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四人目のお客様は超でかい

 いつも通りの出勤と、いつも通りの接客を終えて、麻紀は待機キャスト席へとついていた。

 水曜日という週の半ばであり、明日も平日であるためそれほど客足は多くない。妖怪にとっても土日が休日であることは変わらないのか、程度に考えながら、待機キャスト席の自由に飲んでいいコーヒーを啜る。店内は冷暖房完備であるが、基本的に肩を出すドレスを着ているキャストは、それなりに寒いのだ。


 ホットコーヒーに息を吹きかけて冷ましつつ、周囲を見やる。

 現在、店内には客が一人しかいない。その相手をしているのは先輩キャストのエリであり、他のキャストは全員待機席に座っているのだ。

 とはいえ、会話はない。

 待機席も店内である。そこでキャスト同士が大声で会話をしてしまうと、来店している客の迷惑になるのだ。だからこそ基本的には無言の空間であり、それぞれ仕事を行うのが常である。

 だからこそ現在、先輩キャストたちは携帯電話を片手に、ひたすらに入力する作業を行っている。

 先輩キャストたちの待機中の仕事。


 それは、営業メールである。

 妖怪社会にも携帯電話がある、というのが不思議だが、大抵の客は持っているのだ。そしてメールという文明の利器があるのだから、それを営業に使うのは当然である。

 例えば、暫く来ていない客に「久しぶりに会いたいな」とメールしたり。

 例えば、店でイベントが行われるのを告知したり。

 とはいえ。

 麻紀を指名してくれるのは、黙っていても来てくれるクリフとラッセルくらいのものだ。ヘルプでついた客も何人かいるけれど、メールアドレスを聞いていない。だから、営業メールをしようにもできないというのが現実である。

 だからこそ、麻紀が行うのは情報の整理だ。待機席の横に置いてある、麻紀専用のノートを手に取る。


 それは、お客様ノート。

 一見の客で、ヘルプについたことをきっかけとして次回指名してくれる妖怪もいる。それは麻紀の接客を気に入ってくれたからであり、心地よい時間を提供するためには、きっちりとその情報を把握しておかねばならないのだ。

 例えば新しいプロジェクトを任された、と言うならば次回の来店で聞く。

 例えば会社の業績が落ち込んでいる、と言うならばそこには触れない。

 例えば離婚経験がある、と言うならば結婚関連の話題をタブーにする。

 そして、その全てを覚えておけるほど麻紀の記憶力は良くないため、全部きっちり箇条書きにしてメモしておくのだ。そうすることで、指名の相手を確認してからノートを見返し、情報を把握することができる。

 ちなみにこの方法は、エリに教わった。


(ええと……今日ヘルプでついた垢舐めの伸二さんは、最近出世した、と。次に来たら部下の話とか聞こう。それから、天狗の隼次郎さんは奥さんと上手くいってないから、家庭の話は禁句にして……)


 一人一人の情報を書き込み、そして嘆息。

 こんな風に書き込んでも、二度と来てくれない客もいるのだ。だからこそ、徒労にも思える行動なのだけれど。

 それでも――もしも次に来てくれたときに、精一杯楽しい時間を提供するために、努力を惜しんではいけないのだ。

 そんな風に情報を整理しながら、時間が過ぎる。

 客足はそこそこ伸びているようで、待機席のキャストも次第に減ってゆく。恐らく無指名の客が多いのだろうけれど、基本的に無指名の客が訪れた場合、ベテランのキャストから先に振られるのだ。

