遊び人を舐めんな!
皆様、遊び人という職業を知っているだろうか。
昔懐かしのRPGで出てきた色物職業、戦いの最中に何故かただ一人装備が無駄に扇情的だったり、勇者がボコられている横で何故か踊りだしたり、緊迫の空気の中放っておくと一人で攻撃どころか防御でもない意味のない行動を起こし『こいつマジ使えねえ…っ!』と思いつつ、将来大成するかもしれないと勇気あるプレイヤーが連れ歩いていた、あの職業だ。
かくいう私もその昔、RPG専門のゲーマーとして様々なゲームに挑戦している最中に、縛りプレイの一環として育成していたことがある。
ここぞというとき使えない───ように見せかけて、何故かいきなり会心の一撃なんかを放ったりする、あらゆる意味で枠にとらわれない異色の職業、それこそが遊び人。
例え戦闘中に一発ギャグを放とうとも、例え空気を読まずに踊りだしても、縛りプレイと思えばそこそこ楽しくて、私は存外に『遊び人』は好きだった。
そう、RPG好きだった私は、縛りプレイのハンデになるからという理由で遊び人が好きだった。
すべては今は昔の話だ。
男の遊び人なんてもってのほか、同じ役立たずならやっぱり遊び人は女で色っぽいお姉ちゃんに決まりだよね、なんてはっちゃけてプレイしていた前世の自分、豆腐の角で頭ぶつけて悶えろ。
────遊び人、なめんな!!
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「あらぁ…口ほどにもないって、あなたみたいな男を言うのねぇ」
くすくすと、あざとくならない程度に可愛らしく微笑み、光の加減によっては金にも見えると称される琥珀色の瞳を細めて小首を傾げる。
さらりと肩を滑るのは腰まで伸ばした波打つハニーベージュの髪。冒険者とはいえ手入れは欠かしていないお蔭で、滑らかキューティクルが自慢だ。
ゆるふわロングの髪は普段は右側で軽くシュシュで結んでいるのだが、今の軽い運動で結びが解けてしまったらしい。
髪に引っかかっているシュシュを右手で取り、落ちてきた部分を耳にひっかける。
散らばった椅子の間に嵌って石造りの床に倒れ込んだ男が口を開けて見上げているのを意識しつつ、ふっくらとした唇を持ち上げた。
「女の遊び人なんて、使えねえ…ですっけ?その逞しい腕でいかにも戦闘慣れしてなさそうなか弱い私を守ってくださると仰ったのに……」
ふぅと軽く吐息を零し、視線を斜めに落とす。
一瞬だけ視線が絡んだギルドの受付員が呆れるように肩を竦めたのをしっかりと視界にとらえていたが、未だ倒れたままのいかつい装備の『剣士』様は全く気付いていないらしい。
視線を合わせるために床にしゃがみ込むと、周囲の男どもから低い声の歓声が漏れた。
ちなみに私の服装は、前世風に言うと改造版袖有黒地に薄い菊柄のチャイナドレスといったところで、肩と谷間がのぞく部分は黒の魔法糸の菊柄のレースで透かしが、そして体裁きを必須とする職業故に際どい部分までスカートにはスリットが入っている。自慢の脚線美は同じく魔法糸で作られたレースのストッキングもどきを履いてるので、実際に肌が露出している部分は極めて少ないのだが、それでも十分に視姦する価値はあるとほざいたのは、腐れ縁のあほ男だ。初めてこの装備を身に着けた際に舐めまわすように見てきた彼の両目を思わず指で突いてしまったのは仕方ないと思う。
普段からセクハラ三昧の馬鹿男であるものの、彼がいる限り絡まれることはほぼないので重宝していたのだが───まったくタイミングが悪い男だ。ここぞというときに役に立たない。確か今日は爆乳が魅力の魔法使いの『サーリちゃん』とデートとか言っていたが、先日デートしていた脚線美自慢の格闘家の『マゼンダちゃん』に告げ口してやろう。
あ、もちろん私もチャイナドレスもどきを着こなすだけあって、スタイルには自信がある。出るとこは出て引っ込むべきところは引っ込む、いわゆるナイスバディだ。
職業遊び人ともなると見た目も己の武器の一つ。武に特別に秀でてるわけでもない、さりとて魔法に秀でてるわけでもない。
しかしどこの誰に侮られようとも、遊び人には遊び人の戦い方がある。弱い、使えない、なんて偏見もいいところだ。
チャイナドレスもどきの袍の部分に隠してある黒の扇を取り出し、閉じたまま彼の顎に当てて上向かせた。
そして無理やりに視線を合わせ、彼と出会った短い時間の中でもことさら華やかで相手を魅了すると師匠にも褒められた笑顔を向ける。
