やられた分はやり返す!
ギルドの門をくぐった時、疲れ切った私たちの前に、一番に駆け寄って支えてくれたのは、やっぱりファーブだった。
「お嬢様!大丈夫でしたか!?」
「えぇ、何とか。奴らはとても手強かったわ…」
「これは?」
ファーブの視線が、私の背中の麻袋と、空中に浮かぶ濃い色をした真ん丸の風船に向く。
「あぁ、こちらは、村民に頂いた、光茸ですわ。後で売りましょう?800金になるらしいわ。
あと、こちらの風船は拾いものなの。大切に扱ってちょうだい?」
「はい。では、光茸はここで売りましょう。
ギルドは一応王立の機関ですので、そこらの八百屋で売るよりも正規の値段で買い取るのが義務ですから。」
その言葉に、昨日も受付に座っていたお姉さんが、一瞬ピクッと反応した気がしたが、気のせいだったかもしれない。
ファーブに袋と風船を預け、受付のお姉さんの前に立つ。
「お願いいたしますわ。」
「はい。少々お待ち下さいませ。」
お姉さんは、私から受け取ったギルドカードの裏面を見て一瞬ギョッとして、しかし、澄ました顔を取繕うと、何事も無かったかのように、手元の機械にカードを通す。
ジ――――――
暫く、雑音が続いた後、カチャッと軽い音と共に、機械から吐き出されたカードは、さっきまでの銀色のカードではなく、金色に輝いていた。
カードを引き抜いたお姉さんは、無表情だが口の端が少し下がり、苦いものを嚙んだ後のような表情で声だけは明るく話しかけてくれる。
「おめでとうございます。1050金溜まりましたので、Cランクに昇格です。
50金は引き継ぎとなりますので、引き続き頑張ってください。」
「まぁ!ありがとうございます!」
忘れてた。
1000金でCランクに昇格だった。
ラッキー、一晩で一気に昇格できた!
これは楽しい!
内心でホクホクしているが、お姉さんの不機嫌を敏感に感じ取った私は、極力にこやか以上の感情を出さずに、ファーブの方に進みだす。
すると、視界の端に、憤怒の表情で顔を真っ赤に染めたデーブが入って来た。
「おい!俺様が選んでやった依頼で、一晩で昇格したんだから、お礼があって然るべきなんじゃねぇのか!?あ゛あん?」
ものすごく、喝上げだった。
シラーっと冷めた視線で、デーブを見ていると、昨日はデーブを止めようとしていた二人組の姿が見えない事に気が付いた。
昨日の彼らは割とキチンと防具を身に付け、体もストイックに鍛え上げられていた。
対して、デーブはだらしなく出っ張ったお腹に乗った垂れた胸。
剥げているのか剃っているのか知らないが、頭皮丸見えの後頭部は段差が出来ているだらしなさ。
ははぁ~ん。昨日の人たちはたまたま居合わせた、別のチームだったのね…
なら遠慮はいらんとばかりに、彼に向き直った時、私の目の前に、巨大なままだったミィタが立ち塞がった。
「え?」
『ヌシには、コレをやろうて。歯に詰まって堪らんわ。』
そう言うなり、プッとデーブに向かって吐き出したのは、昨夜から退治していたゴキブリン!(小!!)
あぁ~そう言えば、疲れて項垂れていると思っていたけど、あの時か…?
けたたましいデーブの叫び声で、意識が現在に引き戻される。
「ぎゃーーーー!!ばか!連れてくんな!!」
「仕方ありませんわ?猫ですもの。」
「きゃーーーーーー!!」
ミィタのフォローをしていると、後ろにいた他の冒険者たちの首肯を空気で感じ取る。
位置が悪く、受付のお姉さんの側にデーブが居たので、ガサガサと奴が逃げた方向に居たお姉さんの悲鳴も響く。
多くの冒険者が腰から己の得物を取り、こちらにゴキブリン(小)が逃げてきたらいつでも切り伏せられるように構えている。
ミィタが魔法で強化でもしたのか、デーブやお姉さんの攻撃をものともせず、彼らの周りに囲いがあるかのように彼らから離れようとしないゴキブリン(小)。
お姉さんもギルドの受付をするくらいだから、多少の心得があるのか、果敢にもファイアボールを作っているが、如何せん、(小)の動きが速すぎて、狙いが定まらないらしい。
ヌルンとデーブの剣を避け、ガサガサとお姉さんの背中を駆け上がる。
お姉さんは、泣きながら意識を失う寸前っぽい。
お、デーブの顔面に飛び移った。
デーブがひっくり返って、お姉さんの前の受付が壊れる。
あれ、弁償だよね?
