第五十三話
こんなものしか無いんで…と言って流歌はクッキーの缶を出してきた。
ある程度お腹も満たされたところで、次に考えることと言えば…。
「ねぇねぇ流歌くん。家の中見て回っても良い?」
獅狩がキラキラした目で言うので流歌は苦笑しながら頷く。
「まだ埃があるんで、気をつけてね」
俺と獅狩が立ち上がって探検にでかけようとしていると、都雅が低い声でラゴ様に詰め寄っていた。
「お化けがいないってのは本当ですね?」
念押しするように言って目を細める。
うん、かなり怖いぞ都雅。
「居ないことを保証しよう」
都雅は頷いて先に食堂を出て行った獅狩を追いかけて行った。
まぁラゴ様がいないって言うなら居ないんだろうな。
死神がお化け見えないとかないだろうし。
「勇気君も探検してきてはどうだね?」
俺には言わずに勇気に言いやがった。
勇気は勇気で空気を読むのに長けてたりするから、頷いて食堂を出て行く。
つまりは<俺>に話があるってことだよな?
三人の足音が消えてから、ラゴ様が俺に座るよう促した。
渋々座ると、流歌が紅茶を淹れ直してくれた。
「さて、君には一番先に伝えておかないといけないことがあってね」
「はぁ」
「流歌の正体について」
正体…というからには死神じゃないことはわかった。
「流歌はね。吸血鬼なのだよ」
「…………はぁ?」
俺の反応に流歌がブフッと吹き出す。
「なんだよ」
「ごめんごめん。まぁそういう反応になるよね」
流歌は手をヒラヒラと振って笑いつづける。
「吸血鬼って…あの吸血鬼か?」
「信じられないかもしれないが、あの吸血鬼だ」
俺は子供向けの本の表紙に乗っていた吸血鬼のイラストを思い出した。
流歌とのイメージが重ならない。
「吸血鬼…」
「まぁ、子孫だから血が食事ってわけでもないけどね」
紅茶を飲んでたし、なんとなくは分かる。
「食事では無いけれども、飲むことはできるよ」
にっこり笑った流歌の瞳が猫のようになったのを見てしまった。
ゴクリと唾を飲み込むと、流歌がまた笑いだす。
「まぁ、ほぼ人間だから気にしないで。人外だから色々見えるし触れられるから、引っ張り出されただけでさ」
「じん…がい」
「そ。確かにほぼ人間だけどさ。体力が人間よりは少しあるし。飲もうと思えば血も飲める。それにこの年齢を数十年続けてる」
とてもじゃないけど信じられない話だった。
俺たちと同じくらいの年齢にしか見えない。冗談を言われているとしか思えない。
「死神は信じられても、吸血鬼は信じられない?」
「いや、だって死神は獅狩に見えなかったりするし…あれ、今日はなんで青空やラゴ様見えるんだ?」
ラゴ様はふふふと笑って紅茶を飲む。
クマのマグカップが段々高貴に見えて来たぞ。
「人間に対するけん制も含めて姿を現しているのだよ。それに、いざという時に私を知っておいてもらわないとね」
いざという時…という言葉にヒヤリとする。
「やっぱり獅狩も危険に巻き込んじゃったのか?」
「さて、今のところは何とも言えないがね。ともかく、吸血鬼と信じなくても構わない。流歌からなるべく離れないように」
「わ、わかりました…」
「ま、よろしくね。新学期が始まったらまた遊びにおいでよ。家族を紹介するよ」
家族ってのも吸血鬼なんだろうか。
いまだに信じられないけれど、黒いマントの吸血鬼に囲まれるのを想像して冷や汗がでた。
たぶん俺の血は美味しくないとオモイマス。
「死神はなんで吸血鬼を知ってるんですか」
「ふむ、それは我々の仕事ゆえと言ったところかな? 信じないかもしれないが、この世には人間と違って死を迎えないモノ達がいる。何故かというのは我々の永遠のテーマでもあるのだがね。人間と違って<寿命>がない。それゆえに鬼籍に突然名前が載るので気が抜けないのだ。彼ら専門の死神がいるくらいでね」
「えっと…そういうモノにも魂がある…と?」
流歌を前に失礼なのは重々承知。どうしても聞きたかった。
ラゴ様は俺の質問に静かに笑って頷いた。
「物語だと思ってくれていいのだがね。全てのものに魂はある。どこまでというのはトップシークレットで教えられない。いまだに把握していないものがあって、青空たちが偶然拾ってくる時もある。死神といえども完全ではないのだ」
「えーと、それじゃ。もし俺が死んで生まれ変わるとしたら、そういうモノに生まれ変わる可能性もある?」
ラゴ様は笑って答えなかった。
「流歌の一族は、大昔絶滅しそうになったことがあった」
「吸血鬼が?」
「吸血鬼にも色々と血筋というものがあってね。ともかく流歌の祖先が一度に大勢死んだ。その時に興味が会って会いにいったのだよ。我々が見えたことに驚いたがね」
その時からの縁らしい。
もっともその時が<いつの時>かは知らないけれども。
「流歌たちは死神も見えるし、人間と同じように過ごせるのでね。我々は結界の中には入れないゆえに、力を借りることがある」
結界の中に入れないといのは青空に教えてもらったことがある。
本当の姿が現れちゃうからとか言ってたけど。
「ラゴ様の本当の姿ってどんなんですか?」
「見ない方がいいよ」
流歌がぼそっと呟いた。
「流歌は見たことが?」
「うん。一度だけね」
口では言い表せないと苦笑する。
「流歌は結界内に入っても吸血鬼の姿が現れるとかはないわけだ?」
「うん、ほぼ人間だし。少し不便にはなるけどね。身体能力は魔法とかで作られているものじゃないから大丈夫」
「へ~。コウモリとかになるわけじゃないんだ?」
「変身はできないよ。コウモリを使役することはあるけどさ」
その時二階でギャーという悲鳴が聞こえた。
「何だ?」
バタバタと階段を駆け下りてくる音がして、三人がというか二人が血相を変えて食堂に入ってきた。都雅はただ付いて来たという感じ。
「どうした? 何があったんだ?」
驚いて立ち上がると、獅狩と勇気が口をパクパクさせて言葉にできないようだった。
「都雅…何があったんだ?」
「オレは後ろにいたから、よく分からない」
仕方なく、もう一度二人を見る。
「勇気」
「おお、おおっ、おっ」
「おっ、おばけっ」
獅狩がようやく言って、都雅が驚いたようにラゴ様を見る。
ラゴ様は首をかしげた後、首を横に振った。
ということは、お化けではない…と。
「正体見たり枯れ尾花っていうし、もっかい見に行こうぜ」
「「えええええ」」
勇気と獅狩が同時に叫んで首を横に振る。
俺は仕方なく都雅と流歌と一緒に二階へと行くことになってしまった。