そして出会う
スルッと緩んだ腕から逃れて、ファーブの背後に隠れる。
ファーブは強いのに、キチンと執事服を着こなし、余分な筋肉は無いのに、しなやかで固い体はしっかりと鍛えられている安心感がある。
「お兄ちゃんに対してひでぇなぁ…イテー…お前、拳、重くなったなぁ…」
『ふむ、本気を出さずに、副団長をこの程度なら、まぁ、良い鍛え方だな。』
「ありがとうございます。ミィタ。」
「私…ちょっと…」
「お嬢様?気分がお悪いのですか?」
『いや、大男に囲まれて、本能的に恐怖を感じたんじゃな。』
「そうなのですか?私は怖いですか?」
フルフルと首を横に振る。
久々に潤んだ瞳でファーブと大きくなったミィタを見上げると、ファーブが素早く私を抱きかかえ、ミィタに乗り上げる。
「お嬢様が怖がります!護衛されるのなら、視界に入らない程度に距離を置いてください!」
『ふむ。エミリアの身の安全は我らが居る限り心配あるまいて。』
「すみません。」
ペコっと私が頭を下げたのを合図として、ミィタが走り出した。
街に着いて、どうやら聖女の噂を舐めていたのは失敗だったらしい、と気が付いた。
「聖女様だ!!」
「聖獣様よ!!」
アクセサリー店に入れば、頼んでもいない大きな宝石の付いたペンダントを勧められ、屋台で串肉を買おうとすれば、レストランに引き摺って行かれそうになる。
「どうしましょう…」
『なんだかな、人間とは…』
「私が買ってまいりますので、ここでお待ちいただけますか?」
街から森へミィタに乗って逃げた先にあった、池のほとりの花が綺麗に咲き乱れた広場に腰をおろして、ため息を吐いた。
「待って!ファーブ!私は皆で選びたかったのよ…」
『そうは言うがなぁ…』
「お嬢様…」
「私にお任せいただけませんか?」
ふと、広場の入り口付近から聞こえた声の主を見る。
オレンジ頭の厳つい爽やかな青年は、律儀に視界に入らないようにしっかり護衛を務めてくれていたらしい。
私の目の前にスッと立って、私の視界をさり気なく遮ってファーブが口を開く。
「オランジ団長は、どうなさるつもりですか?」
「私の実家は公爵家ですが、オランジ商会という商会を全国展開しております。
その支店がこの町にもございます。そこならば、思われていた様な買い物ではございませんでしょうが、ご満足いただける品をご用意出来るかと・・・」
何かを言おうと、口を開きかけたファーブの服の裾を掴み、背後からソッと覗きこむ。
「食べ物も…ありまして?」
「お嬢様…」
脱力した顔でこちらを見るファーブに、唇を尖らせる。
「だってぇ、ミィタに美味しい渡り鳥焼きを食べさせてあげたかったんだもの…」
『ワシのためだったか。ありがとうな、エミリア。』
「大丈夫ですよ、我が商会は、衣食住全てをご満足いただける程、取り揃えさせていただいております。」
「はぁ、お嬢様?」
「えぇ。では、よろしくお願いいたしますわ!」
にっこりと笑って、お辞儀をすると、綺麗な騎士の礼をとられた。
帰りは、騎士たちの先導の元、私はミィタの背に乗って、ファーブはミイタの首元を掴みつつ、横を歩いている。
ミィタはゆっくり歩いてくれているので、揺れは少なく、私一人でも落ちなさそうだ。
横座りで、木々の間から差し込む光を浴びて気持ち良く、穏やかな気分になる。
「来た時よりも、長く森の中を歩いている気がするのですが…?」
「もうすぐです。落ち着いて買い物が出来るように、極力人目につかぬように、森から直接裏に出るように移動しています。すみません、説明不足でしたね。」
「いやいや、良いんだよ!団長が気にする必要はねぇ!あいつが、神経質なんだよ!」
「誰が!神経質だ!鈍感脳筋。」
「うふふっ!皆さま、仲がよろしいのね。」
「お嬢様…誤解です。」
「そうだなぁ?弟とはいっつもこんな感じで俺が怒られてばっかだし、騎士団に入ってからは、団長と同い年の腐れ縁でな!今度はこいつにいつも怒られてるぞ?」
「うふふふ、ファーブと暫く離れていたとは思えないものね?」
「はぁ~勘弁して下さい。」
「そうですよ、この男にどれほど振り回されているか…」
「愚兄が申し訳ない。」
「いえいえ。お互い、苦労しますね。」
あら?やっぱり、仲良しじゃない!
