表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/64

物語が始まる

私が4歳になったある日、広いお庭で、お母様は優雅に、オリビアに入れてもらった紅茶を嗜んでおられて、私はお父様がくれた毬を追いかけていた。


「エミリア?御池の側には寄ってはいけませんよ?落ちては危ないですからね。」

「あ~い!お母しゃま!」

「可愛い!!娘が可愛いわ!オリビア!!」

「左様でございますね、奥様。」


大興奮のお母様を宥めるオリビアはもう慣れた物だ。

ちょっとした公園くらいの広さがある公爵邸の庭は、色とりどりの花が咲き乱れ、浅い小川に、鯉のいる池、薬草園や、背の高い植物で庭師が作った迷路など、一日中遊んでいられる。

コロコロと毬を蹴っては、ポテポテと追いかける。

私の背後では、セバスチャンとオリビアの次男坊である(何と二人は夫婦だった。しかも子沢山…)、14歳のファーブが遠からず近すぎない位置で、私に危険が無いように見守っている。

サラッとした栗色の柔らかな髪をフワフワと風に靡かせ、パッチリした茶色い瞳で童顔な可愛らしい顔立ちのファーブは、アイドルのように微笑んで見守ってくれている。

こんなに優男なのに、我が家ではセバスチャンやお父様に引けを取らない武闘派らしい。

ガサガサっと、迷路の茂みが揺れる。


「ん?どなたかおらりぇましゅか~?」

「お…お嬢様!!」

「あ~い?」


ついこの前から始まった、淑女教育とやらの成果を存分に発揮して、とても良い問いかけが出来たと自画自賛した。

ファーブに呼びとめられて、褒められる?と、振り返る。


「今の時間、庭師は裏庭を整えておりますので、こちらには誰もいないはずです。

危険ですので、少しお下がりください。見てまいります。」


ファーブの真剣な表情に、思わず固唾をのむ。

毬を抱きしめて、恐る恐る茂みに近づくファーブの背後から手元を覗きこむ。

ガサガサと茂みを下から持ち上げると、そこに丸まっていたのは小さな真っ黒の・・・


「けだま??」

「お嬢様!!」


毬を背後に投げ捨てて、驚くファーブの横をすり抜け、テテテっと毛玉に寄って行くと、背後から焦った様子の声が聞こえた。

ひょっと掴み上げるとニョロッと動く尻尾。


「しっぽ!」

「…逆さまかと…」

「にゃんこ…」

「ミィ…」


慌てて持ち替えると、弱っているのか、ヘチョッと草臥れた姿の子猫が、一瞬綺麗な金の目をこちらに向けて私を見つめた後、弱々しく一鳴きして項垂れてしまった。


「お嬢様、漆黒の獣は、魔力が多く危ないものが多いのです。その獣をこちらにお渡しください!」

「や!ミィタお寝んねよ?わたくちが、ミユクとベッド用意しゅるの!!」

「いけません!公爵家の厳重な結界をものともせずに入ってきた獣です!

こんな幼獣の姿をしていても、ものすごい魔力を秘めていないとも限りません!

獣は懐かない故に獣と言われるのです!」

「ミィタ危ない?ファーいるから大ジョブ!」

「キュゥ…」


潤んだ瞳でこちらを見上げる子猫に害意は欠片も見当たらない。

チュッと鼻に口付けを贈り、いい子いい子と頭を撫でる。


「め!わたくちのミィタ危ないない!ファーが守ってくれゆのよ?」

「お嬢様…勿論です。このファーブ、お嬢様を命に代えてもお守りいたします。」

「なら、だいじょーぶよー!ミィタのミユクくだしゃいましゅ?」

「…それは、奥様にお伺いしなくては…」

「分かったわ!あいがとっファー!お母しゃま~!!」


最上級の笑顔で答えてくれたファーブに、お母様のマネで答える。

ミィタを抱えてお母様がお茶を飲んでいる、テラスまで走って行く。

後ろから、ファーブが私の落とした毬を拾ってきてくれるのが分かった。


その後は、オリビアとも同じような大騒ぎがあったが…割愛。

結果的に、お母様が、「公爵家の結界は、内側にいても悪意を持てば弾かれるらしいのよ?」と、オリビアとファーブに暴露し、二人がカックリと脱力した事で、終息した。


「エミリア?動物を飼うという事は、その子の命を預かるという事なのよ?

