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おうちが一番!なんだけど……ちょっと落ち着かない

「はぁ………」


 大きくため息をついて、私はリビングのソファに身を沈めた。

 やっぱり家が一番ね。

 今日はホント、疲れた~。

 あの後、けが人の手当てをリーダー任せて、私は落盤事故を自分の上司に報告するために、行きたくないバベルの塔に向かった。

 私が属する環境省は、中央省庁が群れをなす王城の端にある。

 ちなみにバベルの塔は王立会議場という、この国の重要法案を採択する議場と各省庁の長の執務室がある塔だ。

 バベルの塔はエリートの職場である。

 それは周知の事実で、だからこそ皆、高みを目指し、バベルの塔に登ろうとしている。

 バベルの塔をドロップアウトした私にとっては、忌々しさしか感じない塔なんだけど……。

 環境省がバベルの塔から一番離れた場所にあって本当によかった。

 知っている人に会いたくない。

 バベルの塔は半年前までの私の職場だった。

 私はそこで法案の審査や会議の運営を任されていた。

 それはかなり責任のある仕事で、何かにつけてやっかみを言われていた。

 隙を与えると、同僚であろうと同窓の仲間であろうと、そこにつけ込んで私を引き摺り落そうとする。

 私は必死に鎧を被って、その攻撃を交わしてきた。



 なのに……。



 現実は実に無情だ。

 一点の隙もないはずの私はあの日、トンデモない失態を犯してしまった。

 その所為でバベルの塔を去ることになり、私は数ある省庁の中でも一番出世に遠いと言われている環境省に左遷された。

 半年前に上司になった無口、無表情、無感情な、何一つ読めないグレイに事故の報告をすると、「そうか」とのみ言われただけだった。

 元々上流階級が多い官僚にとっては、もしかしたらお情け程度にあるこのインフラ事業など大した関心事項じゃないのかもしれない。

 見たことも話したこともない者が怪我をしてもさして気にすることもないのだろう。

 私は素早く事故発生報告書を仕上げ、その他諸々の煩わしい仕事を片付けて、王宮を後にした。


 私が勤める現場のある王都の端の地区はペイズリーという。

 王宮から馬車なら4時間半、蒸気自動車なら3時間かかる距離にある。

 王都の端にあり、環境は最悪。

 貧民街で、無法地帯。

 治安維持の警ら隊など何の役にも立たない。

 半年で慣れたとはいえ、陽の落ちたこの町を一人で歩く勇気はない。

 なんとか日が完全に落ち着る前にアパルトマンに帰りついた。

 その前に作業現場に足を運んでみたが、もちろん私の指示通り誰もいなかった。

 …………。

 うん………私が今日はここまでって言ったもんね。

 誰かが私を待っていてくれるかもしれない、なんて、馬鹿げた思いだった。

 そんな馬鹿げた妄想をして、待っていてくれるだろう誰かに申し訳なくて、急いで帰ってきたのに………。



 なぁ~んだ。

 私はがっくりと肩を落とした。

 まぁ、分かりきったことなんだけどね。でもさ………。

 傷心のハートにこれはきつい。

 勝手に期待して、勝手に失望してるだけなんだけどさ。

 けっ、やけっぱちになっちゃうよ。

 あ~もう、なんか、泣きそう。

 アンの一人くらい待っていてくれる気がしたんだけどな~。

 あの温かい手を思い出し、私はもっと項垂れた。

 やっぱり奴も、他の人間と変わらないってことか。

 分かってたくせに、今さらそんな現実をまざまざと見せつけられるなんて、ね。

 ついてない時はとことんついてないのが私。

 普段もついてないのに、追い討ちをかけるように弱り目に祟ってきやがるのだ。

 なのに、こんな情緒不安定な時に、ルームシェアの相方のベティはいない。

 ガランとした部屋が、いつも以上に広く感じる。


「もう仕事いっちゃったのか……ベティのバカ………」


 私はソファに寝っ転がったまま、悪態を吐いた。

 別にベティは、何一つ悪くないんだけどね。

 ベティがいないのは、分かりきったこと。

 ベティはバールの店長をしているので、いつも夜はいない。

 なので、日中働いている私とはいつもすれ違い状態だ。

 そんなの慣れっこ。

 でも今日は私の話を聞いてほしかった。

 いつもみたいに、ちょっとつっけんどんな態度で、でもその裏にとびっきりの優しさを隠して「あんた、バカじゃない?考え過ぎよ」って言ってほしかった。

 この町でたった一人の私の味方。

 素の私を見ても呆れたり、見下したりせずにいてくれる大事な人。

 そう、姿形がどうであれ、見た目が男であれ、ベティは私の唯一無二の女友達だ。

 彼、いや彼女、自称ベティは、28歳の、見た目シュッとした美形なニューハーフさんだ。

 短く切り込んだ髪は亜麻色で、色素の薄い顔にある碧色の瞳が印象的な彼女は、冬の明け方のように凛としている。

 特に女の子女の子した姿をしている訳ではない。

 どちらかといえばシックな服装を好む彼女は、一見しただけでは女か男か分からない。

 その中性的な魅力は男女どちらにも有効らしい。

 でも彼女は男の姿をしていても、心は女なのだという。

 可哀想なベティ。

 女の心と男の体を持って生れてきた所為で、世間から奇異な目で見られる。

 彼女は元々、王都から離れた地方都市の生まれらしいが、田舎の方が世間の目を気にする傾向がある。

 彼女はその田舎特有の、こうあるべしという雰囲気に馴染めなく、親に半ば勘当されるように出てきたらしい。

 彼女が生きる場所に選んだのが、この雑多なスラム街。

 多種多様な、世間から突き放された者が集うここでは彼女はけして浮いた存在じゃない。

 薄汚れた土地だけど、ベティにとっては安堵する場所なのだろう。

 この点は私と意見が異なるが………。

 多種多様な人物がいるはずなのに、浮きまくっている私に安息の場所はない。


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