入学式
寮の生活にも慣れてきた。
前世の記憶がありそこそこの事は自分でなんでも出来るし、ファーブも同室に居るためそこまで心配はしていなかったが、初日は他の人程ではないだろうが、それでも少しは私も大変だった。
寮の部屋は、家柄によってランクがあった。
4階建ての寮で、一番下から、サロンや、食堂、寮母さんの待機する部屋がある。
2階は、平民、男爵、子爵位の爵位の方が使用する10畳ほどのワンルーム。
まぁ、風呂トイレは別らしいが、少し広めのワンルームタイプで私も多分こちらの部屋の方が、馴染みがあると思った。
3階は、伯爵、侯爵辺りの令嬢が入寮されている。
ここは、2階よりもう少し広くて、二部屋続きとなり、お付きの人用の部屋として使用する事が出来る。
そうして、ここ4階。
公爵や王族などの限られた令嬢しか使用しないこの部屋は、もう必要ないんじゃないかなって程、衣装部屋やキッチンまで完備し、書斎まである。
部屋自体は、今世の屋敷の自室と大して広さは変わらないが、持ってきた物が少なくてガランとしているため、物寂しさが漂う。
まぁ、要はホームシックです。
書類が出来上がり、部屋に入ると、あらかじめ送っておいた、行事用のドレスや、制服などがそこそこに詰まった衣装部屋や、ガランとしたベッドルームに入った瞬間に、今までお父様やお母様に構われ倒されて、部屋にいても、父母の大騒動が耳に付く環境に居たのに、どこを見ても実家とは違い、耳を澄ましても物音がしないこの環境が、急にとても物寂しいものに感じられた。
「ミィタ…」
『撫でて良いぞ…』
「ありがとう。」
リビングスペースの椅子に座り、ぼんやりと窓の外を眺めていると、膝に乗ってきた子猫姿のミィタが頭を擦り寄せて来る。
彼の柔らかな毛並みを堪能しつつ、ファーブが淹れてくれた柔らかな甘みの紅茶を味わう。
「明日は散歩に行きましょうね?」
「はい。」
『おう。』
暮れゆく窓の外の景色を眺めて、感傷に浸ったりしてみた。
まぁ、この年になって恥ずかしい思い出ですな。
切り替えていこ~!!
という訳で、今日はそれから1週間経ちまして、あの後は別に、毎日散歩に繰り出したけれど、誰に会う事もなく…
何なら、皆に避けられてるのかと思う程、遠くに人影が見えても、近寄っていくと悉く誰もいない。
コレって・・・ボッチな予感・・・?
そんな若干の不安を覚えて臨んだ入学式。
「お嬢様?ドレスは・・・?」
「え?入学式でしょう?制服ではないの・・・?」
朝、着替えのために部屋にいた私に、華やかなワインレッドのドレスを抱えたファーブが、控えめなノックと共に入ってきた。
瞬間に、制服に袖を通した私を見て言葉を失うファーブに、中々珍しい姿が見れた、と思った。
「貴族の、特に淑女科の生徒の方は、制服ではなくドレス着用が恒例のようなものなのですが・・・」
「あら、でも、専攻が別れるのは二年後で、最初の二年は皆同じ一般教養を学ぶのでしょう?
それに私、魔法科も面白そうだと思っているのですけれど・・・」
「なっ!?しかし、今年の入学式は王太子殿下もおられるため、侍女科の生徒ですら簡素なドレスで出席するらしいと…」
「まぁ…王太子妃になりたい方は大変ですのね。」
『ほぉ?エミリアは、本気で王太子妃にはならんのか?』
「えぇ?そんな打診もございませんし、不敬ですわよ?」
フフフッと上品に笑いながら、制服のリボンを丁寧に括る。
白いセーラー服に、上品な光沢のある赤いリボン。
スカートはひざ丈と、この世界でははしたないとされる程の長さではあるが、前世では太ももまで丸出しだった私からしてみたら、どって事もない。
「髪は私にお任せ下さい。」
「フフッ。よろしくお願いしますわ。」
『ワシも行く!』
「えぇ!?でも、いいのでしょうか?」
「一応、聖獣様の意思は最優先で尊重される、と規約には記述されていました。」
「なら大丈夫ですわね。肩に乗っていていただけます?
