閑話二つ
父:愛妻家で子煩悩。仕事は出来るが、嫁と娘にはめっぽう弱い。
ファーブにほんのりライバル意識を燃やすが、エミリアに嫌われる方が嫌なので無理矢理押さえつけられる理性の持ち主。
お父様から見た真実
バイオレット城下で流行り病が出た。
症状が発熱、全身の痛みなど、どんな病でもあり得そうで、原因の追及にここ数日駆けずり回っていた。
原因も何も分からないまま、病人はどんどん増えていく。
そうこうしている間に、真夜中帰宅すると、妻に症状が出たと使用人に教えられた。
娘は穏やかに眠っているが、原因が分からない以上、いつ症状が出るか分からない。
私は一晩中、書斎に籠って、セバスと原因の究明に勤しんだ。
明け方、隣の妻の寝室で人の気配がした。
一刻ほど前に、妻の寝息が落ち着いたから、とオリビアを休ませた所だったのに。
慌てて妻の寝室と繋がっている扉を開こうとした。
しかし、聞こえてきたのは、娘の「お母様?」という、鈴を鳴らしたような微かな声。
いけない!娘にも病が移ってしまう!と思った。
しかし、娘の口から聞こえたのは、私が求めてやまなかった、病の原因と、妻が治るための薬を持っているという、信じがたい言葉だった。
原因が魔物の毒…?ラングの花が薬だと!?
そんな事は、誰も知らない。
あの花は、魔族を退けるためだけの花だと今の今まで信じていた。
そして、娘がファーブとミィタと花を摘んできた…と?
セバスチャンから、報告は受けていた。
エミリアが拾ったのは実は聖獣で、エミリアは知らず契約を済ませてしまっていると。
この事実が知れれば、エミリアは一気に王太子妃候補の筆頭に名を連ねる事になるだろう。
だから、私は事実を胸の内に隠して、娘の愛猫として、聖獣様と暮らしてきていた。
ここまで…か。
娘は、街の人々を救うために街へ出て行ってしまった。
すぐに噂になるだろう。
その後、ファーブから報告を受けた。
エミリアの髪の事。
妻と娘の病に、セバスの娘でファーブの妹である、リリアーナが関わっているかもしれないという事。
この件に関しては、聖獣様の鼻で確認済みだが、如何せん証拠が無い。
昨夜一晩で起こったことで、幸い妻もエミリアも熱を出した事さえ、極一部の使用人以外は気が付いていない。
事の一部始終を聞いたセバスは自害しようとするし、オリビアは悲壮に泣き崩れてひたすらに頭を地に擦りつけていた。
リリアーナの事はセバスとオリビアに任せよう。
私が判断を下すと、殺してしまいそうだ。
アレは、あれだが、イェローラング家の久々の守護の魔力持ちだ。
守護魔力は、アレだしなぁ…私の一存では殺せない。
とりあえず、今私が考えるべきは、エミリアの身の安全だ。
リリアーナとファルを、エミリア付きから外す代わりに、暗部の頭になるために執事修行という名目で外していたファーブを戻すか。
ファーブも何があったのか、聖獣様が我が家に来た頃から、それまでの少々詰めの甘い部分が消えて、凄く強くなった。
そのため、暗部からの報告でも、わずか1カ月だがファーブが頭に認められたとあった。
ならば、問題あるまい。
街からの、白銀に二房紫と金の長い髪の聖女が現れたという報告は、すぐに王都まで駆け巡るだろう。
髪の色が変わってしまった事を特段気にした風もなく、娘は相変わらず穏やかな日々が過ぎていくと思っている。
ならば今は、どれ程明るみに出ようとも、娘と聖獣様の事は極秘事項。
今回の件、表に出ているのは、バイオレット公爵領で熱病が出たこと、白銀の髪の娘がラング花で病人を救った事のみ!
この情報で、誰かにエミリア、聖獣様や、守護の魔力持ちを奪われるのは得策ではない!
隠せるうちは隠し通そう。
残念な事に、学園に入ってしまえば、同級や上級に王太子を始め、各公爵家子息が居るだろう。
そうなれば、否応なく嫁取り合戦に巻き込まれてしまう。
学園には、我が家の不肖の長男、エミリアの兄のエルリックがいる。
あの子は頑固だが内に入れた者にはとことん甘い。
エミリアならば、あの変わり者も受け入れて守ってくれるだろうと思う。
だから、せめて学園に入るまでは、穏やかな日常を過ごせるように、精いっぱい時間を引き延ばそう。
(閑話)
ってかさ、私は思うのですよ。
何を?って食事です。
ここの食事はうす味ですが、それで育った私としては、十分おいしいと思うし満足もさせていただいてますとも…ただね。
コッテリとサッパリしかないのが気に食わないの!
