人間遣い
工業用の酒を飲みながらミルラの肩に乗り、周囲を見渡した。
「問題は行ける道が二つしかないことだ。川下りか、大きく山を回って行くかだ」
俺が喋ると、メリッサの肩に乗ったレッドが頷いた。紅毛が美しく、産毛すら赤く染まった女だ。普段は無口だが、意見を言わない訳ではなく、不満があるときは遠慮なく喋った。
「大将は」俺は巨人の足元で食事を取っている従軍商人を見た。「川を利用して最短距離で野営地に向おうとしている。この考えは間違っていない。だが山賊の存在が心配だ」
「そうだね。巨人が二体だから船の作成が」ミルラとメリッサを見た。「早く済んだとしても、作成している間に山賊に姿が見られる恐れがある。それに川の両側は崖だし、もしも山賊が待ち構えていたら終わりだね」
「ああ、俺たちは別にいいが、依頼人が死んだら金は入らないからな。ところがだ。あの大将のそのまた大将は、多少の犠牲があっても最速で物資を届けろと言う訳だ」
「なにそれ、それで損害があったら私たちに利益がないんでしょ」
「そういうこと」
「不利な仕事引き受けたね」
レッドは溜息をついた。
悪い仕事でも仕事をしないとご飯は食えない。
俺とレッドは軍隊の輜重隊の護衛を行っていた。正規軍ではなく傭兵だ。昔は、戦闘中の敵側で正規軍を勤めていたこともあるが、何の因果か親友の婚約者だったレッドと日暮しの仕事をしている。
「やれやれ」と言うしかないが、親友の元婚約者であっても昔からの幼馴染なのは変わらないので、仲良く流浪の生活を行っている。
ミルラは数年前に氷河の遺跡にて発掘をした比較的新しい時代の巨人であり、特殊能力は無いが、冬眠した時期が若かったため比較的に身体能力が高い、あえていうなら『戦士』だろうか。武器は、俺が得意な短槍、盾・鎧・兜は青銅製だ。ただそれだけだと味気がないので、魔法使いに練成して貰った疾風のアンクレットをつけている。ちなみに革靴。俺と同じで漆黒の髪で、肌は黄色だ。操縦する髄主は同じ人種のほうが同調率が高いので、性別は違っても俺はミルラを操縦している。
「ご主人様」俺がミルラを操縦している時、脳が同調しているので声に出さなくても会話が出来た。「本当に船なんて作っていいのでしょうか。私は不安です」
「まあ、仕方ないでしょ。所詮、雇われ身だからね」
「でも、一緒に旅をしてきた方々が亡くなってしまうのは……」
「それはミルラの活躍次第だ。当然、俺の腕もあるけどね。船下りしている時は、絶対に周囲の警戒を怠るなよ」
「実力が出せるでしょうか」
実戦を前にするとミルラは落ち込みやすい、身体能力は比較的高いが、それでも優秀な巨人たちと比べると一歩も二歩も劣る能力だ。それが分かっているから、本人も落ち込みやすいのであろう。と言っても、俺が髄主だ。戦績で言ったら、立派に一流だ。
「いつも通りやれば十分だ。大丈夫だ。誰も死なせないよ」
「はい……」
「やっぱり不安? 信用されていないんだな、俺……悲しくなるよ」
わざと悲しんだふりをすると、ミルラは慌てた。
「違います。ご主人様は信じています。私は私が信じられないだけで」
「可愛いなぁ、ミルラは」
「いきなり何言っているんですか!」
「顔を赤くしちゃって」
「からかわないでください」
「あーあ、お暑いこと。今は夏でしたっけ?」
一緒に作業をしていたメリッサが話しかけてきた。基本的に操縦しているレッドは話しかけてこないが、褐色の肌で蒼ざめた長髪のメリッサはお喋りだった。髄主が無口だから、俺たちの会話に入ってくるのかもしれない。
「あーあ、私たちも熱々の会話がしたいですわ」
「女同士が熱々になってどうする」
レッドは即座に言った。
「何言っているんですか。女同士でも恋愛感情は芽生えるんですよ」