(小)やるなぁ…親近感は湧かないけど…
あ!……ぅわぁ…
アレは、ヒクわぁ…
しばらく眺めていたが、ちょっと冷静になると”私何してんだろ…”という気分になって来たので、そろそろお暇することにする。
誰も近寄りたくは無いのか、その様子を他の職員も遠巻きに眺めている。
奥に居たおじさんなんて、デーブかお姉さんと何かあったのか、すごく嬉しそうに見学する構えだ。
デーブはともかく、助けてもらえないお姉さん…。
結構綺麗な人なのに・・・
何をしたんだ…?
周りにいた職員たちや、冒険者たちも、自分に害が及ばないと気がついたのか、構えていた各々の得物を鞘に納め始める。
「だから無口でしたのね。」
『あぁ、生かしておくのに苦労したわい。』
ニヤリと、金の目が三日月に細められ、心底面白いと笑うミィタに私も笑顔が零れて、胸が空いた。
「私もスッキリいたしましたけれど、その口で舐めないで下さいましね?」
しかし、ソレはソレ、コレはコレ、だ。
ミィタは、シュンとして、子猫サイズになり、売りカウンターで男性職員相手に、光茸の値を吊り上げていたファーブの元へとチョコチョコ歩いて行った。
じっくりと腰を据えて見る姿勢の見学者は別にして、ギルドはいつもの穏やかな雰囲気を取り戻していく。
そろそろ眠たくなってきたので、一部阿鼻叫喚のギルドを後にして、私達はファーブが用意してくれたルビーのハート亭へと歩みを進めた。
ファーブは、しょぼんとした子猫のミイタを腕に乗せ、風船を掴んで、ホクホク顔だった。
「お嬢様?なんなら、レッドダイヤ亭でもおつりが来るほどですが?」
「面倒だからいいわ。今は、一刻も早くお風呂に入って寝たいのですわ。」
どうやら、光茸を1.5倍程の値で卸す事に成功したらしい。
ギルドの方も、どうせ買うのは中央の貴族達で値段も更に3倍くらいになるのだから、ケチケチ買い渋る必要は無いと思うのだが、こちらが油断すると足元を見てくる。
そんな光茸だから、そこいらの八百屋に持って行っても、貴族御用達の所以外はあまり買い取ってもらえない、少々難しい食材だ。
私は、興奮が収まってきたお蔭で、一気に眠気が襲ってきたので、歩きながらウツラウツラしていた。
宿屋に着き、ファーブがあらかじめお風呂を溜めてくれていたので、すぐにお風呂に入る。
そのまま寝るなんてありえない!気持ち的に!断じて、ありえない!!
丁寧に、隅々まで洗い、これ以上、洗う個所は体にはございませんって程、ピッカピカに体中磨いて、簡素なリネンの夜着に身を包む。
昨夜の騒動など微塵も感じない程、体中が清潔になった気がする。
「ファーブ。ミィタの口も丁寧に洗ってください。」
続いてミィタを抱えて浴室に入ったファーブにそう指示を出した後、部屋の隅に浮いていた、風船から、彼女を出して、浄化の魔法をかけ、改めて綺麗になった彼女と一緒に布団に入る。
起きて、一人で狭い所にいるより、安心できるでしょ…
そう考えている間に、私の意識は心地よい闇の中に静かに落ちていった。
ちなみに、お姉さんは、美人局的な、セクハラ詐欺を奥の席のおじさんにかましておったそうです。
上司とイケ面には媚び、美人には嫌がらせ、不細工やおじさんには詐欺の容疑で、ギルド長は証拠と尻尾をつかむために泳がせていたところだった、とか何とか…
デーブは言わずもがな…美人局の片棒も担いでいたそうです。
その後のゴキブリンはデーブとお姉さんが泡を吹いて倒れた段階で、ギルド総出で退治したらしいですが、ミィタの強化魔法(実は攻撃回避の防御魔法)がまだ効いていたため、ギルド長まで出てくる大騒動になったとか。
以降、レッドハーツ領のギルドでは、聖女と聖獣を怒らせるべからずという断固とした掟が出来たとか、何とか…




