

「では…私は…」

「いいえ。大丈夫ですよ。

この花を王家にお返しすればいいのです。

お父様はその話もするために、お手紙で済む王家への報告をと共に、王都へと赴かれたのですから。」

「お母様!でも!そんな事をしたら!」

「良いのです。もともと分不相応な公爵位だったのです。

私も前公爵の変わられようには驚きましたが、彼も奥様を亡くされて苦しんでいるのでしょう。

私達がこの花を王家にお返しし、新しくブルーラング領の反対側グリーン領近くに居を構えれば済む話なのではないか…と、お父様とも話しているのですよ。」

「そんな…」

「森からの脅威に少しばかり金銭をかけて砦を作り、人を雇わねばなりませんが、皆で頑張れば何とかなりますわ!」

「お母様!!ありがとうございます!!」


涙を流すウィリアーナさんをソッと抱きしめる、エヴェローアさん。

綺麗な光景が静かに流れていた。


バチン


突然、地響きのような、地面が下に落ちたような衝撃と轟音と共に、魔の森から砂煙が上がる。


「どうした!!」

「大丈夫か!?」


頭髪の水色がまぶしい、逞しい体つきの男性が二人、慌てて屋敷から飛び出してきたのと、三つの頭をもったイノシシが、屋敷の庭に足音を響かせて飛び込んできたのとが同時だった。


「お兄様!!」

「リアーナ!!」

「お前達!逃げなさいっ!!」


エヴェローアさんが、ラング花を一本抜いて、魔物の足元に投げる。

途端に、血走った眼をギラつかせていたイノシシの魔物は、マタタビを与えた猫のようにクネクネとその場に背中を擦りつけ始め、酔ったようにトロンとした眼差しになる。

腰が抜けたようになった魔物は、次にその大きな鼻を、三つの頭ともが寄せ合って、一本の花を引きちぎるように貪り食べた。

その間に、エヴェローアさんは残りの花を引きぬき、エプロンのポケットにねじ込むと、厩へ駆けていく。


「お母様!」

「貴方達は、緊急の鐘を鳴らして!城下に危機を伝えなさい!

地下にこもって助けを待つの!!私は森に行って、魔物にラング花を与えます!」

「危険です!俺らが行きます!!」

「貴方達はここを守りなさい!!」

「お兄様!」

「リアーナを守って!!」

「お母様!!」


ぎぃやぁぁぁあぁぁああぁあ!!


断末魔の悲鳴を上げて、三つ首のイノシシの体が至る所から溶けて崩れ出す。

腐臭を吐き出し、耳から目から骨を剥き出しにして、再び立ち上がる三つ首イノシシ。

駆けだしたイノシシが向かうのは、ラング花をエプロンのポケットに抱えている、母親のエヴェローアさん。

彼女にほぼ骨になった姿で、牙を向けて突き進んでいく三つ首イノシシ。


「うらぁぁぁあぁ!!」

「お兄様!!」

「ゾウスッ!!」


ぎゃいっ!


母親とイノシシの間に立ち塞がったゾウスと呼ばれた、長身で筋肉ムキムキの、水色の髭を蓄えた大男が、巨大な斧でイノシシの左の頭を切り落とした。

痛むのか、バランスが取れないのか、二つ頭になったイノシシがグラリと傾ぐ。


「レニ!」

「分かってるっ!!」


その隙をついて、もう一人の、糸目で優男風だが、体はガッチリと筋肉が盛り上がった、レニと呼ばれたお兄さんが、腐った肉と白々と光るように見えるアバラの隙間から覗く、脈打つ紫の心臓を長剣で抉り取った。


ドシィィン


声も無く地面に倒れ伏したイノシシの魔獣は、すぐに溶けて汚い色のドロリとした体液を地面に染み込ませ、周りの草花を枯らして消えていった。

四人ともホッとしたのも束の間で、森の方から上がった砂煙が、嫌な予感と共にドンドン近づいてくる。


「行きなさい!!皆、領主としての責任を果たすのです!!」

「「「はいっ!!」」」


その声を切っ掛けにして、ウィリアーナさんは、家の裏手に立っているやぐらの上に慌てて登りだし、エヴェローアさんは、レニと呼ばれた優男のお兄さんと馬で砂煙の方へと向かって行く。

ゾウスと呼ばれた大男は、連絡鳥に良く似ているが二回りほど大きく、本当のサギの様な鳥を魔法で創り出し、王都へ向かって飛ばした後、鐘を一心不乱に叩いていたウィリアーナさんに地下室へ入り籠るように指示した後、街の方へと走って行った。





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