第四十八話
大変大変お久しぶりでございます(汗)
家に帰り、自分の部屋に戻った俺はベッドに横になり天井をぼんやりと眺めた。
未だに分からないことがある。見えない糸で魂と体(青空たちに言わせると器)が繋がっていると言っていたけど、見えないと触れられないっていうのも良く分からないし…。
何でこんな事になってるんだかと、深い深い溜め息をついた時、部屋の窓がコンコンと小さく鳴った。首だけ上げて窓を見ると、灰色の猫が窓を叩いている。
窓を開けることに躊躇していると、猫が俺の目をみて、おいでおいでと前足を動かした。
窓に近づくと「開けてください」と声が聞こえる。これは明らかに大治郎の仲間だ!
俺が慌て窓を開けると、するりと部屋の中へ入ってきて丁寧に挨拶をした。
「こんにちは、初めまして」
「は、はぁ…初めまして」
「船迫 要です」
は?
はい?
「船迫 要です。今は暫定的に猫の体に入っていますが」
そう言えば最初の頃、何か説明されたような…。確か、自分で希望して死神の仕事を手伝ってるとか何とか言ってたはず。
「もしかして…もう体を返せとか…?」
「いいえ、違います。お話があったので」
そう言って机に乗ったので、俺は椅子に腰かけて猫を見た。
「ええと要って呼んで良いのか?」
「はい。突然来てしまってすみません」
要猫は、そう言った後、部屋をキョロキョロと見回した。
「勝手知ったる自分の部屋だろ?」
「そうですが、猫の目で見ると違って見えます」
ふふっと笑って目を細める。
うわ…撫でてぇ。
しばらく見ていたが、要猫は机に腰を下ろした。
「とっ、ところで…話しって何?」
「学校の事で」
「あぁ…成績の事なら…何とかしてくれるって、あいつら言ってたけど?」
「……ぼく、医者になるつもりないので。その事だけは伝えておかないと、と思ったんです」
「え…?」
医者にならないとは…どういうことだ?
以前、聞いた話しによると要の父親は医者で、なんでも、祖父と祖母も医者だったらしい。父親の兄弟は四人いて、全員医療関係勤務。要の父親は長男じゃなかったので、実家の医院は継がなかったみたいだけど、将来は独立する計画があるらしい(自慢気に要の母親が、記憶を無くしたと言った俺に説明した)。
「親にも以前言ったことがあったんですけどね。一笑されて終わりました。でも、ぼくは本気です」
要猫は、毅然と言う。
「……そっか」
「止めないんですね」
「止めて欲しいのか?」
「大抵は止められますよ。死神の方にさえ言われました。三刀屋さんは大人ですよね?本当は」
「記憶がおぼろ気だけど…。一応大人だな。」
苦笑いをして要猫を見ると、首をかしげて不思議そうに俺を見つめていた。
「今は三刀屋さんの体を探すチームには入ってませんが、現在関わっている仕事が終わったら加わりますので」
「おっ、そうか!助かる!」
クスッと笑って、要猫は体を起こす。
「親に会って行かないのか?」
「母親は、あまり動物が好きじゃないんです。それに会った所で話しかけられませんから」
猫に話しかけられたら、驚くだけじゃ済まないかもな。
「今更ですが、部屋の物は何でも使ってください。パソコンはシークレットキーがかけてありますが、教えますし」
「あ、うーんと。使えねぇから良いや」
「そうですか?簡単ですよ」
「携帯電話だけで何とかなるよ。…あ、そうだ!ケイ タイのメモリに入ってる電話番号とかメアドとかさ。かかってこねぇのが多いから消しちゃってもいいか?」
「はい。どうせこちらからも使わない情報ですから、全部クリアにしてから使ってください」
「良かった~箱柳のは速攻消しといたんだけどさ」
俺の言葉に要猫は猫なのに、ぶふっと吹き出した。
「やはり馬が合いませんか」
「合わないねぇ。虎の威を借るなんとやらってのが嫌いでね」
今度はクククと短く笑って要猫は体を小さく震わせた。
「でも、本当に良いのか?全部消しちゃって」
「はい、僕はもう、人間に戻るつもりはないので」
は?
はい?
「えええ? だって、この体は約一年しか借りられないって聞いたぜ?」
「まぁ、その話は今度お話します。ともかく、期限のことは気にしないでください。以前の僕の事も考えなくても良いです。では、また」
要猫はそう言った後、止める間もなく開いたままだった窓から、するりと出て行った。
考えなくても良いと言われても、考える余裕はなかったけれども。
ともかく俺は窓を閉めて椅子に座りなおした。
「なんだか、複雑なのは俺だけじゃないんだなぁ」
などとしみじみ腕組しつつ、つぶやいたところへ勇気から俺の携帯電話にメールが届いた。
「なになに? 都雅のメールアドレスを聞いてくれ? 自分で聞きゃ良いのに」
そういえば、教えてもらってなかったな。
明日、聞こう。
勇気のアドレスはすでに登録してあったし他のアドレスは、ほぼ消したので登録する場所は余るほどある。
ただ、中に数通未読のメールがあって、いくら要猫がああ言ったからといって、読んだり消したりしては駄目な気がする。
新しい携帯を買って、こっちはしまって置いた方がいいだろうな。
青空から貰った地図には携帯電話を売っている場所は描いてないので、勇気と都雅に明日連れて行ってもらおう。
そういえば…以前、青空がモバイルパソコンみたいなのを持っていたのを見た気がするけど、青空にもメールって届くんだろうか…でもそれなら、大治郎を呼ぶためのホイッスルなんていらないよな…。
などとホイッスルをもてあそびながら考えていると、再び窓がノックされた。
コツコツ。
コツコツ。
窓を見ると、今度はカラスが窓をつついていた。
「…もしかして、もしかする…?」
ゆっくりと近づくと、カラスが口を開いた。
「どうも、玉繭探索部所属、計都から派遣されてきました、オニです」
「…鬼!?」
「あ、いえ…オニ…オの方にアクセントが付きます。オニキスの語尾を取った感じで発音してください」
「ややこしい名前つけるもんだな」
「はぁ」
要猫のように入ってくるのかと思って窓を開けたが、オニは入ってこない。
「あ、わたくしは外で警備する担当ですので中には入りません」
「あ、そうなのか」
「カラスの姿をしておりますから、くっついて行くと気味悪がられる可能性が高いので、先にご挨拶をと思ったしだいであります」
「それは、どうもご丁寧に」
オニがお辞儀みたいのをしたので、つられて俺も頭を下げてしまった。
「わたくしは警備担当ですので、付かず離れず付いてまいりますが、他の人間に不審に思われないように、あまりお話はできません。何か話す用事ができましたら、ホイッスルで大治郎殿をお呼びになってください」
「あぁ、わかった」
「では、よろしくお願いいたします」
そう言って、窓から離れるとバサバサと音を立てて飛び立った。
なんとなく青空たちの相棒は猫だけのような気がしていたけど、結界がどうのこうのと説明された時に、鳥の話もでたような記憶がかすかにある。
「カラスかぁ」
確かに極彩色のオウムが来るよりは良いけど。
俺は電線にオウムが沢山とまっていて、俺を見おろしている絵を想像してしまい、寒気がした。
オウムも困るが…でも、でもだ。他の動物が沢山いられても困る。
ふと、オウムや猫、その他色々な動物が家の周りを囲んでいるイメージが頭を過った。
俺は急いで窓を閉めたあと、少し早いがカーテンを閉めることにした。なんとなく、なんとなくだ。