再びあいまみえるヒロイン
何だか、結局、寮にはミィタに乗って、2日短縮して着いてしまった。
事務で手続きを済ませるというファーブに、暇だからとミィタと共にゴネて、ついていくことにした。
「普通のお嬢様は、カフェテリア辺りで時間を潰されますよ?」
『エミリアが事務に行けば浮くだろうが、ワタワタする事務員を見るのも一興。』
「ん~?今はそれほどお腹がすいている訳でもありませんし、これから過ごす学びやを、色々と見て回りたいのです!その色々には勿論、裏側を含むのですわ!」
『ほぉ?』
「では、参りますか。」
「はい。」
何となくで着いて来たが、カフェテリア以上のもてなしを受けた。
茶菓子がタワーになってありーの、どこから引っ張ってきたのかベテランの侍女様にキチッとした手順で、甘くない紅茶を入れてもらいーの、香りを楽しんでいる間に、適当に茶菓子をとりわけてもらいーの、エトセトラ…
この侍女様の手つきに見惚れてしまう。
指先まで優美に、繊細な手つきで入れるお茶はどこか芸術の様で。
ベテラン侍女様は、綺麗な濃紺色の髪を綺麗に結い上げ、上の方でお団子にしてあり、一筋の後れ毛も見当たらない。
綺麗にアイロンの当てられたお仕着せをピシッと着こなし、きつそうな顔立ちだが優しく微笑んでくれる容姿は、どこか母を思わせる。
母よりも大分若くて、歳的には兄の方が近いと思うのだが・・・
つられてホニャァッと笑う私のだらしない笑顔も受け入れてくれる包容力を感じる。
なーんかこのお茶、どっかで飲んだ事あるんだけど…
渋みと苦みが嫌みではなく、まろやかさが茶菓子の甘みをすっきりと引きたてて、それなのに、しつこい甘みを押し流し、仄かな後味を残してくれる。
前世…?
でも、色は紅茶だしなぁ~
お茶菓子も、こんなのすぐに用意できんの!?ってレベルで、大満足。
「お嬢様、お腹はそれほど空いていないとおっしゃってませんでしたか?」
「別腹ですわ!」
『なんじゃ?別腹とは…?』
「女の子が持ち合わせる、幸福の胃袋ですわ!」
『よう分からんが、面白いのぉ!』
「では、私はあちらで、書類に記入してまいります。」
「えぇ、お願いね。」
ファーブには呆れた眼差しで見られてから、あちらと指さした方へ歩いて行くのを見送る。
そこには数人の侍従の方達が、己のご主人の為に、せっせと書類に記入していた。
たまにチラチラと、こちらを見られるのは御愛嬌だろう。
愛想よくしておこ~っと。
ニコニコと笑みを送りながら、紅茶に視線を戻し、一口。
「おいしいですわ。それに、とても良い香り。」
「ありがとうございます。最近入手いたしました、アキツキの茶葉でございます。」
「まぁ!アキツキの!…あ!緑茶だわ!!」
「えぇ、お嬢様はご存知ですか?珍しい品で、ついこの前輸出が解禁になった品だとか。」
「はい!私、アキツキは、味噌や醤油を愛用するほど。やはり、味噌煮込みうどんは、世界に通じる食べ物であると思いますの!」
『見た目は悪いが、ウマいよな?ワシも、アキツキの飯は好きじゃ!』
「まぁ!聖獣様もアキツキのウドンなる食べ物が好物でいらっしゃるのですか?」
『おう!』
「でしたら、私、校長に掛け合いまして、そのミソニコミウドンというメニューをカフェテリアの新メニューに押しておきますわ。」
「まぁ!ありがとうございます!」
「申し遅れましたわ、私、この学校で、侍女科・淑女科の淑女教育の教鞭をとらせていただいております、ヘレナ・モンティーニと申します。」
「まぁ!先生でいらしたのですか!?申し訳ありません。エミリア・バイオレットと申します。