 麻紀が無指名の客につくのは、余程盛況なときくらいなのだが。


「マキさん」


「はい?」


「大変申し訳ないのですが……無指名のお客様なんですけど、ついてもらえますか?」


「……へ?」


 思わぬ店長の言葉に、驚いて眉を上げる。

 本来、店内放送で「何番テーブルお願いします」としか言わない店長が、わざわざ待機席まで来て言うとは珍しい。

 一体どういうことなのだろうか、と軽く首を傾げて。


「はい。何番テーブルですか?」


「それが……」


 店長は言いにくそうに、少しだけ嘆息して、それから店の玄関を指差した。

 それは。


「……外におられるんですよ」


「そ、外に?」


 季節はまだ春だが、夜は冷える。

 そんな中で外にいるなど、何を考えているのだろう。もしかすると雪わらしとかそれ系の、寒いのが好きな客なのだろうか。


「申し訳ないのですが、外で接客を行っていただきたいのです」


「……外、寒いんですけど」


「そこのところをなんとか。外での接客中は、時給上げますから」


 外は肌寒く、そして麻紀は肩を出しているカクテルドレスである。決して防寒に向いているとは思えない。

 だが店長がそこまで頼んでくるのだから、無下に断るのも申し訳ない。

 麻紀は、目を細めた。


「……どのくらいですか?」


「三割上げましょう」


「指名料はないんですよね?」


「……分かりました。ご指名ということにしておきます」


 よし、と心の中でガッツポーズ。指名料はそのまま給料に反映されるのだ。時給アップと加えて、福沢諭吉が一枚は増えるだろう。

 給料明細を楽しみに、麻紀は立ち上がる。


「分かりました。そこまで仰るならやります」


「……ありがとうございます。外にテーブルと椅子を運んでください」


「うぃーっす」


「はーい」


 店長がボーイに命じて、外へと運び出される椅子とテーブル。

 寒いの嫌だなぁ、と思いながら、麻紀も外に出て。

 そこに。


――巨大な、足があった。


「ーーーーーーっ!?」


 思わず、驚きに腰を抜かしそうになる。

 でかい。

 とにかくでかい。

 麻紀の身長がその足首にすら届くことなく、足の甲すら遥か上にあるほど、物凄くでかい。

 少し動いただけでも踏み潰されるのではないか――そんな恐ろしい予想が浮かぶ。そんな跳ねる鼓動を抑えつつ、先程ボーイが運んでくれた椅子へと座った。

 ここは店外とはいえ、この巨人は客。

 ならば麻紀もキャストとして、心地よい時間を提供しなければならない。


「ま、マキです! よろしくお願いします!」


「……んぁ」


 遥かに高みから聞こえる、間延びした声。『妖怪足だけ男』とかそういうのかと思っていたが、どうやら完全に巨人らしい。

 見上げても、全く顔らしいものは見えない。下手をすれば、雲を貫いているのではなかろうか。


「俺……大作。でぇだらぼっちの、大作だぁ」


「よ、よろしくお願いします!」


「んぁ」


 まるで響き渡るような声だが、その声があてているのは、麻紀だ。

 これだけの身長差があるというのに、会話ができている、というのも不思議だけれど。


「な、何か飲まれますか!?」


「何があるんだぁ?」


「ハウスボトルでしたら、ウイスキーの水割りになります! それ以外でしたら、別料金となりますけど!」


「じゃあ、それでいいぞぉ」


「かしこまりました!」


 と、注文を受けて気付く。

 グラスどうすればいいんだ。

 当然ながら、『One Night Honey』は人間サイズのキャバクラである。時々人間サイズを超えた大男も来店するが、基本的には同じグラスを使用するのだ。

 それはあくまで、『想像の範疇にある』巨人ならばである。

 せいぜい大きくても三メートルくらいの普通の巨人(おかしな言い方だが)に比べると、この巨人は何倍あるのだろう。

 普通のグラスなど、指先にすら及ばない。


「しょ、少々お待ちください! 用意してまいりますので!」


「んぁ」


 これは、麻紀に判断できることではない。

 大きなグラスを使用するにしても、そんなものどこにもないのだ。

 ならば、店長に相談した上で提供するのが一番だろう。


「てててて店長ーーーーっ!」


 店に入り、すぐに扉を閉めて、麻紀は恥も外聞もなくそう店長を呼んだ。

 店長はそんな麻紀に対して、人差し指を口にあてて。


「店内ではお静かに、マキさん」


「うっ……す、すいません」


 何事だ、と他の客がこちらを見てくる。それを感じて、思わず頬が熱くなった。

 キャストとして、あまりにも非常識すぎる。