今日はカバンを持つので、両手は開けておきたいのですわ。」
『おう!分かった!』
「カバンですか!?それなら私が!!」
「いいのよ!このかばん、見た目は何の変哲もないカバンでしょう?」
「…はい。」
「でもね、お父様に借りた魔法の本を読んでいたら見つけた、空間拡張の魔法をかけたのよ!!」
「空間拡張ですか!?」
「ええ!その機能の付いたカバンを買うと高いでしょう?だから、作ってみたの!」
『ほぅ?相変わらず、エミリアは見ていて飽きんな。』
「お嬢様・・・」
「ん?ですから、重さなど感じない程軽いのですよ!あとでファーブの分も作りますわ!」
「…ありがとうございます。わかりました。私は式の間、後ろで旦那様、奥様と共に見ておりますので。」
「えぇ。と言っても、私も見ているだけなのですけれどもね?行ってきますわ。」
「いってらっしゃいませ。」
雑談を交わしながらも、手早く髪をハーフアップにまとめてくれるファーブに感謝しつつ、カバンに筆記用具やハンカチなどを入れて、部屋を出た。
学園の入り口にお兄様の姿が見えた。
今日は、キチンとした正装で、髭も綺麗に整えられ、父よりも少しワイルドな感じのイケメンになっている兄に、挨拶をすると、一瞬目を見開いて驚いたように見えた後、ニカッと豪快な笑顔で、迎えてくれた。
「ほぉ?女生徒は、ほぼ全員、ドレス姿だったのに、お前はやはり面白いな!エミリア。」
「お久しぶりですお兄様。今年は淑女科が多いのでしょうか?
私はまだ学科を悩んでおりますので、制服で十分ですわ。」
にっこりとほほ笑んで受付のテーブルまで案内され、クラスを告げられた。
「エミリア・バイオレット。Aだ。おめでとう!」
「ありがとうございます。」
受付に座っていた、真っ赤な髪と瞳の炎のような男性が、祝辞と共に紫の花を贈ってくれる。
赤い獅子を思わせるように鬣のような髪を遊ばせて、少しつりあがった眦に、薄い眉。
整った顔立ちで、前世で言うところのちょっと不良っぽい雰囲気を纏わせていた先輩が、大きな口を盛大に開いて笑うと、途端に悪戯っ子のように可愛くなる。
濃紺の詰襟に金の装飾や飾り紐のついた制服を着用している。
良く似合っているが、どう見ても騎士科の先輩のように感じる。
彼の横からも、おめでとうと女性にしては低く、男性にしては高い優しげな声が聞こえてそちらを見ると、淡い水色の瞳と髪をしたショートカットの女の子のような?男?と分からない人が座って、こちらを見てニコニコしている。
彼?彼女?の着ている制服は、濃い焦げ茶のブレザーに濃い臙脂色のネクタイ。
普通のブレザーで、前世の制服に一番近く感じる。
何科かはよく分からないが、文官科だろうか?
二人にお礼を言って、その花を胸のポケットに挿し、マジマジと見つめる。
ラングの花に見立ててあるこの花は、ラングの花にそっくりだが香りが違う。
「この花は何の花かしら?ラングの花によく似ていますけれど・・・」
「へぇ?君、この花がラングではないって分かるんだ!」
横から声をかけられて、驚いてそちらを見ると、優しげな顔で微笑んでいる深い青の髪と瞳を持ったひょろりと背の高い男性が、私を見下ろしていた。
ローブのようなマントのような少し長めのダークグリーンの制服を纏っている姿はどこからどう見ても魔法使いだ。
細められたのか、細いのか良く分からないが、深いブルーの瞳は笑っていないのに三日月のようで、整った顔の右側に、長い髪が川のように流れている。
ゾクッと本能で及び腰になるが、綺麗な顔立ちとその深い色合いに目を惹かれた。
「あら、海の様ですわね…」
「ん?あぁ、ありがとう。で?どうして分かったの?その花がラングじゃないって。」
「え?あぁ、香りですわ。
本物のラングの花は、何処までも包み込むような優しい匂いですが、この花の香りにはどこか金属の様に尖った匂いが混じっておりますの。」
「へぇ!そうだったんだ。
やっぱりどっかちがうと思ったんだけど、何処って具体的に言える奴が誰もいなかったから…」
「そうですの?」
「あぁ。あ、そうそう、この花はね、ラングコピーって言って、俺達魔法科の生徒が、ラングの花を元にコピーして、作りだしたモノなんだよ!
コレが成功すれば、国民が魔物に怯える必要がなくなるからね。」
「まぁ、素晴らしい研究ですわね。」
「あぁ、そうだ。初めまして。エミリア・バイオレット嬢。
僕は、魔法科3年のリョーマ・ブルーラングだ。
制服を着ているって事は、まだ、魔法科に勧誘は間に合うかな?」
「まぁ、えぇ。これから二年かけてじっくりと考えていきたいと思ってますわ。」
「へぇ?それは面白い。
聖獣様と聖女様を是非ともじっくり研究させてもらいたいものだね。
これから、二年間じっくり口説かせてもらう事にするよ。」
『こ奴も面白いの・・・』
「な…えと、失礼いたしますっ。」
あからさまに、モルモットにされる雰囲気に本能的に逃げたくなる。
肩の上で、クツクツと喉を鳴らして笑いながら、ブルーラング先輩を眺めているミィタを撫でながら、さっさと逃げる私に追い打ちをかけるように、後ろからブルーラング先輩が笑う声が聞こえた。