何を考えたのかごつい顔で乙女のように頬を赤らめた男へ、吐息がふれる部分まで顔を近づけ───
「遊び人舐めてると痛い目見るぞ、コラ」
男性でも滅多に出さないようなド低音で、思い切り恐喝した。
遊び人スキル『声帯模写』。今ので完全に腰を抜かしたらしい自称屈強な戦士様にウィンクを投げかけ、私は立ち上がり踵を返した。
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遊び人。それは冒険者仲間の間でも異色とされる、マイナーな職業。
剣士、盗賊、格闘家、魔法使い、治療師などなどあまたある職業の中でもほぼなり手がいない、遊び人になるくらいなら専門職を選ばず冒険者を続けると言われるくらいに人気のない職。
武に秀でるわけでもなく、魔法を扱えるわけでもない、音楽を奏でてサポートに回れる吟遊詩人とも、動物に愛されるテイマーとも違う、異色の存在。
一見の相手にはまずパーティーを組もうと誘われることもなく、むしろ偏ったイメージを持たれるハンデバリバリな職業、それこそが『遊び人』。
いわゆる転生者と呼ばれる私とて、路頭に迷う前に記憶が戻っていたなら、もっと足掻いて適職を探しただろう。
例えば女だてらに剣を操るほど力がないなら素早さを活かした格闘家とか、一子相伝の技術により魔力は少なくとも技術は身に着けられる薬師とか、色々と方々努力したと思うのだ。
けど記憶を取り戻したのは、生まれた実家が取り潰しとなり、ついでに家族が離散したそのあと。
名のあるお貴族様の生まれで、そのまま成長すれば家の政略結婚にさぞ役立つだろう美貌を持っていた私は、蝶よ花よとそれこそ『箸より重いものを持たない』を地で行く生活を続けていた。
だが栄華とは続かぬものでおそらく父が政権争いで敗れたのをきっかけに一気に没落し、何が何だかわからない内に生まれ育った屋敷どころか領地まで没収、国外追放まで流れるように進み、気が付けば貴族時代の生活が忘れられない両親がお金欲しさに私の美貌に目を付けた見知らぬ男に売りつけられ、奴隷が禁止されていた法律のお蔭で、奴隷商の男が私を商品として別の誰かに売りつける前に救い出された。
私の前世の記憶は両親に奴隷商人に売り払われたところで戻り、混濁する記憶で泣きわめき続けたので商品として売れなかったらしい。
自分の過去なのに、何故『らしい』という表現を使うのかというと前世の二十数年分の記憶と、現世での記憶の混濁の所為で色々と酷かったらしい時代の記憶が全て曖昧なのだ。一緒に売られそうになっていた腐れ縁の男は普段のへらへらした表情を引き締め、苦虫を千匹は噛み潰したような顔ではっきりと思い出したくないと唾棄するくらいなので、一生鮮明にならなくていい。
ともあれ救出はされたものの、元は箸より重いものを持たないを豪語していた貴族の娘、前世の常識は思い出せたものの、現世の常識など箱入り中の箱入り娘にはほぼ何もなかった。いや、正確に表現するなら、常識以外にも何もかも、生きていく上で必要な知識すら、持ってなかった。
そんな私を拾ったのは私と腐れ縁の男の師匠である人で、師匠は他の奴隷候補たちと違い完全に人見知りと人間不信をこじらせて行く当てがなかった私、ついでに後に腐れ縁となる男を連れて帰り、自ら親代わりとして私たちが自分で生きていけるよう育ててくれた。
師匠は長く冒険者を続けていて、私とそいつの適職を見出しそれぞれにあった育て方をしようとしたのだが───悲しいかな、私には優れた師匠をもってしても適職が見つからず、ついにステータスを調べるために冒険者登録をし、神殿で適性を調べた。
筋力、体力は一般人以下、辛うじて素早さと魔力だけは一般人並で、器用さが一般より少し上、そして魅力だけは無駄に高い。魅力が高いならテイマーの道も開けるかと一瞬期待したものの、テイマーになるには神の加護『ケモノの愛』が必須だった。
もちろん私にはそんなものはない。獣どころか両親にすら売り払われたのだ、魅力値だけ異常に高くても愛されるかどうかは別物である。
だがしかし、神殿で調べてもらったステータスの中で、たった一つ、一つだけ私にも神の加護、それも神殿の高位神官ですら一生に一度お目にかからない確率の方が高いものが備わっていた。
神の加護『グッドラック』。
家が取り潰しになった上に国外追放され、大金欲しさに両親に売られて、奴隷になる寸前までどんぐりみたいに転がった私が唯一持つ加護が『グッドラック』ってふざけるなと最初は思った。
