ファーブからみた真実
ファーブ:お嬢様至上主義。実の妹よりもお嬢様。何は無くともお嬢様の人。
微かな魔力と、茂みの揺れに、一気に緊張感が高まった。
お嬢様は、金色の髪に紫の瞳を持つ私の大切な主。
透き通るような肌に、少しつり目気味のパッチリした眼窩の中に、魔力の多い者を示す紫の瞳が高貴に煌めき、バランスの良い小さな鼻と口が、妖精の様に愛らしい。
今はまだ、蕾の様な愛らしさが成長して綻べば、どれほど強固な意志を持つ者でも、男であるというだけで、平伏したくなる程の美しさになるだろう。
その時の為にも、私はもっと強く、何者からも如何なるものからも私の主を守れるように…決して傷つけるような事が無いようにと見守っていた少女が、無邪気に魔力の方へ声をかけるのを慌てて制止する。
「お嬢様!」
お嬢様は聡明だ。
幼い子供なのに、キチンと理論立てて説明すれば、我儘も言わず言う事を聞いて下さる。
護衛対象として、とてもよく出来たお方だと思っていた。
だが、彼女もやはり4歳の女の子だったのだ。
「しっぽ!!」
「…逆さまかと…」
小さな魔獣で、脅威は無いと油断していた。
お嬢様が、私の横から走り出し、気が付いた時には魔獣の腰元を掴んで持ち上げてしまっていた。
お嬢様に、微かではあっても魔力を感じる為、手放すようにと説明すると、なんとお嬢様からの信頼宣言!
感動している隙に、お嬢様が魔獣の鼻にキスしてしまう。
いつの間にか名前もついていて、どうやら契約が完了してしまったようで、ミィタの瞳がキラッと光り、魔力が跳ね上がる。
しまった!と思った。
しかし、感じる魔力はお嬢様の物。
どうやら、ミイタは魔獣の類ではなかったらしい。
魔獣とは、自然界で魔力を持つようになった獣の総称で、その全てが、高い治癒力と身体能力、多少の攻撃に己の魔力を乗せる以外は、ほぼ魔力を使用しない。
そして、魔獣とは契約が出来ない。
野生の獣を懐かせる事が出来ないように、魔獣も卵や幼獣の頃から飼い慣らすならともかく、それでも、自分の意志のままにそれらを操る事は不可能だ。
それに対して、ミィタのような契約できる魔力を持つモノを、聖獣と呼び、その存在は今でも謎に包まれている部分が数多くある。
それは、単に、数が少ないからだ。
先々代の王妃が、聖獣の愛し子で、王国を襲った危機的な状況を幾度も救ったと史実には残っている。
彼女以外にも歴代の聖獣に愛され守護された者たちは、皆この国を救い、発展に一役買ってきた。
その愛し子には、聖獣と心を通わせる事が出来、聖獣は彼女の願いを叶える事を至上の喜びと感じる、と言われている。
つまり、愛し子が国の滅亡を望めば聖獣は喜々として国を潰そうとするという事だ。
この事が知れれば、国はお嬢様をなんとしても取り込もうと躍起になる事だろう。
また、お嬢様の家であるバイオレット家以外の5公爵家も…
今まで以上にお嬢様の置かれる状況は厳しいものになっていくだろう。
今以上に修行に励もうと決意を新たに、毬を掴んでお嬢様の後を追った。
お嬢様の珍しい我儘ならば、叶えてあげたいと思う。
万一があるようならば、私が!と勢い込んだが、奥様の侍女である母とも私と同じようなやり取りを飽きもせず繰り返した揚句、再び、母に向かって「ファーが守ってくれる!」と言い放ったお嬢様の信頼に、感動で黙り込んでいると、横から母の生温い視線。
最後は奥様の、「敵意があれば入れない。」というお言葉に私も、母も脱力せざるを得なかった。
あとで、ミィタは聖獣だとキチンと報告しなければ…
いくら悪意が無いとはいえ、危険なモノと思われては、俺はお嬢様と引き離されかねない。
その後、旦那様に鬼の形相を向けられた時は、“あ、コレ、俺死んだな。”と思ったが、ここでも救ってくれたのは、お嬢様だった。
感涙してしまうかと思ったが、どうやらお嬢様は俺を一護衛ではなく、兄の様に思ってくれていたらしい。
