プロローグ
<フェイトブレイズ>
暗雲の立ち込める空。雷鳴の轟き。
雨こそ降ってはいないが、薄暗き空は心を暗く塗りつぶし曇らせる。
「時は満ちたと言う事か?」
薄暗き部屋の片隅で青年は静かに言葉を発した。それは誰に対して発したる言葉であろうか?
薄暗くも質素な部屋には他に人影はない。状況から考えて、それは独り言としか思えない。
青年は窓へと移動し外の様子を見据えた。僅な明かりが青年の姿を照らす。
青年が身に付けたるは外套に黒い衣服。プロテクターも腰の鞘に納まった反り返った形状の長剣も
‥‥‥そして、彼の髪も瞳も黒一色であった。
年は恐らく二十代後半から三十代前半といった所だろうか。
白いの肌の色だけが青年の中で唯一黒とは呼べぬものであった。青年は外からは僅かに聞こえる、ざわめきに耳を
傾けると静かに自身の腰に携えた長剣を黒い鞘より引き抜き、その黒き刃を見据える。
そして青年はおもむろに、その黒く鈍い光を有する刃を見詰めつつ、不意に後方の何もない闇のみの空間へと静かに言葉を放った。
「ネルフィル‥‥‥報告かな外の騒ぎの?」
「‥‥‥流石は陛下、その通りです。外の騒ぎ‥‥‥いえ、敵襲のお知らせに参りました。」
青年にネルフィルと呼ばれし深紅のローブを纏った女性は、慌てる様子もなく淡々と本来なら冷静になど伝える事の出来ない筈の事柄を、何事もなかったかの様に危険な状況を告げる。
だが陛下と呼ばれた青年は、そんな事を気にする様子もなく静かにネルフィルに言葉を返した。
「襲撃者は[白き英雄]‥‥‥違うかなネルフィル?」
「やはり知っていたのですね、襲撃者の正体を。いえ‥‥陛下は彼女がくる事を知っていた、そうですね?」
「何の事かなネイフィル?」
ネイフィルは一旦瞳を閉じて蒼い瞳を瞼で覆うと再び瞳を見開き青年に向けて言葉を発した。
「最悪の未来を垣間見る事が出来る運命の属性を有する古具の事をご存知ですか陛下?」
「‥‥さあ、聞いた事もないが?」
青年は僅かに言葉に間を置き静かに言葉を発する。だが、青年のそんな様子を見据えネルフィルは続け様に
言葉を発する。
「その古具は剣の形状のモノであり二本で一組なのだそうです。一本は持ち手に最良の未来への道筋を映し出す白き剣。そして、もう一本は持ち手に最悪の未来への道筋を映し出す黒き剣だと言います。」
「ネルフィル‥‥何を言いたいのかな?」
「白き剣は[白き英雄]の手元に。そして、黒き剣は陛下の手元に‥‥‥違いますか?」
「‥‥‥」
青年は返答の代わりに苦笑はしネルフィルを見据えた。
「‥‥‥では、やはり[白き英雄]とはシーナの事なのですね?」
やや困った顔をしながら「その通りだよ、ネルフィル。君には隠し事は出来ないな、昔から」と観念し青年はネルフィルの言葉を素直に認める。
「はい、陛下。あなたは昔から嘘を付くのが下手ですから」
青年はネルフィルの言葉に再度苦笑する。
「まあ、そんな訳だからネルフィル、皆を避難させてくれ。彼女が用があるのは僕だけだからね。」
青年のそんな言葉を受けてネルフィルは微笑みつつ、首を横に振った。
「陛下、いえ‥‥‥流衣人【るいと】。私も含め誰もここから退避はしませんよ? 貴方は嘗て、「私達に皆それぞれ自由に生きようか?」と言いました。でも誰も貴方の言葉に従いませんでした。貴方が一人で何かを為そうとしてると感じたから‥‥、だから貴方の為そうとしてる事を信じてここまできました。貴方が信じる正義を信じて。貴方は変わっていませんから。昔もそして今も‥‥。それに私には分かります。最初からこうなる事を知っていた。全てを一人で背負い込むつもりでいるのですね貴方は?」
「みんな大馬鹿者だな、救いようがないくらいに‥‥」
「その代表格が貴方なんですよ流衣人【るいと】?」
ネルフィルの微笑みを見据え、流衣人は無言で微笑みを返した。