「それで、どうしました?」


「あ、あの、ぐ、グラス、どうすればいいですか?」


「ああ……どうしましょうかね。ええと、ご注文は?」


「ハウスボトルの水割りです」


「……分かりました。作ってお持ちしますので、マキさんは接客をしていてください」


 頭を抱えながら、丸投げされた店長がそう溜息を吐きながら答える。

 これで大丈夫、そう安心して、急いで麻紀は店の外へと戻った。

 そこには、やはり変わらぬ巨大すぎる足。


「ご注文の方、少々お待ちください! 中で作っておりますので!」


「んぁ」


「え、ええと……だ、大作さんは、お仕事は何をされてるんですか!?」


「んぁ……俺、石炭、掘ってる」


「見事な適材適所ですね!」


 これほど巨大な妖怪ならば、それこそ大量の石炭が掘れるだろう。

 妖怪が普段どのような生活をしているのかは分からないけれど、まさに天職だと思う。


「今日もお仕事だったんですか!?」


「んぁ。仕事」


「お疲れ様です! 明日はお休みですか!?」


「んぁ。休み」


「そうですか! ゆっくり体を休めてくださいね!」


「んぁ」


 ……。

 盛り上がらない。

 そもそも顔が見えないため、表情の機微が全く分からないのだ。

 盛り上げるにあたって最も必要なのは、相手の表情を確認したうえでの言葉かけである。

 触れてはいけない話題に触れたときなど、表情が一瞬硬直したりするのだ。そのあたりを読みながら、より適切な話題を提供するのがキャストとしての仕事なのだが。


(……ま、いっか)


 静かな時間が好きな客もいる。例えばどっかの吸血鬼みたいに。

 こちらから話題を振って盛り上がらないということは、それは盛り上がる話題ではない、ということだ。もしも向こうが話したいのであれば、相手の話したいことを振ってくれる。

 それを振りもせず察せと言うのは、さすがに酷なことだ。だからというわけではないが、最近は盛り上がらないことにそれほど焦りを覚えることはなかった。

 適当に二、三話題を振ってみるが、「んぁ」以外に大作は返してこない。

 そうしているうちに。


「お、お待たせいたしました! ハウスボトルの水割りです!」


「んぁ」


 店の扉から出てきた、店長とボーイが抱えたそれ。

 ドラム缶である。

 多分三人がかりでも相当重いであろう、なみなみと水割りの入ったそれ。この一杯だけで、ハウスボトルのウイスキーは何本消費されているのだろう。

 三人は必死に運んで、大作の足元へとそれを置く。

 それと共に、巨大な手がそのドラム缶へと伸び、ゆっくりと上へ運んでいった。

 そして一瞬後に、全く同じ場所へとドラム缶は戻され。


「んぁ、お代わり」


 空になったドラム缶と共に、大作のそんな言葉が聞こえた。

 まぁ、それも当然だろう。麻紀の身長ほどもある巨大なドラム缶だが、大作の手の大きさを考えれば圧倒的に小さい。麻紀で例えるならば、コーヒーを頼んだときに一緒についてくるミルクの入った小さなポットくらいの大きさなのだ。

 そりゃ一瞬で空になるわ、と溜息を吐きたくなる。


「……しょ、少々お待ちください」


「んぁ」


 店長は引きつったような笑みを浮かべて、巨大なドラム缶を店内へと戻してゆく。もう一度、何本ものハウスボトルを開けて巨大水割りを作るのだろう。

 多分、今日は赤字だろうなぁ、と別段麻紀には関係ない店の経営を心配しつつ。


「マキ、でいいかぁ?」


「え、あ、はい!」


「マキは、でぇだらぼっち、見たことあるのかぁ?」


「い、いえ、初めてです!」


 こんなでかい客、他にいたら絶対覚えている。

 色々と人外は見てきたけれど、これほど規格外の客など他に見たことはない。


「マキはぁ、俺、でけぇと思うかぁ?」


「めっちゃ思います!」


「そう、かぁ」


 少しだけ、嬉しそうなトーン。

 反射的に答えてしまったけれど、どうやら正解だったらしい。というか、大作を見て大きいと思わない輩はそういないだろう。

 これで「大きいのがコンプレックスなんです」と言われてしまえば、もうどうすればいいか分からない。

 だってでかいんだもの。


「俺、でっかいかぁ」


「めちゃくちゃでっかいですね!」


「でも、俺なぁ」


 店長とボーイ二人によって運ばれてきた、二杯目のドラム缶。

 それに手を伸ばして、再び空にして足元に置いて、三杯目を当然のように注文し。

 とんでもないことを、口にした。


「チビなんだぁ」


 ……。

 …………。

 ………………。


(……………………はい?)