分かりますか?」

「あい!」

「しっかりと面倒を見て、キチンと躾をして、公爵家の名に恥じない、立派な飼い主と飼い猫におなりなさい。」

「あいっ!お母しゃま!あいやとごじゃいましゅ!!」


元気よくお返事して、テラスから室内に入る。

腕の中でグッタリとしていたミィタ(決定っぽい)も、気持ち尻尾を揺らして嬉しそうだ。


「きゃ~!ファー!!ミィタ!死んじゃう~!!」

「大丈夫ですよ、お嬢様。お腹を減らしているだけです。」


いつの間にか、音もなく私の横に立っていたファーブが、極上の美声と共に、浅い皿に入った柔らかいパンくずを浸したミルクを、床に敷いた布の上に置いてくれた。


「パン?」

「はい。もう歯が生えていますので、柔らかいものは食べられるはずです。」

「ふぁ~しゅおーい!あいやとっ!ファーしゅごいのね!わたくちもファーみたいに賢くなる!!」

「ありがとうございます。」


屈んでいたファーブの首元に抱きつき、スリスリと頭を擦りつけると、優しく微笑んで抱き上げて、頭を撫でてくれた。

スッと周りの温度が下がった気がして、ファーブの顔が引きつり、頭を撫でていた手が下ろされる。

雰囲気が変わった事を不思議に思っていると、ヒョイッと後ろから引っ張られる感覚がして、私は、お父様の腕の中に落ち着いていた。


「お父しゃま!シェバ!おかえりなしゃーい!!今日ね、わたくちね、ミィタのママなの~!!」

「うん、聞いたよ。ただいま。キチンと面倒をみるんだよ?」

「あい!ね?ファー!」

「はい。おかえりなさいませ。旦那様。」

「娘と随分仲が良かったじゃないか…?」


私のお帰りに、頭を下げていたセバスチャンが苦笑と共に頭を上げ、ファーブはお父様に正面から睨まれて、複雑な顔をしている。


“ん~?ファーブは、あれだね。困ってるね…もー!ファーブはお兄ちゃんみたいなものなのに!”


イラっとしたので、真正面からお父様の顔面に平手をお見舞いする。

ベチッと鈍い音と共に、「ふぶっ」という、お父様の油断しきった声が聞こえた。


「メーよ!お父しゃま!ファーはわたくちのおにーたまよ!」

「くっ!しかしだね?エミー?幾らお兄様でも、抱き上げて撫でるのは・・・」

「エミー抱っこメ?エミー悪い子…?」


うるんと潤んだ目で父親を見上げれば、誤解と罪悪感に悶えている父親の厳しい表情が目に入る。


「う~~……お父しゃま…怒ったぁ~!」

「うわぁ~!!お父様怒ってないよ!!エミーはいい子だよ!みーんながエミーをいい子いい子って抱っこしてくれるよ~!だから泣かないで~!うわぁ~ん!セバス~!!」


傍から見れば、すごく面白い光景だろう。

大声で泣いている親子を呆れた目で見上げる子猫と、苦笑しつつ見守る親子。

スッとセバスチャンが、お父様の耳に何かを吹き込むと、途端にピタッと泣きやみ真顔になるお父様。

厳つい美形が真顔になると怖い。

余計に声高に泣く私を、無理やり作ったような引きつった笑顔で、ファーブに手渡すお父様。


「ほら、ね…?エミー。お父・様、は、ファー、ブ…と、仲…良・し、なんだよ…?」


苦しそうに、途切れ途切れに棒読みのセリフを吐きだすお父様。

その優しく見積もっても鬼のような形相に、ファーブに縋りついて泣く。

トントンと背中を宥めるように叩かれ、優しく頭をなでられて、少し落ち着いた私がしゃくり上げながらファーブの顔を見上げると、ファーブは可愛い顔で苦笑して、その通りです、と頷いた。

ファーブがそう言うのならばと、今から兵の一師団位潰してきそうな、ってかもうすでに何人か“殺”の字でヤリマシタヨネ?と聞きたくなるような形相で、こちらを見ているお父様の方を向く。


「エミー抱っこしゃれてもいい?怒らない?」

「あぁ、良いよ。勿論だとも…」


“仕方ないなぁ。この位で折れてやるか…”


「あいやと~!!お父しゃま!だいしゅき~!」

「あぁぁぁぁぁあ!!エミリアァァァアアァ!愛しているよぉぉぉ!よかったぁぁぁぁあ!」

「ぎゃぁぁぁあああ!!」


ダッパァと音が鳴りそうな程、一気に噴出した涙に引いた私は、しかし、お父様に飛び移った後で、抱き込まれてしまい、逃げる事叶わずに遠い目になってしまった。


とりあえず、公爵家で飼う猫ならば、どんな状態であれ、汚いのはいけません!と、ミルクで満腹になったミィタが連れていかれて、早数刻。

私もあれから夕飯を食べ、お風呂に入れてもらい、部屋に戻ってきた。

そこに、綺麗なワインレッド色の艶やかな球を抱いたファーブが入ってきた。


「ファー?なぁに?毬?」

「ミィタでございます、お嬢様。」

「あ!!」

「みぃ!」


ひょこっとファーブの持っていた球から三角の耳が生え、現れたのはクリンと綺麗な金色の目。


「ミィタ…むらしゃきだったの。」

「はい。汚れが綺麗に落ちました。」

「あいがと!ファー!ミィタ一緒寝んね、しゅる!」

「はい。お嬢様。」


大人が5人程余裕で寝られそうな私のベッドの枕元に、中央のくぼんだ丸い円座のようなクッションを置いてくれる。


「これが、ミィタのベッドです。」

「あい!ありあと!」

「はい。」


ミィタをクッションに乗せ、にっこり笑って頭を撫でてくれるファーブに挨拶をすると瞼が自然に落ちてくる。

ファーブが明かりを落として、部屋を出ていった。

月明かりで見ると、クッションの上でミィタがくるくると回って位置を決めていた。

クスッとその愛らしい仕草に、ミィタの頭を一撫でし、そのまま静かに眠りに落ちた私を、金色の双眸が静かに見守っていた事を私は知らなかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