おっちょこちょいの人魚姫
ささっと、ボートと自分達に浄化の魔法をかける。
泥汚れが消えたボートを乗り場に返し、早足で牧場へと向かう。
「馬を借りるか。」
「はい。」
『エミリアはワシに乗れ。』
「はい。分かりましたわ。」
二頭の馬に跨った男性陣とミィタに跨った私は、広い草原を駆っていた。
真ん中を馬で走っていたショーン様が、地図を見ながら声を張り上げる。
「もっと南だそうです。」
「お兄様に連絡鳥を飛ばしておきましたわ!気をつけるようにとの伝言ですわ!」
「わかった。ありがとう!ショーン!エミリア嬢!」
そうして辿りついた牧場には、ウシとトラを足して、水牛をかけた様な巨大な生物が、地響きを立てながら、のんびり草を食み、それらの間をチョロチョロとチワワのようなサイズの真っ白な毛玉が走り回っていた。
「まぁ!可愛い!なんですの?あの毛玉!」
「何って、羊だろう?」
「羊!?アレが!?」
愕然として固まってしまった。
アンゴラウサギとかそんなものだと思っていた。
柵の外側から、とりあえず人の気配を探ってみるが、ウシ?とりあえずでっかい動物のお陰で死角が多くて人影が見えない。
「もし~もし~どなたかおられませんか?」
「お~い!誰かいないか?」
「こんにちは~!どなたかおられませんか!?」
三人三様に叫んでみる。
暫く柵の外を回りながら叫んでいると、牛舎?厩舎?のような巨大な建物の方から、返事が聞こえた様な気がした。
「はーい。どちら様ですか?」
出てきたのは、綺麗な20代前半くらいの女性。
色白で、大きな眼に少し魚っぽさを感じるが、バシバシのまつ毛、形の良い鼻、上品な口元は、どこをとっても美女だ。
すらっと高い背に綺麗な黄色の毛をポニーテールに高い位置で括り、三叉のような藁を掻く道具を肩に担いだ、力強い女性が私達の目の前まで走ってきてくれた。
ビキッと固まったような音がしたのでそちらへ目を向けると、ショーン様が真っ赤な顔をして直立不動になっていた。
私、人が恋に落ちた瞬間を目撃してしまったわ…
少しの興奮と、多大な好奇心でワクワクしながら女性が柵の門の前まで近寄ってくるのを待つ。
「初めまして、私は王太子のディートリヒ・ハインツ・ヴィケルカールと申します。
あの、ここに湖の主の娘様が居られると聞いたのですが。」
「あぁ、私ですわ。初めまして、王太子殿下。私、ブリューヒルデと申します。
ヒルデとお呼びください。」
「ぼ、僕、ショーン・グリーンと申します。」
「私はエミリア・バイオレットですわ。」
『ミィタじゃ。』
「まぁ、御丁寧にありがとうございます。こちらへどうぞ?ベンチがございますので。」
コレもセーフか?
ストロウ先生がセーフなら、もう大抵はセーフな気がした。
テーブルを挟んで2脚あるベンチに私、ヒルデ様と並び、向かいあって殿下とショーン様が並んで座られる。
私の前にはショーン様が居るが、彼の視線は彼女に釘付けで、私はそれを観察し放題で実は楽しい。
「お父様から、貴女のお話を聞きました。主様の秘薬で人になっているとか?」
「えぇ。一度お父様から離れて婚活がしたかったの!」
「まぁ、命がけの婚活ですのね!」
「え?」
「え゛!?」
キャッと赤い頬を、少し水かきの見える手で覆う姿は若い女性らしく可愛らしい。
だが、私の言葉を聞いて固まるヒルデ様。
あれ?私なんか間違った事言った…?
「では、その薬の副作用で、今日の満月が昇るまでに真実の愛の言葉を聞かなければ、泡となって消えてしまうという話は…?」
「は?え?な?えぇぇぇぇぇええぇぇぇ!?」
ヒルデ様が驚きと共に立ちあがり、ガッターンと立ち上がった拍子に、ひざ裏でベンチを倒してくれたため、私、思いっきり綺麗に倒れて後頭部を打ちましたとも。
淑女たるものどんな時でも落ち着いて、動揺を見せないというマリア先生の教えは守る。
バックンバックンと高鳴る心臓をソッと抑えて、シレーっとベンチを立てて、何事も無かったかのように座りなおす。
後頭部を打った割には痛みも眩暈も感じない為、私死ぬ!?と一人でドキドキしていたが、ふとこけた所を見ると、フッカフカのクッションが牧場の外というシチュエーションに似合わぬ、高級感を放って地面に鎮座していた。
???
まぁ、いっか。
気遣わしげな視線は、感じない。
どれほど目の前から二対感じていたとしても、知らない。
意地でも!!
「あ、あの!げ、解毒薬を飲めば、大丈夫なのです!」
「解毒…?なぁんだ!そうだったの!?心配して損しちゃった!」
「これですわ。」
デデーンと、湖の主様から預かった瓶を取り出す。
「うげ!」
「まぁ、そうなるだろうな…」
ヒルデ様のカエルがひしゃげた様な声を聞いて、殿下が納得したように頷く。
「ヒルデちゃん?お客様かい?」
「あ!キューズさん!」
「紅茶を持ってきたよ。あ。どうぞごゆっくり。仕事は僕がやっておくからね。」
「あ!ごめんなさい。ありがとうございます。」
優しげな声に振り返ると、そこには、少し離れた一重の小さなたれ目に、口角が上がった分厚い唇の大きな口、低い鼻にちょろっと生えた髭が誰かさんを彷彿とさせる容姿の青年が、紅茶を持って立っていた。
お礼を言って紅茶を受け取ると、彼はそのままヒルデ様の三叉を拾って、落ちたままのクッションに、ん?の顔をした後、牛舎の方に去っていった。
私たちのもの言いたげな様子に小首をかしげるヒルデ様。
「…ん?」
『奴にそっくりじゃな。』
「湖の主様ですわ…」
「そうなの!可愛いでしょ!?」
「え、という事は、もう…?」
ショーン様が尋ねた途端に、ヒルデ様の顔がショボーンと暗くなってしまった。
ワタワタするショーン様を面白げに眺める私とミィタ。
何にも気が付いていない殿下は、興味深げに眺めるが、特に何も口に出さない。
「ううん。彼が可愛くて秘薬を使って人間になって追いかけてきたのに、彼には相愛の幼馴染が隣の牧場に居て、結婚の約束もしてるんだって…」
瞳を潤ませて、そんな話をしょぼくれた顔でするヒルデ様は、恋に傷ついた乙女だった。
ってか、美女と野獣ならぬ、美女とナマズ…しかも、美女振られる。
現実は厳しいね。
「では、薬を飲んで、湖に戻っていただけますか?」
「でも、ここでの仕事も慣れてきたし…責任もあるし。ってか、コレを飲むのよ…?」
「あ~まぁ…」
「はぁ~どうしよう…」
乙女はとうとう頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。
まぁ、天秤にかけると難しいのは分かる気がする。
辞めるにしても、ちゃんと引き継ぎとか後任を捜すとかしないと、大変なのは残されたナマズQだものね…




