兄から見た真実
兄エルリック・ヴァイオレット:人間嫌いだと思われているが、実は突っ込み人生に疲れきった、ただの突っ込み属性。内側に入れた者にはとことん甘く、そんな所は両親に似ているが本人は気が付いていない、負けず嫌い。
「剃刀負け?」
「違う!」
しまった!ついうっかり突っ込んでしまってから、気が付いた。
ここ最近、穏やかに学園生活を送っていた。
主に、魔法学の先生は得体が知れなくて気味が悪い、という噂のお陰で人が遠巻きにしてくれて、煩わしい人間関係に疲れる事が無くなったのが、原因だという事は分かっている。
噂様々だ。
もともと、父親と母親の異常なラブラブっぷりに中てられていた俺は、学園生活で親元を離れ寮に入った時に、常々親に突っ込んでいたのはなんだったのかと思う程、穏やかな生活を手に入れて、今までに感じた事の無い幸福感を味わった。
突っ込みどころの満載な、ファータジオという幼馴染が居たには居たが、ジェームスと言う面倒見の良い奴に押し付けられたお陰で、俺は晴れて、突っ込み生活から足を洗う事に成功した。
だが別に、俺は両親が嫌いなわけでもないし、親の後を継がない訳でも無い。
ただ、今はまだまだ両親は若いし(最近になって弟も生まれたらしいしな…)、それ程急いで家に戻る必要もない。
俺は俺で、学園でまだまだ魔法学について研究したい事も残っている。
だから、暫く、我儘を聞いてもらって自由にさせてもらっているだけだ。
父親からの手紙で、妹の存在は知っていた。
何故会いに行かなかったかと言えば、別に興味が無かったからだ。
あの両親の事だから、また溺愛して育てているだろうし、帰ったら帰ったで、母親にくすぐったいを通り越して、無我の境地に達してしまう程の賛辞と、父親にはドロドロに溶かした砂糖よりまだ甘ったるい愛の賛歌を、良い美声で囁かれる事だろう。
想像だけで鳥肌が立つわ!
一度学園に入る前に、妹がどんな奴なのか見てやろうとは思っていた。
父親からの手紙には、妹が王太子に無理矢理妃候補に挙げられてしまうかもしれない!
望まない婚約を、成立させないように是非とも力を貸してくれ!と、書いてあった。
父親の贔屓目を差っ引いても、妃候補に挙げられてしまうかもしれないから護れ、とは、随分と妹は自信がある様だ。
父親から定期的に来る手紙からと、学園で見る女生徒達を合わせて導き出した人物像としては、甘やかされ、たまたま毛色が変わってしまって、聖女呼ばわりされ、花よ蝶よと持て囃されて、有頂天になって王太子妃の冠を欲しがる我儘女。だった。
だいたい、今年度、妹と共に入学してくる王太子の所為で、ここ数年の女生徒の数が激増し、コップ一杯の水を溜めるのに一日かかるような魔力量の雑魚が、王太子に見染められるかもと言うような希望的観測で入学してきたため、俺を始めとした見目の良い奴らは、そいつらの婚約者候補に勝手に名を連ねさせられ、大変に迷惑していた。
だいたい、魔力を持つ者は絶対入学と銘打ってはいても、そんな雑魚、城で魔導師として雇う事も出来ない為、普段、王族が通わない年代であれば、そんな魔力なら学園に通う方が恥ずかしい、と、入学しない者も多く居る。
そんな中で、魔力が多く、聖獣に食わせてやってまだ余る程の魔力を持っている、と言うだけで、基本的な入学問題はクリアしているとは思っていた。
だが、どれほどの魔力量を誇っていても、所詮は自分が選ばれるという思い上がりの強い奴なら護る程の価値もない。
しっかし…なんだこれ?
