誤解が生まれる
変な人に絡まれてしまった。
リョーマ・ブルーラング…
ブルーラング…?公爵家か!?
今更ながらに相手が誰か思い至って、彼と政略結婚だけは無いように父にお願いしとかないと…と考えた。
あり得ない事ではない。
家格が釣り合う家に…というのは普通の事だと、マリア先生も事あるごとに言っていた。
せめて、相性がいい人が良いなぁ~
ブルーラング先輩は何か怖いから嫌だなぁ~
解剖されちゃいそう・・・
我が家は特に、今はそれほど逼迫している訳でも、経済が停滞している訳でもない。
昨日届いたアントンからの手紙によれば、城下で出したうどん屋が大盛況で、旅人や商人によって、他領にも噂が広がり、色々な領からも客が来ているとの報告があった。
そのため、今までの常連さんが店に入れなくなっている現状もある…と。
私は、少し麺を固めに茹で上げてテイクアウトや、宅配をしてはどうだろうか…と、対応策を練った返事を出しておいた。
それに伴って、バイトを雇うようにとも。
できれば、スラムなどの貧困層の子たちに仕事を与えたいが、彼らは私のアイデアにより、町の掃除人として日々美化活動に取り組んで、代わりにご飯や服、現金などの賃金を得るようになっている。
しかし、もう少し計算ができなければ商売の手伝いはさせられないため、現在鋭意教育中だ。
おおっと、話がずれた。
まぁ、そんな事情もあり、今は特に政略的に結びつかなければならない家も無い為、私達兄妹は、比較的自由にさせてもらっているのが現状だが、これから先はどうなるか分からないため、油断もできない。
まぁ、今考えても仕方ない。
私はさっさと式典が行われる講堂に足を向けた。
広い講堂には、一人掛けのソファのようなフカフカの椅子が広い間隔をあけて、たくさん並んでいた。
わぁー・・・おっかねっもち~・・・
一人掛けソファ、一人一つて・・・。
長椅子じゃないんだね・・・木の硬い・・・古くなってネジとか緩くなったら時々突然落ちるアレじゃないんだね。
行動の入り口に入り、ぼんやりと見渡していた私の後ろから、声が聞こえた。
振り返ると、白い詰襟の制服姿も良く似合う、ディーン殿下の凛々しい姿が目に入った。
やっぱ、制服着ると男の子感が増すよね~。
「おや?エミリア嬢。久しぶりだね。
同じ学園の寮に入っていても、なかなか会わないんだね。」
「あら、ディーン殿下。おはようございます。ご入学おめでとうございます。」
「うん。ありがとう。エミリア嬢もおめでとう。
ところで、殿下はやめてくれないだろうか?ここでは私も一人の生徒だ。」
「分かりましたわ。ディーン様。」
「うん。ありがとう。」
「おはようござい・・・どうして!?
エミリアは、ワインレッドの派手なドレスを着てくるんじゃなかったの!?」
ふと視線をリリーの声がしたほうに向けると、ディーン様の腕に絡みつくようにしなだれかかっている、ゴージャスなシャンパンゴールドの少しケバいドレスに身を包んだ、可愛らしい顔立ちのリリーがいた。
うん。チグハグ…
どうしよう?教えてあげた方が良いかな…?