思ったものの、よくよく考えてみれば、家が取り潰しになって国外追放されるくらいなのに五体満足で生きていたし、大金欲しさに売られても傷一つ付けられなかったし、むしろ美貌を売りにして高値で売ろうとしていたせいか、奴隷と聞いてイメージされる薄暗い牢屋に入れられたわけでもなく、前世の日本人の記憶からしてみたら十分な雨風凌げる場所を提供され、貴族時代に比べれば劣るもののそれでもお腹を満たすための食事は提供され、あわや売られそうになった時は国から依頼された有名な冒険者と王立騎士団に救出され、人間不信の塊になっても引き取ってくれる存在が現れ、生きていくための技術をもらい帰る場所が出来た。
つらつらと並べてみると確かに私は運がいい方で、未だ腐れ縁が続く男の方がシュールだった。
不運や悲運ももちろんある。しかし同等以上に幸運と好運、そしておまけに悪運に恵まれていた。
気まぐれと有名なギャンブルの神ソネティオ、彼の加護『グッドラック』を授けられた私が告げられた天職は『遊び人』。神官に告げられた瞬間一瞬絶望しかけた私は悪くない。
しかしながら、あの頃の私はステータスの低さから『遊び人』以外になれる職業はなかったし、『遊び人になるくらいなら一生専門職に就かない』と思っていたのも過去の話だ。
先入観によるイメージで『遊び人』=『役立たずのごくつぶし』、そう考えるのが世間での常識。
筋力も体力も素早さも魔力も並、もしくは並以下。少ない魔力で効率よく戦う技術もなければ、薬師のような専門的な知識もなく、たしなみで習っていた楽器を奏でても癒しを与えるなんてことは出来ない。
それでも冒険者として専門を学ばなければ大成しないという師匠の言葉に折れて選んだ職業だったけど、今の私は後悔なんてしていなかった。
天職と言われるだけあって私は『遊び人』にとても向いていた。筋力、体力がない分美貌を磨き知恵を磨いて、欠かさぬ努力で維持している美貌を傷つけられないために必死の思いで器用さと素早さを上げて体裁きを磨き、遊び人としてのスキル向上のためギャンブルの腕前や踊り歌唱も磨き、いかなる場所でも『遊び人』でいるために社交を磨いた。戦闘時に直接役に立つスキルこそないものの、努力に努力を重ねた今では『遊び人』を天職と思っている。
結果冒険者としてもそこそこ名前が知られるようになり、指名で依頼が来るほどまでに成長した。
たまに今回みたいな偏見に満ちた相手が絡んでくることもあるものの、ちゃんと懇切丁寧にお相手をすることにしている。
『遊び人』を専門職にしている冒険者がいないので世間ではあまり知られてないが、『遊び人』とは存外に有益な職業なのだ。
例えチャイナドレスもどきの扇情的な装備を身に着けていようとも、例え隣で仲間がボコられている最中にダイスを振っていようとも、戦闘スキルを一つとして所持してなくても、自ら攻撃しても悲しいくらいに敵にダメージを与えられなくとも、『遊び人』は常に全力で生きるために遊んでいる。
戦闘中にいの一番に特攻していく剣士みたいに筋力はない。
一撃で相手を倒す高火力の魔法を使える魔法使いみたいに魔力はない。
傷ついた仲間をいやすための治癒力も、相手をほんろうするほどの素早さだって持ち合わせていない。
だがよく考えて欲しい。ぐるぐると唸りながら鋭い牙を見せつけ、あまつさえ口から涎を垂れ流し臨戦態勢ですよと訴えている相手を前にして、それでも私たちは遊ぶのだ。いくら武や魔に優れていようとも、そんな存在他にはいやしない。
私たち『遊び人』はどんな相手だろうと常に遊び続ける胆力がある。
常に自らの存在を運にかけ、己の裁量でもって運を引き寄せ、そしてここぞという時は絶対に負けない。それこそが一流の遊び人だ。
「まったく、本当にみんなわかってないわ」
腰を抜かしたままの男をギルドに残し、ケチがついたので他所で飲み直そうと外へ出る。
普段は声をかけてくる相手が多すぎるので、仕事以外ではギルド内以外にある酒場に入らないようにしているが、今日はなんとなく外に出たい気分だった。
こういう感覚を、遊び人としての私は大切にしている。今までも『なんとなく』に救われて幾度も命を救われた。
空を見上げれば、薄桃色のお月様。現世の私が見たらなんて乙女チックと苦笑いしてるだろう夜空を見上げ、私こと、遊び人マリエッタ・カヴァンはまだまだ眠らない街へと歩を向けた。