歪なる歯車
荒廃した世界。見渡す限り荒野と建物の残骸が広がる世界。
かつて古の時代の技術は世界に繁栄と栄華のもたらし、平穏と安定を人々に与えていたと言う。
だが、その時代の人々は‥‥‥更なる幸福の要因を求めてしまったらしい。それが世界崩壊の火種を生み、世界は‥‥その時代の文明は灰燼と帰した。
詳細は今となっては不明だが、そんな荒廃した世界を未だ人々は懸命に生きていた。
古の文明が残り火と共に‥‥‥。
(平和だな、今日も取り敢えずは‥‥‥)
今日一日の職務を終え、流意人は子供達がはしのゃぐ姿を見据えつつ、ほのぼのとした気持ちで子供達の後姿を見送る。
この荒廃した世界において略奪行為などは各所で当たり前のように起こっており、そういった暴徒が現れることは決して珍しい事ではなかった。
ここ小規模都市カルネスは人口二万人程度の街であるが守護騎士団が街の護衛の任に就いてより十数年、カルネスに対する大きな襲撃はない。
小規模の襲撃こそ何度かあったが、それでもここ二、三年はそういった状況は見られなかった。
守護騎士団発祥の由来は古の時代に世界の中枢都市を防衛していた守衛部隊の名称であり、その守護騎士団の子孫が発足した都市防衛を主体とした傭兵集団が守護騎士団なのである。
そして守護騎士団の団長こそが流意人の父親である零狼・静授【レイロウ・セイジュ】であり、同時に守護騎士団最強の騎士でもあった。
そんな父と共に生きてきて十八年。父を誇らしく思うも、五年前に流意人の母であり父の妻であるセレニアを病で亡くしてからと言うもの、父は自身の事を父さんと呼ぶのを禁じた。その為、その時よりは父の事を仕方がなく【団長】呼ぶようになったのである。
だが正直、父親の意図が読み取れず困惑するばかりだが、取り敢えず慣れてきた為、それ程の苦も感じはしないものの父が何故このような生活観の薄い状況を作り出したのかは正直疑問であった。
そして、そんな生活感の薄い状況を過ごしてより、はや五年。
ほぼ変化のない五年間を過ごし今日も、その変化の少ない生活感の薄い一日を今まさに終えようとしていた。だが‥‥‥。
「流意人‥‥‥済まないが、明日は私の代わりに母さんの墓に花を供えてきてはくれないか?」
「えっ? でも母さんの命日は何時も団長が‥‥?」
流意人は父の言葉に何か今までとは違う違和感を感じ、動揺故か一瞬言葉を失う。だが、そんな心情を知ってか知らずか零狼は、言葉を続けてくる。
「明日はどうしても私は手が離せん。だから流意人、母さんの事を頼めないか?」
明日はカルネス発足より無事に三十年が経過した事を祝い記念祭を開催する事は流意人も知ってはいた。いや、知っていたからからこそ、守護騎士団の任を明日一日は自分に任せ、父は母の墓へ向かうものだと思っていたのである。
そして何時もの父ならば団長として自分に命じていた筈、今日の父の言葉は団長としての命令ではなく、明らかに父個人の頼みとしての言葉であった。
「分かりました。僕に任せてください!」
それは流意人にとって当然の返答であった。それは団長としての言葉ではなく、父が息子に向けての言葉なのだから断る理由はあろう筈がない。
零狼は流意人の返答に優しく微笑みながら「頼んだぞ」と静かな口調で呟く様に言った。