だが、レッドは何も言わなかった。
「巨人と人間だって、体格差はあれど肉体言語で話し合う事だって」
だが、レッドは何も言わなかった。
「ひーん。ご主人様が私を愛してくれない」
無言。
「ミルラ。無視して俺たちの世界に戻ろうか」
「酷いよ。無口のご主人様なんて嫌だー!」
「ああ言っているけど、レッドと離ればなれになるって言ったら泣くぞ」
メリッサはミルラと同じ遺跡から発掘され、ミルラより古い年代の巨人で、出生地もはるか南の方である。どうやら遥々旅をしていた巨人のようである。武器は杖で魔法使いが練成した水晶がついており、レッドお得意の火の魔法の威力を増加させる。メリッサ自体の能力は、人間で言うところの『踊り子』らしいが、髄主の能力を優先させた。服はワンピースの漆黒のドレスであり、盾はなく、頭には魔法の威力を下げる白銀の頭飾りがついている。ちなみに革のブーツだ。
「ふー、魔法使いには土木作業は疲れますね」
メリッサは鋸を器用に使い木を切り倒した。メリッサの能力と言うよりは、レッドの能力だろう。俺とレッドは幼い頃から国家によって養成された軍人だった。色々あって失脚したけど、昔叩き込まれた技術は全て脳に叩き込んでいる。
日がくれる前に、輜重隊が全て乗れる分の船を作ることが出来た。
本当だったら――夜を通して船で進みたいが、碌な明かりも無いなか博打をするわけにはいかなかった。船を作る作業音が盗賊たちに届いていないことを祈るほかなかった。
「緊張しますね」
「ほぐしてやろうか」
俺はミルラの中で、両手を揉むような仕草をした。ミルラは少し笑った。
早朝、眼下の川には輜重隊と、寒い訴えるメリッサが膝まで川に浸かっていた。一方の、俺――ミルラは崖の上を木々を避けながら四つん這いで移動していた。苦しいが、移動しているところを盗賊に見つかったら駄目なので我慢してもらった。そして、木の上から周囲を見渡して警戒するのも怠らなかった。
一時間が過ぎ、輜重隊に安堵の声が聞こえてきた。
「安心させといて来る時がありますが、どうやら大丈夫みたいですね」
「そうだね。くそー、ミルラを揉む良い機会だったのに」
「あちらは熱々なのに、こちらは寒いですわ」
「メリッサ。うるさい」
「うう……ご主人様が優しくない。頑張って川に浸かって歩いているのに」
「陸に上がったら、火で温めてあげるよ」
心配は杞憂で済んだが、陸に上がったあと、山の上から目的地を見ると、無残に燃え上がっていた。
「まずいな。状況が話と違いすぎる」
「相手の巨人は七体ですね。部が悪いですね」
輜重隊へ戻り、大将に説明をすると、眼が点になり呆然としてしまった。
メリッサは唇を尖らせながら、レッドが作った焚き火で温まっていたが、煙が出てこちらの場所がわかる恐れがあるので消火した。
「うう……私に優しくない」
「仕方ないよ」ミルラがメリッサを慰めた。
「敵は七体か。味方は見えたの」
レッドが聞いてきた。
「いや、いなかったから北側に逃走したんだろうな。とにかく……逃げるしかないな。物資は廃棄する。すべて川に流そう」
「あの大将が承諾するかな」
「山賊に盗まれたとでも言えば良いだろ」
輜重隊で敵を監視していた男が駆けて来た。
「大変だ。敵が四体北へ、こちらに三体向ってきた」
「私のせいじゃないもん!」メリッサが半泣きで訴えた。先ほどの焚き火の煙が見えたのだろう。
「分かっているよ。私の責任だよ」周囲を確認しないで、川から上がったら焚き火をしたのはレッドだった。レッドはメリッサの中にいるので、表情は見えないが恐らく怒っているだろう。自分自身に。昔から無口だが、レッドは怒気を石炭にしているかのようにして鋭くなる。失策は失策だが、失策の中でも悪い方向へは転がっていなかった。