第一印象はこれだった。
たまたま、ジェームスとファータジオの奴が、民衆の暴動?(ではないか、暴走だな…)を抑えるために、馬車から離れた一瞬の隙をついて、ファーブを囮のゴーレムに相手させ、反対の窓を破って妹を浚ってみた。
普通の女なら、驚いて暴れたり、恐怖に気を失ったり、震えて泣き叫んだりするだろうと思っていたのだが、妹は、妙に度胸があるのか、父親と母親の突然始まる愛憎劇で慣れているのか、ボーっと状況を見る事にしたようだった。
俺としても、拘束する手間が省けるため、大人しい事に異論は無い。
だが、魔法で体を強化しても、妹の体を支えても、特に魔法に気が付く様子もない。
そうして出てきた最初のセリフがそれだ。
俺が、昔剃刀にまだ慣れていなかった頃に、盛大に失敗して傷が残ってしまった所を指して、的確に一言で抉りやがった。
ついうっかり、反論して突っ込んでしまったが、実は図星を指されて、動揺していた。
それがいけなかった。
俺はもともと、突っ込み体質なんだ。
ここしばらく忘れていた感覚が、妹の所為で一気に戻ってくる。
ハッと、相手のペースに流されていた事を悟り、妹に轡をかませる。
暫くフゴフゴと抗議していたが、漸く諦めたのか大人しくなった様子を横目で見ると、コイツ昼寝しようとしてやがる!という事に気が付いた。
ダメだ!
突っ込んだら負ける!
己の中の、何かと戦いながら、木々の頭上を走り続ける。
フと、魔力を使用する気配を感じて警戒する。
確認してみると、妹は俺に小脇に挟まれたまま、自分にどんな魔法がかけられているのかを今更ながらに探知しただけだった。
おいおい、俺が今まで走っていたのは、ファータジオ並みの筋肉馬鹿だと思われていたって事か!?
ポンと手を打ち、納得した様子に、突っ込みを飲み込んで盛大な溜息として吐き出した。
そうして、俺が用意した妹の人物像を確認するためのテストの場所に到着した。
普通の令嬢ならば、スラムなどに連れて来られたら、売られるか、奴隷にされるのかと心配になって泣き叫ぶか、気丈な奴ならここの汚さに眉をしかめる位はするだろうと考えていた。
しかし、コイツはまたしても俺の予想の斜め後ろを飛んで行った。
ほとんど嫌がる気配も無く、純粋な興味のみで、少なくとも妙な偏見なども持たずに、スラムを、ただのスラムという村として見ていた。
普通なら、というか、あの温厚なジェームスでさえ最初にここに来た時には、犯罪の温床だとして、剣を肌身離さず持って辺りを警戒していた。
俺も、そこはファータジオも同じようなものだった。
王太子妃になれば、こんな貧しい世界も見る事になる。
己の生き方とは、あまりにもかけ離れたここの生活を見て、何かをしなくてはいけなくなる日も来るかもしれない。
そんな時、この子はどうするのかを知りたくて、ここに連れてきた。
だが、この子に常識は本当に通じないようだった。
己の有り余る魔力で、“足りないなら、与えてしまえばいいじゃない!”とばかりに、世にも珍しい、様々な果実を実らせる木を創ってしまった。
しかも本人は、これで景観が…とか訳の分からない事を言う始末。
ありえんだろう。
例えば、この世にも珍しい木は、このスラムの住人の腹を満たした後は、観光名所として、様々な国の貴族や商人を呼び込むことになるだろう。
そうなる前に、街を整え、治安を守り、宿屋や商いを始める者が出るだろう。
そうすれば、ここは元スラムだったとは分からなくなる程、活気ある街に発展していくことになるはずだ。
専門家ではない、俺ですら、この位までは想像が付く。
なのに、この子は、特に自分の功績を誇る事も無く、自分は本を読んでまったりして暮らしたいから、王妃になるつもりもないが、お裾分けで…程度の気持ちで、こんなものを創られて問題を一気に解決に導かれたら、俺は負けを認めるしかないだろう。
この、何にも考えていないようで、全てを見通しているような、不思議な妹なら、王太子なんぞにくれてやるのは勿体ない。
俺が全力で守ってやろう、と、そう思った。