クスクスと笑っている間に、目的のオランジ商会の裏手に着いた。
ミィタに子猫サイズに戻ってもらい、ミィタが自分で足に浄化の魔法をかけるのを待って抱き上げる。
『ふむ。やはりエミリアの腕の中が落ち着くの…』
「まぁ!うふふっ。」
その後は、落ち着いた雰囲気の商談室に案内され、個室でゆっくりと買い物を楽しんだ。
私は金細工の細やかなサラサラと揺れる飾りのついた簪、ファーブは金の鎖の付いた懐中時計、そして、ミィタには大きさの変わる繊細な金細工のネックレスを購入した。
ミィタのサイズが変わってもずっと身に着けていられるものと言うのが難しくて大分悩んだ。
悩んでいる間に、夕飯の時間になったため、そのまま商会の料理部門で注文し個室でいただく。
ミィタの首にはもう金のネックレスが輝いている。
床に置かれた器の焼き鳥に齧りついているミィタを見ながら、渡り鳥をメインに使った料理に舌鼓を打つ。
食事が終わったら、今度はキチンと正面出入り口から出て、宿へと戻った。
「今日は楽しかったですわ。オランジ団長ありがとうございました。」
「いえ。楽しんでいただけて何よりです。明日からの移動で疲れが出ませんようごゆっくりお過ごしください。」
「えぇ。ありがとうございます。おやすみなさい。」
『うむ。お主らもゆっくり休めよ。』
「失礼いたします。」
そうして、部屋に入った私達は、お風呂で汚れを落として、早々に眠りに着いた。
次の日も、移動で一日を潰す予定だった。
なんと、私現在、攫われております。
ん~?ファーブに怒られる気しかしない。
場合によっては、オランジ団長も怒らせてしまうなぁ…
ああいう、温厚な見た目の人ほど、怒ったら怖いんだよ…経験上。
ミィタはさっきから、見えはしないけれども、そこらへんにいる気配がムンムンするため、それほど焦りもせず状況を見守っている。
事の始まりは、宿屋を出発した後に起こった。
馬車に大人数の騎士の護衛は目立つだろぉなぁ?とは分かっていたが、ここまで目立っていたとは…
オランジ団長の手を借りて、ミィタを抱いて馬車に乗り込む。
後ろからファーブが乗り込み、出発したところまでは順調だった。
誤算だったのは、一目聖女様を見ようと、街の人々が殺到してしまったこと。
馬車内だったので、特に恐怖も無かったが、一時本当に横転するかと思った時は、ヒヤっとした。
だが、オランジ団長や騎士の方々が、一般市民に剣を抜くわけにもいかず、大声を張り上げて制止してくれていたお陰で、人垣は徐々に馬車から遠のいて行く。
昨日、オランジ商会で騎士様方の人数分の渡り鳥メニューをお土産に包んでもらってお渡ししたので、騎士様方も一生懸命守ってくれる。
やっぱり、騎士様も人間だから、お礼があった方が、真剣味が増すんではないでしょーかね?
彼らも、妹を守るお兄ちゃんのような気持ちなんだろうなぁ~
頼りがいのあるお兄ちゃんが沢山いて、嬉しい反面、ちょっと近寄られすぎるとまだ本能的な恐怖を感じる。
まぁ、追々慣れていくだろう。
そんなこんなで周りの喧騒をボンヤリと眺めていた時だった。
バキィ!!
「お嬢様!」
バリィン!!
気がつくと、私は、誰かの腕に引っかかって、木から木へと移動していましたとさ。
チャンチャン。
いや、ホントもうそんな感じ。
多分、私が見てない間に、ドアが破られて、ファーブが対処?敵を倒している間に、反対側の窓を突き破って、私が掴み出されて、攫われた・・・んだろうね?
おなかの前にガッチリと回っている腕は、ちょっとどうかと思うほど太くて、多分普通のティーカップとかこの人が持つとおままごとみたいに見えると思う。
小脇に抱えられているので、案外安定していて、犯人の顔でも拝見しようかな?と見上げると、男の顔はフードに覆われて、顎に無精ひげと、ちょっと色素の薄くなった傷跡があるくらいで、他はまったく見えない。
「あら?剃刀負け…?」
「違う!」
傷跡を目にして、ついうっかりそんな言葉が口をついた。
これなぁ、前世から直さなきゃ、と思ってた癖なんだよなぁ…
ちゃんと脳みそで考えてから言葉を発しなさいって、マリア先生にも散々怒られたもんなぁ…
ペロッと口から出てしまった心の声が聞こえたのか、初めて男は口を開いた。
ってか、この男、つっこみ属性か…
感心してしまっていたら、男の顔がこちらを向く。
「あら?どこかでお会いしました?」
「初対面だ!」
あんらぁ?
でも、見た目的にも、すっごく見覚えがある感じ…
厳つくて、強面で、でも、冷ややかな美貌とでも表現できる程の美しい顔。
金髪に濃いワインレッドの瞳。
「んん~?ま、気のせいですわね。所で…」
「おい、おいおいおい!ちょっと待て!」
「なんですの?」
「いやいや。キョトンじゃねぇよ!ソコの疑問を大事にしろよ!」
あら、やな予感。何?まさか初対面の見ず知らずの方に説教コースですか…?
「そのまさかだよ!」
「えぇ~!あら?」
「言っとくけど、全部言葉で駄々漏れてるからな?」
「ん~?」
「ん?じゃねぇよ…本当にお前が聖女なのか?」
「あら?私、一度も自分から聖女などと名乗ってませんわよ?」
「はぁ?」
「まぁ、否定しても聞いていただけないので、面倒になって、途中から放置しておりましたが…」
「それな!?分かるか?ソコだからな!?」
「なんですの?暑苦しい。シュウゾウの様ですわ!」
「誰だよ!?」
「ちなみに、私、熱い男は嫌いでは無くてよ!」
「もう、うるせーよ!」
猿轡をかまされた…
ちょっと、この布、綺麗なんでしょうね?!