なぜ、風邪をひいているのに、軽めのパンとパテなのさ!?
栄養満点は分かるけど、コッテリしすぎやぁ!!
皆平気なの!?
食べれないって言ったら、今度はフルーツばっかり…まぁね。サッパリしてますわ…
でも!ちゃうねん!!私が欲しいのは、その中間!!コッテリしていなくて、腹に溜まるもん!!そう!その名も、アッサリ!!
具体的に言ったら、おうどんが食べたいね~ん!
「という訳で、おうどんの研究をするわ!ファーブ!」
「お嬢様?という訳で…と言うのも良く分かりませんが、オウドンとは一体どういったものなのでしょう?」
「そうね、小麦粉で出来た麺を、魚介やキノコ類、乾物などから取った出汁と、醤油などの旨み調味料で作ったツユに入れて、色々と具材を入れた、栄養満点の、アッサリした食べ物よ!」
「へぇ?」
器用に片眉をはね上げて、面白いものを見つけたといわんばかりに口角の上がる兄貴分の執事を前に、微妙に視線を逃す。
でも私は知っているのです!
この世界にも、日本に似た国が東方の遥か彼方にある、その名もアキツキ!
そこから輸送されてきた品物を見たときに私はびっくり仰天したね!!
お母様!ソレは、輸送に耐えられなくて乾涸びたのではないです!
乾物という保存食!!
まぁ、こっちでは、瓶詰が保存食の定番だしね…
皆が顔を顰めて、汚物のように眺めるそれは!味噌!!
セバスが徐に、新品のペンを取り出し、先を浸けて紙に字を書こうとしたそれは!正に醤油!!
慌てて止めたよね…
お母様を始めとするマリア先生達が、着物や簪などに夢中になり、お父様を始めセバス等が、刀や手裏剣、巻物等に夢中になっている間、私は、コック長のアントンと、傍に居たファーブに只管、調味料講義と相成った。
アントンに我が家でも、味噌と醤油を作ってもらえるように頼み、私も図書館で東方の文献を読み漁り、試行錯誤の末、東方の商人から種麹を購入する事に成功し、やっと味噌と醤油を自家生産する事に成功した。
「数年後には、ラング学園に入ってしまうんですもの。何か、一つくらい城下に恩返しがしたいわ?」
魔物の毒粉事件以来、私のお守係がファーブに戻り、ちょくちょく2人と1匹で城下に降りては、屋台飯を楽しんだ。
ただ、私の髪が目立つのか、いつ行っても、どれほど変装しても、払うと言っているのに、お金を受け取ってもらえない…
何だか、だんだん積もって行く罪悪感。
なので、ここで何か一つ、名産品とか作って集客を見込みたい。
街の活性化がご恩返しだと思うのです。
見た所、パスタの原型のような物ならあるのですが、スープに浮いた麺類何てこっちに生まれてから見た事が無いので、珍しさもあって、一時は流行るのではないかしら。
味噌を溶かしても、とんこつにしてもお野菜がいっぱい摂れて健康的よね?
では、まずは。
「行くわよ!陶器の工房へ!」
「ハイハイ。」
『ふむ。エミリアは徐々に面白い奴になって行くの~』
失礼な!
まぁいい。
陶器の工房へと向かう道すがら、大通りに面した屋台の店主たちに次々に声をかけられる。
「聖女様!今日はこれなんてどうかね?」
「ありがとう。でも今日はお腹が空いていませんの。」
「聖女様!こっちの髪飾りは新作だよ?持って行ってよ!」
「ありがとう。でも、今から行くところで汚してしまってはいけませんので、街の可愛いお嬢様方にお勧めしてあげて下さいまし。」
ニコニコと笑顔で寄り道ばかりしているエミリアに、ため息をついてファーブが近寄ってきた。
「お嬢様?日が暮れますよ?」
「まぁ!それはいけないわ!皆さま、ごきげんよう。」
「「「「ごきげんよ~う」」」」
挨拶だけはしっかりと街人たちに流行らせたエミリアだった。
「おじ様!今日は、お丼を作っていただきたいのです!」
「おぅおぅ!聖女様の頼みなら、何だって作ってやるぜ!任しとけ!!」
「まぁ!頼もしいですわ!」
ルンルンと鼻歌でも歌い出しそうに、轆轤の方へ近寄って行く私の背後で、ファーブにこっそりと、「で?オドンブリって何だ?」と、聞いているのは見えないったら見えないんです!