 全く、意味が分からない。

 謙遜とか遠慮とか卑下とか、そんな意味なのかもしれないが全く理解できない。

 この、麻紀と比べれば何十倍にもなるだろう巨人が。

 チビ!?


「一族の中では、一番チビだぁ」


「そ、そうなんですか……?」


「親父はぁ、俺よりもっと大きいぞぉ。弟も俺より大きいぞぉ」


「…………マジですか?」


「んぁ」


 恐るべしでぇだらぼっち。

 大作の大きさですら既に規格外だというのに、父や弟はそれより遥かに大きいという。

 もはやそれは、巨人を通り越して化け物だ。

 いや、今でも十分化け物だけど。


「だからぁ、いつも、馬鹿にされるんだぁ」


「……そう、なんですか」


「俺だけ、高いところに、手が届かないんだぁ」


「あー……」


「それをぉ、後ろから、俺より大きい女に取ってもらったんだぁ」


「……恋が芽生えそうですね」


「んぁ」


 どうしよう、全く共感できない。

 麻紀もそれほど大きい方ではないし、低身長あるあるも幾つか味わったことがある。

 高いところにある荷物を取れなくて、それを後ろから背の高い男性に取ってもらう。そんな恋の始まりを、何かの漫画で見たような気もするのだ。実際、されたら自分もドキドキするかもしれない。

 だが、これほど大きい大作が高くて取れない荷物って何だ。


「そのときに、荷物取ってくれたのがぁ、今の奥さんだぁ」


(ほんとに恋が芽生えてた!)


 まさかの妻帯者である。

 どことなく言葉に、照れているような素振りがある。恐らく、妻との関係は良いのだろう。

 そのあたりを聞いてみるか。


「奥様とは、ご結婚されてどのくらいなんですか?」


「もう、十二年だぁ」


「長いんですねぇ。ということは、お子様も?」


「三人いるぞぉ。奥さんに似て可愛い子だぁ」


「あ、そうなんですかー? 写真とかあるんですかー?」


「あるぞぉ」


 嬉しそうな声音で、何やら上の方でガサゴソと聞こえる。

 そして巨大な手と共に、巨大な何かが三枚ほど落ちてきた。

 あまりのサイズの違いに驚くが、どうやら写真らしい。


「長男と、長女と、次女だぁ」


「うわぁっ!?」


 写真はそれぞれ、子供一人だけ写っているもの。

 その、全てが。


(て、天使!?)


 めちゃくちゃ可愛いのである。

 長男は利発そうな顔立ちをしており、やや尖らせた口と頬に貼った絆創膏が、やんちゃな印象を抱かせる。

 長女は非常に可愛らしく、くりくりの瞳にやや栗毛の髪が物凄くマッチしていた。そしてフリフリのついたピンクのワンピースが、これ以上ないくらいに似合っている。

 次女の方はまだ産まれたばかりなのか、おくるみを着て寝ている姿。だけれどつぶらな瞳と薄い巻き毛の髪は、将来的に物凄く美人になりそうな予感を抱かせる。


「め、めちゃくちゃ可愛いじゃないですか!」


「そうだぁ。俺の宝物だぁ」


「こんな娘さんだと、お嫁に出したくないですねぇ」


「んぁ。嫁になんかださねぇ」


 完全に親馬鹿である。

 だけれど、これほど可愛らしい子供では、それも仕方ないのかもしれない。特に長女なんか、テレビに出ている子役よりも可愛いのだ。写真が再び空へと飛んでいき、恐らく大作の懐に仕舞われ。


