第三十五話
「まぁ…友達? 都雅が友達を連れてくるのは初めてじゃない? 今晩は御赤飯炊いちゃおうかしら」
「…まず、どうやら右文のファンらしい、鳶沢 勇気。それで、こっちが船迫 要」
勇気は絵とマナちゃんを見比べて、ほぅとため息をついた。
「お会いできて光栄です」
「まぁ、うれしい」
勇気は右手を制服の裾で拭いてから、マナちゃんと握手を交わす。
「物凄くファンなんだな」
「うん。僕、画集を全部持ってるよ。展覧会が開かれる場所が遠くて、今の僕じゃ行けないけど。大人になったら、絶対に行くつもりなんだ。お金をためて、いつか八潮路 右文の絵を買うのが夢なんだよ」
勇気は気づかなかった様だけど、後ろで小さくため息が聞こえて、俺は気がついて振り返る。
そこには作務衣に身を包んだ初老の男が立っていた。
「あ、お父さん」
都雅が気づくと、作務衣の男は近付いてきた。
「要、勇気。父の右文」
「……八潮路 右文だ」
てっきり祖父かと思った…と言う言葉は呑み込んで(勇気は知っていたみたいだった)、俺は会釈する。
「めずらしいな、お前が友達を連れてくるとは…天変地異の前触れか?」
「あら、いやだ…右文さんったら。面白い冗談」
「お父さんが冗談を言う方が珍しくない? そっちの方が天変地異の前触れかも」
「わしは本気で言ったのだがな」
「あらそうなの? それじゃ、災害対策しておこうかしら」
「今までしてなかったの? お母さん」
「都雅ったら、マナちゃんって呼んでって言ってるでしょう。ねぇ、右文さん。今日は御赤飯炊こうと思うの。素敵でしょう?」
「……お前に赤飯が炊けるのか」
「あら、最近の炊飯器を甘くみちゃいけないのよ」
「赤飯は作らなくてもいいって。それより、お昼ご飯を用意してもらえない? マナちゃん」
八潮路一家の会話に入り込めず、俺と勇気はポカンと立っていた。
「何だ、まだ昼飯も作っていないのか。正午は過ぎたぞ」
「あら、いっけない! すぐ作るわね」
「オレ達は二階にいるからね。できたら呼んで」
「分かったわ」
まだポカンとしながら、俺と勇気は都雅について階段を上る。
階段を上って左右に一部屋づつ。突き当たりにもう一部屋。その突き当りの部屋が都雅の部屋らしかった。