「こう、スープ皿よりも深くて、熱いものを入れても大丈夫で…」
「こんな感じかい?」
おやっさんが、自宅の台所から、木を削った丸こいシルエットのおわんのようなスープ皿を持って来る。
「あぁ!そうです!このような…もう少し、口が広くて。こう!」
と、スケッチブックに丼の絵を描いてみる。
「ほう?こういうのは作った事がねぇな!」
「釉でつるりとした表面で、蓋もあれば尚宜しいと思いますわ!」
「よし!任しとけ!次に来る時までに試作品を上げとくよ!」
「ありがとうございます!おじ様!頼りにしておりますわ!!」
そう言って、帰宅する。
次は、料理長アントンとのうどん作成だ!
試行錯誤の末に、似たような形まではもって行けたと思う。
だがまだ、肝心のコシが足りない様な気がする。
そう言えば、前世踏んでたような気がする。
「アントン!踏んでみましょう!」
「食べ物をですか?お嬢様!?」
アントンに、いや、アントンだけでなく、ファーブとミィタにも、正気か!?というような形相で見られる。
「え?だって、ワインとかも踏むんでしょう?」
「あぁ、まぁ…」
歯切れの悪いアントンの言葉。
ビニールは無いからと、清潔な布に打ち粉をして、タネを挟み、上から体重をかけて踏んでいく。
「はぁ…はぁ…これは…結構…クルわね…」
「変わりましょうお嬢様!」
「アントン…任せたわ!」
樽のような体形のアントンが乗ると、私が散々踏んだ後なのに、まだ沈む。
『うーむ。エミリアの踏んだウドンならば食べようかとも思ったが、この光景を見ると勇気が要る食いもんじゃな。』
「ははっ」
「そんな事は御座いませんわ!
アントンが一生懸命踏んで下さった麺を、この前完成させた出汁で食べると最高でございますわ!」
「お嬢様!このアントン!最高の一品を仕上げて見せますとも!!」
そうして、出来あがった究極の一品。
シンプルにおネギだけが乗った素うどんを一口いただく。
丼は、まだなので、陶器工房のおやっさんが見せてくれた木のお椀で、フォークなのが少し違和感だが、味は間違いなく私の知っている、ザ、おウドン!!
昆布などの乾物が良いお味を出している。
「素晴らしいわ!アントン!これよ!これを求めていたの!」
「ありがたき幸せ。」
「このお出汁がまた素晴らしいわ!」
「お嬢様!この乾物なるものなのですが、天日で乾かすことによって日持ちが良くなるなど素晴らしいです!このアントン!是非!鹿肉など色々なものを乾物にしてみたいのですが?」
「素晴らしいわ!その向上心に感服いたしますわ!」
「そのような!?恐縮でございます!!!」
私とアントンの乾物リスペクトは止まらない。
アントンは素晴らしい。
乾物を初めて見たというのに、もう他のものへ応用しようとしている。
アントンの最上級の礼を受けて、私は最後まできっちりと、うどんを食べきった。
私の後ろで、恐る恐るウドンを口にするファーブとミィタ。
『お!?これは…?』
「初めて食べる味ですね。」
『ふむ、さっぱりしているが、味はしっかりしているから満足感もある。』
「これは、私も好きですね。」
「でしょう?やはり、アントンは天才だったのね!」
「単にお嬢様のお陰でございます!」
その後、お父様達にも食べていただき、お母様も大満足だった。
お父様は、もう少しこってりしている方が良かったらしい。
次の日は、お肉とお野菜たっぷりの味噌うどんにしてみた所、やっとお父様の満足を得る事が出来た。
「お父様、私城下でうどん屋さんを開きたいのです。」
「ふむ、まぁやってみても良いんじゃないかな?」
「旦那様!?」
「ファーブ、執事として、書類や手続きなどの諸々や、利益率などを考えて企画書の提出を頼むよ。」
「分かりました。失礼いたします。」
こうして、今世で初めて、うどん屋さんにお目にかかるのも、あと少し…
少し変えました。
まだ甘いかな…