聖獣の覚悟
「あ、あの。ヒルデさん。」
「はい?どうされました?ショーン様。」
「ぼ…僕ではダメでしょうか!?」
「え?」
「は?」
「おぉ!」
『ほぉ?』
言ったぁ!!
可愛いグリーン様と美しいヒルデ様は、見ようによってはとてもお似合いだ。
だが、如何せん、同年代の中でも童顔なグリーン様と、どっからどう見ても美女のヒルデ様では、よく見えて姉弟の様だが…
少し悩んで、ミィタの方を見る。
『ふむ。不可能ではないの。
ワシら聖獣は年をとらん。つまり、数年後じゃろうが数十年後じゃろうが、ヒルデはそのままの姿でおるという事じゃ。
人間の器には、ワシらの魔力は収まりきらんからな、自動的に完全に修復されてしまうからの。』
「という事は、今は僕の方が幼くても、そのうち、僕が彼女を追い越すって事ですか…?」
「それはそれで悲しいわ…」
『甘えるでないわ!』
シュンとするヒルデ様にミィタが初めて怒った。
ビックゥとして、皆背筋を伸ばす。
ヒタリと音もなく、テーブルの中央に座ったミィタはヒルデ様を見据えて声をかける。
『人と生きるという事はそう言う事じゃ。
水のも、お前の母と共に過ごし、お前の母を看取って以降、一人でお前を育てて来おった。
ワシらは絶対的な数が少ない。そして、現れるのは雄ばかりじゃ。
聖獣と人が心を通わせ、子を成す事はままある。
しかし、聖獣は寿命が尽きる事が無いのに比べて、人はワシらの力で生かしても、精々100年程しか生きんのじゃ。
それでも、人を愛す者はいるし、ワシのように愛し子を持つ者もいる。
お主の様にメスが生まれたという事は、お主の母は人なのだろう。
ならば、お主にはいつかは寿命が訪れるやも知らん。
確かに別れは、魂を引き裂かれる程の痛みがある。
じゃがな、我らは決して、彼らと出会わねば良かったとは思わぬ。
ワシらの長い生を一人で生きるのはとても空しい。
出来ぬ事ではないし、そういう生き方をする者もいる。
じゃが、彼らもワシも、その生き方を決して幸せとは呼ばんし、呼べん。
しかし、残される者としての覚悟もいる。
ワシらにとっての幸せは、有限のものかも知らん。
しかし、その時間は何物にも代えがたいとワシは思う。
覚悟が無いまま、それを知らぬまま婚活等と簡単にするべきではなかったのじゃ。
お主の父は言っておったじゃろ。
お主が水のから離れた時点で、お主はもう一人前じゃ。
己で悩み、決めるがいい。』
そう言うと、ミィタはしっぽを振り振りと揺らして、牧場の方へと歩いて行ってしまった。
皆神妙な顔で黙りこんでしまった。
確かにごもっともだ。
怒られた後に訪れた、居心地の悪い沈黙を破ったのは、ショーン様だった。
「ぼ、僕じゃ貴女を支えられませんか?」
「えっ?」
「僕が生きている間だけですが、死んでからも、貴女の幸せを祈り続けます!
僕は、今はまだ小さくて、何の力もないですけど、それでも、貴女を幸せにしたいと思っています!
どうか、考えてみてくださいませんか…」
「あ…」
ヒルデ様の頬が、ボンっと音を立てるように真っ赤に染まり、頭の上から湯気が立つ。
「え…?」
赤く、沈んでいく夕日がヒルデ様に重なったからかと思った。
だが、そこにいたのは、真っ赤な光を全身から放つヒルデ様だった。
「え?」
「えぇ!?」
『遅かったか…』
「え゛!?」
光が収まると、そこには手を取り合って佇んでいるショーン様と、ヒルデ様。
私と殿下の様に、赤い光に驚いている様子もなく、お互いを見つめあっている。
そう言えば不穏な単語が聞こえた、と振り返ると、黄色い長い髪を引きずる程に垂らした、黒いオーブに身を包んだ優しげな風貌の美紳士。
『先程ぶりだね。エミリアちゃん。王太子殿も。』
「主様…?」
「お父様っ!?」
その声はどう聞いても、先程の湖の主様だ。
私の言葉を聞いて、ヒルデ様が立ち上がる。
今度は私も同時に立ちあがり、椅子と共に転倒というヘマはしない!
