私の必要性って、なんだろう
私が落盤事故の現場に着いた時には、すでにリーダーの指揮で作業が進められていた。
落盤事故といっても、落ちたのは3メートル下の、今まで掘り進めていた場所までのことだった。
原因は、ちゃんとした安全措置を取らずに掘り進めた結果だった。
下で掘り進めていた者と上で作業していた者がボックリ開いた地面の口に飲み込まれてしまった。
私の目の前で、屈強な男達が穴の中に埋まった仲間達を助けんと、土をかき分けていた。
なんとか半時後には、全員を掘りだすことに成功した。
不幸中の幸いというのか。土が柔らかかったお陰で、事故に巻き込まれた作業員数名は重症にならず済んだ。
しかし、いくら命に別状がないとはいえ、打撲や骨折は免れないだろう。
呆然と事態を見つめる私の目の前で、リーダーが的確な指示を出して、けが人を地面に寝かし、応急措置を取っている。
男達の野太い怒号が辺りで飛び交う。
何人かが医者を呼びに走っていき、別の者は担架を探しに事務室へと急ぐ。
巻き込まれた作業員は、作業着のあちこちを赤く汚していた。
皆顔を歪め、痛みに耐えている。
ミンナ、イタイタシイスガタヲシテイル――――。
この現場の指導者である私を置いて、事態は進んでいく。
本来なら指示を出すべきは私。
なのに、体が凍りついて何も言えなかった。
アンに連れられてきた状態のまま、何も言えずに立ち尽くすのみ。
これは私がちゃんと現場に目を向けていなかった所為だ。
ちゃんと作業員の安全に目を向けていなかったから、起きてしまった事故だ。
ワタシノセイデケガシタヒトガイル―――――。
その事実が私に現実を突きつける。
怖くて、小刻みに手が震える。
アンに手を握られたままだと気付いたけど、でももうこの震えを止めることはできない。
いや、今はアンの手でも縋ってないと、自分が崩れていってしまいそうだ。
もう嫌だ。こんな現実、私には向かない。
でも、腐っても私はこの現場の監督を任されている。
泣いて出来ないと言えればどれだけ楽か………。
その時、震える私の手をアンがギュッと握った。
冷え切った指先に自分じゃないあったかさを感じた。
その瞬間、ハッと頭の中で蠢く嫌な感情から解放された。
そうだ。私は現場監督だ。
どれだけ役に立たなくっても、その役職を任されている間は、何があってもその役に負けない自分でいないといけないのだ。
私は大きく息を吸うと、取れ掛けた仮面をかぶり直した。
今だけ、どうか今だけでも冷静沈着な現場監督だと思ってほしい。
私はアンの手を離し、一歩前に出た。
気付かれないように息を吐くと、いつも通りにとりすます。
「ラズロさん……、けが人の様子は?」
私が声をかけたのが意外だったのか、いつも無表情のリーダーは片眉を釣りあげて私に視線をよこした。
「あ……ああ、けが人は4人だ。見たところビリーは足の骨をやっているが、他の奴は打撲で済みそうだ。今、医者をやっている」
「そうですか。ならば、すぐに担架で彼らを事務所に運んで下さい。お医者様が来るまでに擦り傷などの手当をしてあげて。扱いには気をつけてちょうだい。見た目大丈夫そうでも頭を打っている可能性があるわ。ちょっとした変化にも気をつけて」
「………分かった」
リーダーがいつも通りに抑揚のない声で答える。
その言葉の裏には『分かっているよ、そんなこと』というニュアンスが含まれている気がして、より一層私は自分の居場所のなさを感じた。
しかしこのまま引き下がる訳にはいかない。
私はぐっと拳を握り、自分を奮い立たせた。
なんとか胸を張り、その場にいる全員を見渡した。
「今日の作業はここまで。明日明後日は元から休みですから、作業は週明けから行います。必要のない作業員は返して下さい」
震えていることを気取られないように、それだけ早口で言うと私はリーダーに背を向けた。
もう限界だった。
これ以上、彼と話していたらボロが出る。
「早急に行動に動いてい下さい。私は事故のことを環境省に伝えに行きます」