固まっていると、リリーが、私の方にぐいぐいと歩みを進めてくる。
つつましやかな胸元が、夜会のドレスから今にも見えそうで、ハラハラしてしまう。
どう見ても、顔だけが浮いている。
どうせ着るなら、キチンとドレスにあわせてお化粧をしないと、悪い意味で、ドレスからも、周りからも浮きまくっている。
「え…と、ワインレッド…あぁ、朝からファーブが用意してくれましたが、私はまだ学科を決めかねておりますので、制服でよろしいかと…」
そう言って、チラッと講堂内を見渡すと、色とりどりのドレスに身を包んだご令嬢方がこちらをジッと見つめているのが見えた。
彼女らは、派手なドレスにあわせて、夜会用?と思うような、ヅカのお姉様のようなメイクをして、頭上には皆、鳥か何かのようにドレスの色に合わせた派手な羽飾りや大きなリボン、日差しどころか弓矢でも遮れそうな巨大な帽子を被っているご令嬢もいた。
「はぁ?ドレスを似合って無いってこき下ろす存在がいないと…イベントが…」
ブツブツと何か言っているリリーから視線をそらしてソッと距離を取ると、同じように少し距離を取っているディーン様と目があった。
ソッとですよ。
わかった。
アイコンタクトと会釈で会話を成立させ、二人で距離を取っていく。
一歩、一歩ともう少しで席を探せる!というところまで距離を置く事が出来て、油断していたのだろう。
「ちょっと!そこの金色の貴女!邪魔ですわよ!?
それに、なぁに?そのダッサイ格好。近寄らないでくださいます?
貴女に着られるドレスも可哀想ですわね。着こなせないのならば、ドレスを着る資格はございませんわよ?」
今までの、私とディーン様の苦労と距離を返せーーーーー!!!!!
と突っ込んでしまいそうになりながら、ディーン様と同時にビックゥーンと飛びあがらんばかりに驚いて、視線を向けてしまった。
そこには、目がチカチカする程の、鮮やかな原色のドレスを身に纏った貴族の女性が立っていた。
いや、女性というのだろうか?多分、声の感じからして若い…?新入生な気がする。
それこそ蛍光色というべきか、前世の受験にお役立ちアイテムであったラインマーカーのような、直視するのも難しい、赤青黄色のドレスを着た三人娘。
頭の上にも、それぞれ、染めてんの!?天然でそんな鳥いる!?というような色味の原色、赤青黄色の鳥の・・・多分尾羽の飾りを高々と頂いている三人の内、中央に立つ蛍光レッドが、一歩前に進み出て、リリーを罵倒している。
横のディ…(もう面倒だな、口に出す時以外は殿下で良いや!)殿下も、彼女達のドレスが目にしみるのか、目をシパシパさせながら様子を見ている。
「あらぁ…あんなに言っては…」
「ん?何かあるのか…?」
私の独り言に、殿下の返事が入る。
「いやぁ…多分、リリーが…喜ぶ…」
「よろこ!?」
バッと風が起こりそうな程すばやく、リリーの顔を見た殿下は顔を引き攣らせた。
正面から見ると、掌で口を覆っているため、泣きそうに涙が盛り上がった目を大きく開けて、悲劇のヒロインのように見えているだろうが…
残念。
私と殿下のいる、横から見ると、リリーのニヤリとつり上がった口角が丸見えだ。
「あぁ…なら、わざわざ間に入るのも野暮…」
「何をしている?」
殿下の声を遮るように、入り口に差した影の主の声が響く。
見ると、ファルがキチンと制服を着こなして怪訝な顔をして立っている。
あれって、目がシパシパしてる顔って訳じゃないよね?
少し不機嫌そうな顔を隠しもせず、蛍光信号トリオの後ろで小魚…じゃなかった、小動物のようにプルプル震えるリリーを一瞥する。
何故か、リリーの方が一瞬不機嫌そうになり、チラッと周りを見渡して、殿下を見つめたが、殿下が動く気配がないのを見てとったのか、リリーは素早くファルの下へ駆け出し、その腕に絡みつくようにしがみ付いた。
ほら、邪魔に入ったから…
良かった。止めに入らなくて…
私の納得の声と、殿下のホッと思わず吐き出した呟きが重なり、二人で視線を交わした。
「で…ディーン様、クラスは?」
「あ、あぁ。私はAだ。エミリア嬢は?」
「私も、Aですわ。」
「あぁ、エスコートさせてもらっても?」
「まぁ!ありがとうございます。」
差し出された腕にソッと手を添えて、まだ、入り口付近でマゴマゴゴタゴタしている、信号トリオと双子を残して、とばっちりが飛んでくる前に、さっさと私と殿下は、颯爽とその場を辞した。