面倒くさそうな予感
その週末が終わった後。
親睦を深める旅行のために、私達は馬車にのんびり揺られている。
豪奢な馬車は、しかし、大きさが通常のソレとは比べ物にならない程大きく、馬5頭で引く前世のバスのようになっていた。
のんびりと進むバスに揺られて、膝の上のミィタを撫でつつ、窓の外の景色から決して視線を外さない。
そう、たとえどれほど目の前の席から視線が突き刺さっていようとも!!
「試験では、負けましたが、これからは負けませんわよ!」
ビッシーっと私を指さして、負け惜しみを叫ぶアリアネス侯爵令嬢。
「いい天気ですわね。」
『あぁ。のんびり出来るの。』
「これから、何処へ向かうのかしら?」
『確か、ヴィケルカール高原へ行くらしいな。ファーブが言っておった。』
「あぁ、確か、ファーブ達侍従や侍女達は、先にあちらへ向かって準備をしているんでしたっけ?」
『あぁ。』
「何だか旅行というより、学園の位置を高原にまんま移しただけのような気がいたしますわ。」
『そうじゃな。』
すぐに到着した高原で、バスから降りて思い切り伸びをする。
「どうでした?エミリア様?」
「あら、ライトブルー先輩。とても気持ちのいい旅程でしたわ。」
「それは良かった。ここは、温泉や花畑、牧場など、親睦を深めて皆で楽しむのにとてもいい場所です。エミリア様に気に入っていただけてとても嬉しいです。」
「まぁ!温泉もありますの?」
「えぇ。体の隅々まで艶々のピカピカになり、お肌もツルツルになりますよ。」
「それは楽しみですわ!」
「フフッ。では、ごゆっくり。」
「ありがとうございます。」
その様子をにやりと笑って見ていたブルーラング先輩の姿が、遠くのバスの近くに見えた気がした。
深くは考えない。
「おーい。エミリア嬢!」
「はい?あら?ディーン様、ショーン様。」
「私達はこれから、湖で釣りをするのだが、エミリア嬢もどうだい?」
「まぁ、楽しそうですわね!ご一緒しますわ。」
ニコニコと、迎えてくれたショーン様にエスコートされて、白くて頑丈な大きめの手漕ぎボートの乗り場へ来た。
釣り竿を二本と、日傘を一本、そして、ボートを一艘借りて、湖へと漕ぎだした。
暫くのんびりした時間を過ごす。
上級生の女生徒や、他の男子生徒なども小舟で湖に漕ぎだしているため、湖の上でも所々に人影が見える。
透明度の高い水で指先を濡らし、ミィタの鼻先にチョンとつける。
『ふむ。綺麗な水だな。』
「フフッ。美味しいですか?」
『あぁ、ココには主が居りそうじゃな。』
「ヌシ様ですの?」
『あぁ。このような澄んだ気持ちのいい湖には、この水質を守る聖獣が大抵居るな。』
「へぇ。」
その時、ボートがグラッと揺れて、おおっとという殿下の声が聞こえ、ザザブンと水音がなった後、ビチビチと水を弾く音と共に足元に黒い塊が投げ込まれた。
「ひゃぁ。」
『ん?』
「「おぉ!!」」
塊に目を向けると、そこにいたのはでっかいナマズ。
ボートの半分程の大きさで、泥にまみれたナマズが跳ねる度に細かな泥が飛んでくる。
皆、泥だらけになりながら、現状を把握しようと、目を凝らす。
他のボートの方がパニックになっているようで、ギャーギャーと女性陣の煩い声が、風に乗って聞こえてくる。
「ナマズですわ!」
「おぉ!私が釣ったのか?」
「いや、僕にはナマズが自らボートに飛び乗ってきたように見えましたけど…」
「そんなバカな。」
「このナマズ、泥でよく分かりませんが、黄色ではございません…?」
『黄色いナマズじゃと…?おい!王子と緑!すぐにこ奴を水に戻せ!』
「え?」
「…みどり……。」
『早くせんかっ!』
「「は、はいっ!」」
そうして、二人でボートがひっくり返らないよう、素早く、しかし慎重にナマズをボートの縁へ押し上げて、湖へと落とす。
「重たかった…」
「ヌルヌルしました…」
二人が泥だらけの手を見ながら呟く。
茫然としている姿を横目に、なるべく泥の付いていない縁からそーっと湖を見下ろした。
「ひゃぁ!」
「エミリア様!」
「エミリア嬢!」
私の影が水面に映るだろうと思っていたのに、目の前にあったのは、黄色い大きな口。
ヌルっと艶やかな長い髭が水面をたゆたう姿は優美でしなやか…だが、如何せん、ナマズ。
二人が駆け付けてくれるのと、ミィタが大型犬サイズになって、水面を見下ろし話しかけたのがほぼ同時だった。
『久しいの。水の主よ。』
『そう言う君は珍しいね。人の子と共に居るとは聞いてたけど、見慣れないね。花の。』
『ふっ。今はミィタじゃ。』
『へぇ!名を貰ったの?羨ましいね。』
『フッ!羨ましかろう!』
『ぐぅ。相変わらずだね!ミィタ!』
『ふん。何とでも言え。こっちがワシの可愛いエミリアじゃ。』
「お初にお目にかかります。湖の主様。エミリア・バイオレットと申します。」
『ホウホウ。これは、心地の良い魔力を持ってるね。僕はこの湖の主だよ。』
「はい。主様。ところで、どうしてボートに飛び乗られたのですか?」
『あ!そうだった。ミィタが余計な話をするから忘れちゃってた。
すまないが人の子達よ。僕の娘を救ってくれないかな…?』
「娘様…ですか?」
『えぇ。牧場の息子に惚れたとか言って、一月前僕の秘薬を盗んで人に化けて、湖を飛び出して行っちゃったんだ。
その秘薬がね、人に化けて一月後の満月が上がる前に、男の真実の愛の言葉を受けなければ、泡になって消えてしまう超危険な薬なんだよ。
泡になりたくなければ、この解毒薬を今宵の満月が昇る前に飲まさなくちゃならなくてね。』
そう言って、主様が差しだしたのは、器用に髭に絡みつかせて持ち上げていた、泥水のような液体が入った瓶。
「コレを…?」
『あぁ。あの子の恋が実りそうにない場合。月が昇る前に飲ませてやって欲しいんだ。』
『ややこしい事を頼みおって。』
『なぁに、タダでとは言わないよ。娘が、月が昇った後も生きていれば、僕がこの国の聖獣として末永く見守ってあげるよ。』
「誠ですか!?」
『ん?君は?』
「あ、申し遅れました。私は、この国の王太子、ディートリヒ・ハインツ・ヴィケルカールと申します。」
「グリーン公爵家二男のショーンと申します。」
『ふむ。じゃ、君らに頼もうかな。僕の娘をよろしく頼むね。』
こうして、何だかやる気に満ちた殿下と、少し青ざめているが笑顔は崩さないショーン様、そして、私の3人と一匹で牧場に行く事になった。