それよりも、主様の先程の発言が気になる。
「あの…遅かった…とは?」
『あぁ。秘薬の効果が定着したのだよ。娘はもう、泡になる事は無い。
相手が天に召されるまで薬の効果は定着するよ。』
「え…え!!!」
「紛らわしいですわ…主様…。天に召されるまで…?」
『そう。まぁ、秘薬の効果は良い結果でもダメな結末でも1カ月しかないからね。
愛の言葉を囁いてくれた相手がいなくなっても、そのうち変化を覚えたら人としても生きていけるよ。
何を驚いているの、ヒルデ?
何と心地よい、真実の愛だろうな。
娘をよろしく頼むよ?ショーン・グリーン君。』
「はい!よろしくお願いいたします!主様。」
『よいよい。お父さんと呼んでくれ。
君達はまだ後何年程学園で学ぶんだい?』
「あと4年ですわ、主様。」
『ふむ。ならば、ヒルデは、こちらでの嫁のしきたりを4年の間に学ぶがいいよ。』
「で、ですが…人は…」
『何を言ってるの?分かってた事だし、僕はキチンと説明何度もしたよね?』
途端に声音が冷たくなる主様。
やはり、人と暮らす事には持論があるのだろう。
ヒルデ様はビクビクしながら小さな声で「はい。」と答えた。
その返事を聞いて、主様は満足したのか、ニッコリと美しく笑い、ヒルデ様を一撫でした後、静かに湖の方へ帰って行った。
「あの!明日もここへ来ていいですか…?」
「え!?」
「突然こんな事になって戸惑われていると思います!
でも、また、すぐに僕らは学園に帰らなければならなくなります。
可能な限りここに通って、僕の事を知って欲しいです。
そして、貴女の事をもっと知りたい…ダメですか?」
「あ…あの…えと…」
ニヨニヨと初々しい二人を眺めていると、横から小脇をつつかれる。
ん?と振り返ると、殿下が「野暮だぞ!」と小声で離れるように促す。
二人で、そーっと離れながら、ミィタを探さないと、と考える。
「エミリア嬢はどうする?」
「え?」
「ショーンを置いて帰る訳にもいかないだろう。
もう少し時間がかかるだろうし、何をして待つ?」
「あぁ、私、ミィタを探そうと思います。」
「おぉ、そう言えば、聖獣殿を探さねばな。手伝うよ。」
「ありがとうございます。」
そうして、牧場で私と殿下は日が沈んで辺りが見えなくなるまで、ミィタを探したのだった。
時は過ぎ、今はもう牧場で所々焚かれている照明光で見える以外の所は、すっかり闇に沈んでしまっている。
そんな牧場の穏やかな夕闇の中、似つかわしくないボロボロの二つの人影。
先ほどから、ちょろちょろと、あちらのウシの背に登ったり、こちらの木のうろを覗き込んだりとせわしない。
「はぁー…はぁー…見つかったか?エミリア嬢…?」
「居りませんわ…ぜー…はー…ディーン様…」
『お前らは…さっきから何をしとるんじゃ?』
「ミィタ!!」
「聖獣様!!」
私と殿下が、ミィタに飛びついてギューっと奪い合うように抱きしめ、淑女としては失格だが涙を流して喜んだ事は、致し方ないだろう!
殿下もうっすらと目に涙を溜めて、微かに震えていた事は黙っててやろうと思う。
それが友情!!多分!
その後、私達を探しに来たショーン様と合流し、再び馬とミィタに跨り、今夜の御宿である温泉に帰った。
皆はもう夕飯を終えて、各々自由に過ごしており、私達は3人で、食堂で夕食をとる。
ミィタもテーブルに座っていつものように食べている。
給仕をしてくれるのは各々の侍従で、久々に私はファーブに会った気がする。
「ありがとう。ファーブ。」
「いえ。御無事で安心いたしました。」
「ウフフっ!ファーブが頼もしくて嬉しいですわ。」
肩をすくめた侍従を眺めた。