「でもなぁ」


「はい?」


「息子に、言われたんだぁ」


 悲しそうな声音。

 表情は分からないけれど、多分悲しそうにしているのだろう。

 そして大作は、ゆっくりと口を開いて。


「どうして、お父さんは、そんなに小さいのってなぁ……」


「……」


 どうやら、あの写真に写っていた天使は。

 大作よりもでっかい天使らしい。


「俺だってなぁ、大きくなりたかったよぉ」


「あの……奥様も、大作さんより大きいんですか?」


「奥さんは、俺の、倍くらいあるぞぉ」


「でかっ!」


 もはや大作ですら許容の範囲外だというのに、嫁はさらにその倍。

 そりゃ、息子も大きいわ――そう、諦めに顔を伏せる。子作りとかどうしているんだろう、とやや下世話な考えが頭を過るが、それは聞いてはいけないことだろう。


「お、お待たせいたしました。ハウスボトルの水割りです!」


「んぁ」


「申し訳ありません、お客様。当店の在庫の方が切れまして……これ以上お酒がお持ちできないのですが」


「んぁ。いいぞぉ」


 店長たちの持ってきたドラム缶を受け取り、空へと運んで。

 そして再び空にして、地面に置いた。


「お時間の方十分前になりますが、どうされますか?」


「んぁ。そんなに経ったのかぁ」


 どうやら子供の話をしているうちに、結構時間が経ったらしい。

 少しだけほっとしながら、大作の答えを待つと。


「マキとの話は、楽しいしなぁ。延長とかあるのかぁ?」


「は、はい。ございますが……お酒の方が提供できなくなりますが……」


「別に、いい……んぁ?」


 流れでそのまま、お酒なし延長が始まるかと思いきや。

 ずしん、ずしん、と響く音が、それを阻んだ。


「あんたぁ!」


「か、かぁちゃん!?」


 ずしん、と激しく最後に響いて。

 巨大な大作の足よりも、更に巨大な足が、目の前に降りた。

 あまりのサイズに、口を開いたまま麻紀は呆然とする他に何もできない。

 どうやら、話を聞く限りでは大作の妻のようだが。


「いつまで経っても帰ってこないと思ってたら、こんなところで何やってんだい!」


「お、俺ぇ、ちょっと飲んで……」


「そんな金がどこにあるってんだい! 帰るよ!」


「で、でもまだ俺ぇ……」


「うるさいね! 家に帰りゃ酒くらいあるよ!」


 完全に押されている大作。

 まぁ、実際にこんな風に店で飲むよりも、家で飲んだ方が遥かに安いだろう。

 口を挟めず、巨大な足を交互に見ることしかできない。


「なんだい! あたしよりもここの小さい女の方がいいってのかい!?」


「そ、そんなこと……」


「全く、小さい男だねぇ! 体も小さい、気も小さい、器も小さいじゃあ女はついてこないよ!」


「で、でも、俺……」


「うるさいね! あんたみたいな小さい男の相手するのなんざ、あたしくらいなんだよ! さっさと帰るよ!」


「か、かぁちゃん……」


 ……これは新しいタイプのツンデレなのだろうか。

 というか、大作が小さい男という点については、激しく異議を申し立てたい。妻の基準では小さいのかもしれないが、麻紀からすればどちらも規格外の巨人なのだ。

 ずしん、と大作が一歩踏み出して。


「かぁちゃん、俺ぇ、かぁちゃんが一番だぞぉ」


「うるさいね!!」


「でもかぁちゃん、最近、きよしが好きだって言ってたじゃないかぁ」


「きよしはあたしらのアイドルなんだよ! 別にそれくらいいいじゃないか!」


「かぁちゃんは、俺のこと好きかぁ?」


「うるさいってんだよ! でなきゃこんな唐変木と十年以上も一緒にいるかい!」


 もう勝手にしてくれ。

 目の前で始まった夫婦喧嘩のようなイチャラブトークに、もうついていけない。

 機嫌を良くした大作が店長に金を払って(金のサイズは普通だった)、そして夫婦が帰ってゆくのを見送る。


「ありがとうございましたー」


「マキ、ありがとぉ」


「ふん!」


「かぁちゃん、今日は一緒に寝ようなぁ」


「なんだい、もう四人目が欲しいのかい!」


 巨大な足音を響かせながら。

 巨人の夫婦は、愛を囁きながら帰っていった。



「……はぁ」


 怒涛のような見送りを終えて、店に戻ってからそう嘆息する。

 妙に疲れた。というか、あまりにも普段の接客と違いすぎてどうすればいいのか全く分からなかった。

 というか、他人のいちゃつく様を見たから疲れた、というのもあるけれど。

 しかし会計のカウンターでは、そんな麻紀以上に渋い顔をした店長が唸っていた。


「ああ、マキさんお疲れ様でした」


「いや、あたしは別にいいですけど……」


「で、ちょっと相談があるんですけど……はぁ」


 電卓を弾きながら、店長は眉間に皺を寄せて。

 恐らく赤字であろう今日の売り上げ帳を見ながら、大きく嘆息した。


「……巨人は別会計にすべきだと思いますか?」


 知らないよ。勝手にしてくれ。


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