第十八話
俺が首を傾げると、都雅が隣で小さく笑う。
「何だよ」
「さっきの猫も、同じように首を傾げてたからさ。思い出しちゃって」
「え?」
「教卓の上に乗っかって、しばらくこっちを…っていうか、多分、要を見てたと思うけど。その時、誰も自分に気付かないことを不思議に思ったんじゃないかな? こう…首傾げてたよ? もちろん一番気付いて欲しいだろう、要も含めてだけどね」
俺は首を元に戻すと、ため息を吐いた。
「悪かったな…鈍感で」
そういえば大治郎の奴、何処から入ってきたんだろう。窓は全部閉まってるし、ドアだってきっちり閉じられていた。まさか、病院の時みたいにすり抜けて来たのか? でも、すり抜ける瞬間を見られたら危険だよな。
「何、考え込んでるの」
都雅はクロスワードをやっていた手を止めて、身体をこっちに向けると、右腕で頬杖をついてそう言った。
「あ、いや。さっきの猫」
「大治郎?」
「ああ、うん。その大治郎さ、どうやって教室に入ったのかなーと思って」
左手で、さっき教師が入ってきた前の方のドアを指した。
「先生と一緒に、入ってきてたよ」
「……そん時に、言えよ」
「何で猫が入ってくるのかなとは思ったけど。まぁ、オレには関係ないことだし」
「あのなー。っていうか…マジ? それで誰も…いや俺もだけどさ…気付かなかったのか…うわ…ちょっと…びっくり」
俺が身体を反らせてそう言うと、都雅は楽しそうに笑う。
「要といると、退屈しなくてすみそうだね。高校生活が楽しくなりそうだよ」
「何だよそれ」
「一応、ホメ言葉」
都雅は目を細めて微笑んだ後、黒板の上にかかっている、丸いアナログ時計を見た。
「もうそろそろ終わるけど、次の授業どうする?」
「どうするって…? あ? 何? それはエスケープのお誘いか?」
俺の言葉に、都雅は肩を震わせて笑った。
「何だよ…」
「ごめ…っ…。笑うつもりは…無かったんだけど…」
口から、くっくっと短い笑いが漏れる。何とかその笑いを抑えて、都雅が顔を上げると、なみだ目になっていた。
そんなに笑うことないじゃないか…。
俺の抗議の視線に、都雅は深い深呼吸をした後、ようやく話はじめた。