第四十四話
「キーンという音ですか?」
勇気が確信に似た瞳でラゴ様を見つめる。
「そう、それに近い。…聞こえるのだね?」
勇気は頷いた。
「小さい頃から、聞こえてました。病院に行っても原因不明で、直らなかったんです。ただ、聞こえるのは本当に小さな音で、日常生活にはそんなに支障がなかったし、時々だったので。そのままにしてましたけど」
俺は驚いて勇気の顔をしげしげと見つめてしまった。
「それは、魂と器どちらかの音だろうね。御互いに呼び合うように鳴るのだ」
「と、言う事は。この音が聞こえる時って、肉体から離れた魂があるときってことですか」
「そうだね。意外に器から気づかないうちに魂が抜けている人が多いのだ。夢を見ていると思っているだろうが」
まさに幽体離脱ってことか。
「さて、そろそろ私は帰るとしよう。青空はどうするね?」
「ええと…玉繭に報告する事もあるので、僕も帰ることにします。ほら行くよ大治郎」
「にゃ? 連絡の仕方を教えないのかい?」
青空はうっかりしていたらしく「あぁ!」と大きな声で言った後、声を出してしまった事に自分で驚いていた。
「すいません。ええと…これ。渡しておきます」
青空が俺にくれた物は、ホイッスルだった。銀メッキのやつ。
俺は思いっきり吹いてみた。
ピーッと音がするかと思いきや、何の音もしない。その代わりに大治郎が飛び上がった。
「そんなに吹かなくても聞こえてらぁ!」
「え?」
「それは大治郎を呼ぶ笛なんです。小さく吹いても聞こえますから」
「そうなんだ」
「ああ…びっくりした。今度は静かに吹いとくれよ」
大治郎は身体をブルルと震わせる。
「ごめんごめん」
都雅が俺の手からホイッスルを受け取って、じっと眺めた。
「犬笛とは違うんだね」
「そうですね。大治郎だけに聞こえる…と言うと大げさになるかもしれないですけど。他の動物達にも聞こえるのですが、自分を呼んでいる音では無いと分かるんです」
「へぇ」
三人でその笛を眺めていると、窓を開ける音がした。
「それでは失礼するよ」
ラゴ様が先に窓から出て行く。
まるで透明な屋根に乗っているかのように、空中に立っていた。
「情報が入り次第、こちらからも連絡しますね。それでは失礼します」
青空は以前、病院で見たように大治郎の尻尾に掴まった。
大治郎がふわりと浮くと同時に、青空の身体も一緒に浮き上がっていく。
窓から二人と一匹が上空に消えてゆくのを見ていた俺たちは、首が痛くなって見上げるのを止めた。
そして窓を閉めた途端に、俺は今頃思い出したのだった。
「あっ!」
「なっ…何?」
「文句言うの忘れてた」
学年のことをきちんと説明してくれなかった事を、言おうとしていたのを忘れていた。
「青空さんだって、忙しいんだよ。許してあげたら?」
勇気の言葉に俺は深いため息をついて、頷いた。
仕方ない。
今回だけは許そう。