第八話
トントンと軽いノックの音がして、お袋が入ってきた。
何げない様子で地図をしまって、時計を見る。
時刻は午前七時半。
「要。本当に今日から学校に行くの? 少し休んでからでいいのよ?」
「いいよ。勉強遅れたら嫌だし」
そう言い訳をして、俺は制服に袖を通した。
懐かしい感じ。制服着てたのは何年前のことだったっけ。
朝食はすでに済ませてあるので、お袋に持ってきてもらった鞄を受け取り病室を出た。
「こんなに早く学校に行くの?」
廊下を歩いている俺の後ろを歩きながら、お袋は心配そうに小さな声で聞いてくる。
「だってここから歩いていったら、三十分くらいかかるだろ?」
「歩いて? 何を言っているの、退院したばかりなのに!」
立ち止まって大きな声でお袋が言ったので、廊下にいた人のほとんどが俺たちを見る。
気にせずに歩いている俺の後を、お袋は慌てて追いかけて来た。
「身体が鈍ってるから、歩いていくよ」
お袋の反応を待たずに、俺は病院を急いで出る。
駐車場を出たところで何となく振り返って見ると、まだ玄関に立っていてこちらをみつめていた。
そりゃ、心配だよなぁ…これからもっと心配かけるかもしれないと思うと、ちょっと申し訳なく思う。
溜息をついた後、深呼吸をすると空気が冷たい。息が白い…。何か上に羽織ってくれば良かった。
空を見上げると快晴。それにしても、やっぱり寒い。
身体を慣らすようにゆっくりと歩きながら辺りの風景を見ると、青空から貰った地図が頭に浮かぶ。
「なるほど」
地図の通りに公園を通り過ぎて商店街を抜け、けっこう急な坂道を登る。
「要くん! 退院後の身体にはきつくない?」
後ろからそう声をかけられて、立ち止まり振り返ると、緑色のマフラーを巻いた見知らぬ生徒が立っていた。
「えっと…誰だっけ? ごめん俺、記憶がないんだ」
そう言うとその生徒は一瞬、困った顔をしたけど、その後すぐにニコニコと微笑んだ。
「そうなんだ…。僕、鳶沢勇気。君と同じクラスだよ。良かった、元気そうで。お見舞いに行けなくてごめんね」
「ああ…別にいいよ」
「えっとね…知らないだろうから言っておくけど、僕は君のお母さんに気に入られてないんだ。だから、病室の前まで行った事はあったんだけど…」
俺は意味が飲み込めずに首を傾げた。
「気に入られてない…?」
「あー、えっと。その。僕が地方公務員の息子だから」
「はぁ…? 地方公務員の何が悪い?」
鳶沢は目を丸くする。
その様子が何とも可愛かった。
本人はそう言われても嬉しくないかもしれないけど。
「う、うん。僕もわかんないけど。その…上流階級の人と付き合えって言われてるみたい」