「私は負けない……」
メリッサの持っている杖の水晶が光り輝き、水晶中で火炎が渦巻いているように見えた。
「大将! 物資を捨てて、川を遡って退却だ。そして、後続の輜重隊と連携を取って、そちらの指揮に従ってくれ」
「君たちはどうするんだ?」
「俺たちか? 俺たちは……奴等を殲滅する」
「ほう……まさかまさかの……猟犬部隊か」
俺とレッドは胸の上部から、上半身だけを抜け出した。
「そんな言葉がまだ残っていたとは知らなかったよ」
「ふん……国を裏切ったばかりか、楯突くとはいい度胸だ」
「子どもの頃から奴隷以下の生活をしていたからね~、感謝の言葉すらないな」
敵の二体は、模倣巨人だ。
だが、残りの一体は、雄型巨人だ。つまり、戦闘のために生まれた巨人だ。
最初に仕掛けたのは、俺だ。ミルラの中へ戻ると同時に、ミルラの疾風のアンクレットを行使して、前傾姿勢のまま短槍で突撃した。言葉をかけずとも、レッドは俺の動きに反応した。敵性勢力の巨人の目の前に火の壁を作り出して、続けて、弧を描く火球を雄型巨人に放った。
俺の狙いも雄型巨人だ。
最大火力で敵の最良を砕く。
短槍が肉体を貫く前に、雄型巨人の振った剣に弾かれた。体勢を崩したが、片足で飛び上がり、模倣巨人の後ろ側へと飛び上がった。レッドが反応して、火の壁を貫く火球を、ミルラの側にいる模倣巨人へと放った。模倣巨人は後方へ吹き飛び、ミルラと雄型巨人の間に転がった。雄型巨人は剣を振りかぶり、猿の叫び声のような音を発して切りかかった。
俺はミルラを動かして、盾を雄型巨人へ投げつけ怯ませ、模倣巨人を掴み盾にした。分厚い肉は剣を留めた。雄型巨人が眼をむく間に、短槍を握り締めて、身体を半転させながら、槍で鎧の間を突き刺した。手応えはあるが、致命傷ではない、全体重をかけて、押し倒しながら突いた。巨人は口から血を吐き出して、槍に貫通されながらじたばたとした。
そして、ミルラは最後の相手を睨んだ。
模倣巨人は斧を手にもち、ミルラの頭部へ斬りかかった。
レッドの援護もままならないだろう。
だがミルラの頭は僅かに横へ動き、斧の刃を僅かだけ滑らせた。兜は弾きとび、斧は雄型の死体へめり込んだ。勝負はついた。短槍を死体からどちらが先に抜けるかの勝負だった。ミルラが勝った。模倣巨人は首を貫かれて、絶命した。
「危なかったね」
レッドがメリッサから出て、肩に乗りながら言った。
ミルラの心臓がうるさいほど鳴っていた。
「ミルラ。良くやった」ミルラの顔に早くも青痣が浮かび上がっていた。「あの場面で、ミルラがびびっていたら確実に死んでいた。格上の雄型を倒すなんて滅多にないことだ……怖かったか」
ミルラは膝を抱えて、両目を膝で隠していた。
「いいえ、初めて同属の男の子にあったのに、殺し合いだったから」
俺は何も言えなかった。俺たち人間使いは名称の通り、人間も操ることが出来る。だが戦闘の場面では必然的に人間と同じ形をした巨人を操ることが多い、巨人と同等の戦闘能力なら龍とかもいるが、それだと形が違うので同等に操れないのだ。巨人は遥か昔に絶滅をして、発掘することで『再教育』を行い、人間に逆らえないように調教をしている。
俺たちは本当に酷いことをしているのだろう。
「ご主人様……困っているね」
「ああ……」
「でも、私とメリッサは幸せだよ。他の巨人たちって、私たちのように考えたり、喋ったりすることも無いんでしょ。私たちは、まだましだって思えるの。私、ご主人様のことが好きだし、この気持ちは嘘じゃないと思うんだ」
・人間が大型生物に寄生できるようになった話。
・巨人じゃなくても大型生物なら寄生できる。
・前に連載で書こうと思ったけど、進撃の巨人とかエヴァっぽくて心が折れたので短編で書いた。