悪夢の爪痕
「‥‥‥ど、どうなっているんだ!? これは‥‥‥?」
流意人は変わり果てたカルネスの姿を見据え、思わず呟いた。
街を蹂躙する熱気を帯びた赤い炎とあの美しく整備された町並みを汚し尽くす忌まわしき黒煙。そして肉や、何かしらの固形物が焼け焦げる臭い。
全てが悪い意味で町並みに変化を齎していた。
地面には無数の遺体が転がり地面を紅く染め上げる。ある者は焼け焦げ、ある者は体の一部を失い、地面の物言わぬ死体として転がっている。
何か現実離れした光景。
そして死した人々に共通する事。それは、その顔には絶望の色が深く刻まれていると言うことだ。
つまり、街のみんなは思いがけない事故で死んだのではなく何者かに理不尽としか言えない形で殺された事を意味していた。何故か? 状況をそう判断する理由は一つ。
事故ならば状況を理解できずに、戸惑いの表情や死んだ事にすら気付かず呆然とした表情を浮かべて死んでいる者も必ずいる筈だからだ。それを理解出来たのは、こんな時代だからこそ様々な死を見る機会があったが故の事だからなのだが、そんなものは決して誇れる様な事ではない。
見渡す限り、絶望以外の表情を浮かべて死んでいる者は見当らない。
それは何者かに殺意を向けられて、自身が惨たらしく殺される事を想像出来たが故の死に様なのであろう。
そして、そこには必然的に知り得る者の姿もあった。
「アウラさん‥‥‥」
近所でパン屋を営む二十代後半の女性。小さい頃からお世話になり、たまにパンの差し入れもしてくれた近所の気のいいお姉さんだ。兄弟のいない自分にとって実の姉の様に思っていた。そして数週間前、彼女は二人目の子供が出来るの事を嬉しそうに自分に話してくれていた。
あの時は、本当の家族の事の様に自分も一緒に喜んだものだ。
その事は記憶に新しいものではあったが‥‥‥。
(守れなくて御免‥‥‥アウラさん)
弱肉強食の時代とは言え、このような事が許されていい訳がない。こんな事を為したるものが許されていい訳がない。
何より街の人々を守る立場にある自分が、それの役目を果たせなかった事に耐え難い怒りが込み上げてくる。流意人は自分自身の不甲斐無さを恥じ入るばかりだ。
自分自身への激しい怒り‥‥‥だが、流意人は不意にある違和感を感じた。
(どうゆう事だ? カルネスには守護騎士団も父さんもいた筈だ‥‥‥。父さんが居てこの状況はあり得るのか?)
父、零狼【レイロウ】の人間離れした強さを幾度となく見てきた流意人にとって、それは当然の疑問だった。
視界内の相手との距離を一瞬でゼロにしてしまうSB【ビジョン・ゼロ】と周囲百メートル内の情報を瞬時に把握する【グランド・サーチ】。
この二つの能力と類稀なる身体能力の高さにより千人以上の武装集団を一人で壊滅させた事も過去にあったのだ。そして流意人自身も幾度も父に訓練で挑んだ事があったがSBを使用し力の限りを尽くして尚、父の鎧に辛うじて剣先を掠らせるのが精一杯なのだ。
それが、遂一ヶ月前に己の身で体験した父の強さなのである。
ならば今、為すべき事は優先順位は生存者を探し生存者を保護する事。そして生きているであろう父より、この状況の詳細を確認する事だろう。
確かに別の可能も確かにあった。悪夢の様な可能性。
父が自分を墓に行く事を頼み、その間に起こったという事。そして父がこの街を滅ぼせるに足る、超越した能力を保有している事。
それらを考えるならこの惨状の原因を父の仕業と疑う者も居るだろう。
だが、その可能性は有りえない事を流意人自身が一番良く知っていた。何故なら父はこの都市を人々を愛していた。自分が守るべき場所としていたのである。父は想いを尽くし守るべき人々を決して裏切らない。
父は人徳も能力もあるが人間としては不器用すぎる人だ。だから、父がこんな惨事を引き起こす事は絶対に有り得ないと流意人は確信していた。
故に、この状況に困惑せざる得ない事もまた事実であった。だが、それとて零狼に会えさえすれば全てハッキリする事だ。
(父さん‥‥‥一体何がどうなっているんだ?)
流意人はカルネスの街と呼ばれた、その場所で目指す先も考えぬまま、ただ只管に走り続けた。
平穏なる過去が散り行く‥‥その様を自らの瞳に焼き付けながら。