タイミング悪いヒロイン
コンコン
何故か一瞬静かになったタイミングで、ちょうど誰かが入室の許可をとってきた。
誰も動かず、何故か皆が固唾をのんで扉を見つめる中、扉がそうっと開かれる。
扉から入ってきたのは、美しい漆黒の髪を、金の蔦の形をした髪留めで、右下で一括りにして右肩に垂らしている、瞳も漆黒で、丸みを帯びたまだ柔らかな頬や、形の良い唇が、綺麗な形の目鼻立ちを踏まえると、キチッとした騎士服で体のラインが男性の物でも、美少女の様に見える少年。
従者について、部屋に入ってきた彼は、ドアを潜るとすぐに立ち止まり、キチッと一礼すると話し出した。
「邪魔する。ヴィケルカール王太子のディートリヒ・ハインツ・ヴィケルカールという。
今日から世話になるため、挨拶に来た。以後よろしく頼む。」
それだけ言うと、チラッと周りを一瞥し、従者についてそのまま出ていこうとするディートリヒ殿下。
「待って!ハインツ様!」
私の側から聞こえた、高い女性の声にこちらに気が付いたディートリヒ殿下は、私の髪を見て、何を思ったのかツカツカとこちらに向かって歩いてきた。
「貴女が聖女様ですか?」
「私は、エミリア・バイオレットでございます。
聖女様などと、私には勿体のうございます。
これから、同級生としてよろしくお願いいた…」
「私っ!私は、リリアーナ・イェローラングと申しますっ!
私も同級生になりますっ!よっ、よろしくおねがいいたしますっ!!」
私の言葉を遮って、自己紹介をしたリリーにビックリしてしまった。
同じく驚いている王太子やファーブなどを置いて、彼女はまたしても暴走しだす。
「お嬢様と一緒にお茶でもいかがですか?」
「えっと…」
「リリー?殿下はまだ、ご挨拶の途中で…」
「お嬢様が!!殿下とお話しなさりたいとおっしゃったので…私は…」
「えぇ!?」
目に涙をいっぱいためて、こちらに言い分を押しつける彼女に驚いてしまう。
「8歳の頃に、王子様とお話ししてみたい!と仰っていたではありませんか!」
「ぅえぇ?そ…そ~だったかしら…?」
そんな事もあっただろうか…?
一ヶ月間と短い間だったが、仲良くしようと最初は色々と話しかけた気もする。
「そうですよ!ですから、私、お嬢様のために!!」
「そ…そう。ありがとう。でも殿下もお忙しいでしょうし、私もご挨拶させていただいたので、もう十分よ…?」
「では、もう、私は打たれませんか?」
「えっ!?ぶっ…?」
「おいっ!リリー!いい加減にしろ!お嬢様がいつ!お前を害したと言うのだ!!」
「でも私!お嬢様に睨まれて!いつも怖くて…」
「こわっ!?」
自分の目付きが悪い事は自覚していたが、目付きだけで、話せば怒っていない事など分かるからと、私は幼い頃から愛想良く、を心がけていたが…
怖がらせていたのか…
素っ頓狂な声を出して、落ち込んでしまった私を慰めるためか、横にいた大型ミィタがスリスリと私の肩辺りに頬ずりする。
そんなミイタの頭を撫でつつ、しょぼんと落ち込む。
「あーまぁ、お茶でもいかがです?バイオレット公爵令嬢?」
「ありがとうございます。ヴィケルカール殿下。」
「ディートとお呼びください。親しい者はそう呼びます。」
「まぁ、ありがとうございます。では私もエミリアと…」
「私はリリーとお呼びくださいませ。」
「あ、あぁ。分かったよ。」
グイグイ来るリリーに引きながらも、流石王太子殿下は、引き攣ってはいるが笑って流してくれた。
モンティーニ先生が静かに傍に立ち、王太子殿下の分のお茶を茶器に注ぐ。
「ところで、エミリア嬢は、ラングの花で魔毒を浄化されたとか。
私は知らなかったのですが、ラングの花にそんな効果があるとどこで学ばれたのですか?」
「ミィタに教えていただいたのですわ、ディート様。」
「ミィタ?聖獣様ですか?」
「えぇ。私の髪も、その魔毒に侵されて、このような色になりました。
幸い、この色の変化のお陰で、ミィタが気付いて下さいまして、解毒の方法も教えていただきました。」
「それが、ラングの花だと。」
「えぇ。他にも、ラングの茎は魔物を滅し、根は魔族を惹きつけるらしいですわ。」
「へぇ。それは凄い。城の研究者も大喜びするだろう。」
「ふふっ、教えて差し上げて下さいませ。」
「あぁ、もっとラングの花が量産できるようになれば、魔物に怯える人々の救いになるのだがな。」
『そこは、己らで研究するが良い。』
ニヤッと笑ったミィタが、ディート様に笑いかける。
「勿論です!いつか、魔物に怯える人が居なくなるような世の中をつくりたいのです。」
ディート様は爽やかな笑顔で、ミィタに笑み返す。
二人のやり取りを微笑ましく見守っていると、さっきまで私の背後に立っていたはずのリリーが、私の目の前に立っていた。
「素敵です!ディート様!!私も微力ながらお手伝いさせていただきますわ!」
「リリアーナ・イェローラング!」
「え?」
リリーの声が聞こえた直後に、厳しい女性の怒りをこらえた声が聞こえた。
私も思わず声の主を捜すと、先程までにこやかにディート様にお茶を注いでいたモンティーニ先生が、額に青筋を立てて仁王立ちしていた。
「貴女は、先程から、淑女にも侍女にもあるまじきその態度!
私、淑女教育で教科を持たせていただいて、貴方程、鍛え甲斐のありそうな生徒には初めてお会いしましたわ!」
「あ、あれ?ヘレナ・モンティーニ・・・?」
「まぁ!私を御存じでして?」
「どうして!?ヘレナ先生は、ガンバリ屋でお淑やかなリリアーナには好意的で、攻略者の好感度上げに必要なスキル上げをスキップさせてくれたりする、お助けマン的な人なん、じゃない・・・の?」
「どちらのヘレナ様と勘違いなさっておいでなのかは存じ上げませんが、私も、頑張っている淑女の皆さんには優しいですわよ??」
私に向けられた訳でもないのに、額に青筋立てたおっそろしい形相で、静かに笑うモンティーニ先生が怖くて、チビリソウデス…
助けて!お兄様!!
そして、モンティーニ先生の鬼の形相を見ても、怯まず訳の分からん事を言い続ける、リリーの度胸に乾杯。
トントン。ガラッ
ノックの後、扉を開いて入ってきたのは、成長し8歳の頃より精悍さの増した顔立ちになったファルだった。
「失礼します。」
そう言って、立ちあがっている硬そうな漆黒の短髪を掻きあげて、周りを見渡し、私に目を留め、目を見開いた。
「お嬢…」
「ファル!!」
「あ!待ちなさい!リリアーナ・イェローラング!」
しかし、走って出口まで行ったリリーがファルの腕を掴んで走って逃げてしまっため、何かを言いかけたファルは、こちらを振り返りつつ出て行ってしまった。
「えーと…ま、まぁ、これから宜しくね。エミリア嬢。」
「え、えぇ。こちらこそよろしくお願いいたします。ディート様。」
こうして、入学前にお友達が出来ました。