母と同様に、面白そうにニヤニヤとこちらを見る父の機転で、何とか俺は生き永らえることが出来たらしい。
お嬢様を父に任せて、私は腹が膨れてコロンコロンになったミィタを風呂に入れるべく、風呂場に連れてきた。
どうせお嬢様の事だから、一緒に眠ると言いだすだろう。
風呂場に入り、袖をめくって、逃げようとする聖獣を捕まえる。
『おい。お前…たしか、ファーと言ったか…?』
「ファーブです。聖獣様。」
『なんじゃ。ワシの正体に気付いておったのか…』
呆れた様な声に、こちらの方が呆れてしまう。
「聖獣様の魔力はほとんど感じませんでしたが、お嬢様の体液を摂取し、名を受けた聖獣様から、お嬢様の魔力を強く感じました。」
『あぁ、勝手に流れ込んでくるんじゃ。よくエミリアは保っておったの。』
感心するような聖獣様の声に驚いてしまう。
「保つ、とは…?」
『なんじゃ?気がついとらんかったんか?』
俺の様子に、やっぱり呆れたように聖獣様が語りかけてくる。
『エミリアの魔力は、年々強大になって、その内、大暴走を起こしておっただろうよ。』
聖獣様の話によると、お嬢様が生まれた頃は、“何だか魔力の強いものが生まれたな”程度で気にも留めていなかったが、年々甘く匂い立つようなお嬢様の旨そうな魔力に当てられて、結界の外ではお嬢様の魔力の残渣を得ようと、魔獣達が競い合っていたようで…
聖獣様が久々に訪れたこの地で、その光景に興味を引かれ、立ち寄ったら良い匂いがして…他の魔獣と本気で競り合いをした挙句、魔獣を蹴散らして、結界を何とか搔い潜った所で力尽きていた…と。
「あ~…まぁ…」
『なに、ワシと契約して良かった事もあるんじゃぞ?
エミリアはいずれ近い内に自分の魔力に食われて心を失っておったじゃろうが、ワシと契約した事によって、魔力がワシに流れてくる。
じゃから、それは防げたことになるな。』
「それは、ありがとうございます。」
『うむ。それに、ワシはエミリアが気に入った。
あの子が死ぬまでは傍に居て守ってやろうぞ!
見た所、ファーブも武の心得がある様じゃが、ワシに言わせればエミリアを守るにはもう少しじゃな。』
「なっ・・・」
見抜かれた。
俺は、兄の様に武力一辺倒の脳筋でも無いし、姉や妹の様に魔力があるわけでも無く、父の様に腹黒策士でも無く、母の様に細かな気遣いが出来る訳でもない。
全てに於いて中途半端なところは俺のコンプレックスだ。
ショックを受けている俺を尻目に、さっさと器用に猫の手で体中を石鹸まみれにして洗う聖獣様。
そのお手伝いをしつつ、湯で泡を流した。
プルプルと体を揺らして水気を飛ばしていた聖獣様が、徐に俺の肩に飛び乗ったかと思うと、振り向いた俺の額に肉球を置き、スッと目を閉じた。
いつの間にか、黒からツヤヅヤとしたワインレッドの色合いに変わった毛艶を眺めていると、ホウッと心から体中隅々まで軽くなったように感じた。
「これは…?」
『エミリアはお主…ファーブを慕っておる。
ファーブはエミリアを守りたいのだろう?ワシが力をくれてやろう。
エミリアの幸せはワシの幸せ。魔力で繋がった今、お主はワシの敵とはならんじゃろ?』
「ありがとうございます。聖獣様…」
『それじゃ!さっきから、ワシが親しみをこめてファーブと呼んでおるのじゃ!
お主も、ワシをミィタと呼ばんか!』
「しかし、それでは…」
『ええい、まだ分からんか?エミリアにワシが聖獣だとバレるじゃろう!』
「それの何が…?」
『遠慮して、撫でてもらえん様になるかもしれんじゃろ!』
「あぁ…分かりました。ミィタ様。」
『ミィタ!!』
「よろしいので…?」
『許す!』
「ありがとうございます。ミィタ。」
こうして、ミィタとクッションを選び、お嬢様のお部屋を辞した後、軽い体を慣らすため、一晩中庭で剣を振り、鍛錬に勤しんだ。