生徒の私が座って、先生を立たせるだなんて、知らぬ事とはいえ、無礼な振る舞いをお許しくださいませ。」
慌てて立ちあがって、淑女の礼を取る。
ふふっと笑い声が聞こえて、ソッと見上げると、モンティーニ先生が笑顔でこちらを見ていた。
「大丈夫ですわ。顔を上げてくださいまし。
慌てていても優雅な立ち居振る舞い、知らぬ侍女でも礼を欠かさない態度、私、感心いたしました。
ここに通われる、高位貴族の御令嬢方の中には、人を見下し、侍女を人として見ない様な方がたくさんおられる中で、流石は聖女様、事務員にも余所の侍従にも大らかに穏やかに接するその態度は、淑女として完璧でございます。」
「まぁ、そんな…ありがとうございます。」
『ウム。ウム。』
照れていると、後ろからドッシーンと何かがぶつかってきて、前に仰け反るように勢いよく転びそうになる。
「ひゃぁ!」
「きゃ!」
私の間抜けな声より、可愛い悲鳴を上げて、ぶつかってきた人が盛大に床に転がった。
私は、間一髪でファーブに抱えられ、巨大化したミィタのモフモフなお腹に包まれていた。
ソッと顔を二人の隙間から出して、様子を窺う。
事務室は、一瞬の静寂の後大騒ぎになっており、同じく一瞬放心していたモンティーニ先生は額に青筋を立てて、転がっている女の子を見ている。
「エミリア様!私の何が気に入らなかったのですか!?」
「え゛!?」
あ…しまった。
淑女教育の先生の前で、淑女らしからぬ声を上げてしまった。
「リリー…?」
「お前は何を言っている?」
私を抱きかかえて離さないファーブが、頭上から腰に響く良い声で、地獄の底から響くような怒りを乗せて囁く。
わー…ファーブめっちゃ怒ってる…
ってか、リリーは何を言っているの?
「えと…?」
「私、あれ程…誠心誠意お仕えしましたのに…ファルがエミリア様よりも私を選んだからって、6年もあんな辺鄙なところに追いやられて、私達がどれほど苦労したか分かってらっしゃるんですか!?」
「ん?私の記憶と、違う…?」
「だいたい、嫌がらせですか?ラングの花をあれ程摘んで帰ってきて!
あの花は王家の管理する大事な花なんです!
勝手に摘まれたら罪にもなるんですよ!?」
あら~??あらら?ちょっと意味が分からない・・・
疑問符が大量に頭の上に舞っている私を余所に、リリーの独り舞台は続いて行く。
「あの花を噴水に入れて、聖女になれば、エルリック様が興味を持って、入学式前に私に会いに来る予定だったのに…人のフラグまで勝手に折らないでよ!」
「フラグ…?」
「だいたい、エルリック様はどこなのよ!学園の噴水に見とれていたら、エルリック様が、魔物の毒に気をつけるようにって、注意してくれるのよ!?
そこで、ラングの花もありませんものね、って言うと、大笑いされて困った事があれば俺が助けてやるよ、って言ってもらえるのよ!!
なのに、噴水前で暫く待っていても、雑草抜いてる爺が、濡れるぞ~魔物の毒は無いとは思うが、水は時に危険じゃぞ!なんて、知ってるっての!って注意してくるし!!」
「ん~?」
「だ~か~ら!エルリック様は!?」
「お兄様??さぁ?今頃はお城…かしら?」
『うむ。夕方頃には着きそうじゃな。』
ガッツン!
「いったぁ~い!!」
「お前が、何故、エルリック様に、気にして頂けると思っている?」
ファーブが私を抱えていた手を離して、盛大にリリーに拳骨を落したらしい。
地獄の底から響くような、怒鳴ってもいないのに鳥肌が立つ声ってあるのね…
自分が怒られている訳でもないのに、身を竦めて、ミィタのフワッフワの胸の綿毛を握りしめる。