嫌な事ほど冗談で終わってくれない
全身の血が逆流するほどの恥ずかしさに顔が真っ赤に染まる。
恥ずかしい。
穴があったら入り込んで、引き籠って、誰にも見られずに悶絶したい。
でもどうしてだろう。
さっきまで胸一杯に広がっていた不安は、どこかに吹き飛んで、今は何処かに影を潜めている。
ドクンドクンと弾む鼓動はもう、アンのことしか考えられない。
からかわれたと分かっていても、胸の内が熱くなる。
「ふ、ふ、ふ、ふざけないでぇ!」
なけなしのプライドで出た言葉はカミカミで、情けなさが倍増しただけだった。
真っ赤になった顔は、鏡を見なくてもひどく情けない顔をしていると想像できる。
なんでよ。
せっかく隠しているのに、なんで私の中の弱い私を表の世界に引き摺りだそうとするの。
もう、何が何だか分からなくて泣きそうになる。
「冗談、キスなんてしなよ、君は」
ニコッと笑って、そう告げられた。
なぜかギュッと心臓を掴まされたような痛みが全身に響いた。
それがなんなのか、私にも分からない。
けど腹がたったから、若干潤みかけた瞳で、これでもかとアンを睨んでやった。
「あはは、それだけ怖い顔で睨める元気があるなら十分。早く行こう」
アンはいつもと変わらない笑みを浮かべ、しかし有無を言わさない強引さで私の手を取った。
細身のくせに、どこにそんな力があるんだってくらいの力強さに引っ張られ、私はつられて立ち上がる。
そのまま彼は、私の手をひいて事務所を出た。
なんとか抵抗しようとする私など構わず、彼はズンズンと進んでいく。
「ちょっと、離して!」
あまりの強引さに抵抗を試みたが、アンの手は解けない。
私は仕方なく、引き摺られるままにアンの後に従った。
彼に付いていこうと思ったのは抵抗しても無駄だからだが、それ以上に前を歩くアンが何故だかいつもと違うように思えたからだ。
声はいつも通りなのに、彼を包む空気が緊迫しているように感じる。
彼の纏う空気が私の胸に嫌な暗雲を呼んだ。
二人してデコボコの荒野を早歩きで進む。
普段通りどこまでも続く赤茶けた荒野。
でもいつもと違って、作業員の姿が見えない。
ドキン、ドキン―――。
嫌な種類の胸騒ぎがする。
私、勘はよくないが、マイナスの想像は大抵外さない。
「奥の作業場で落盤事故が起きたんだ」
私の手を引いたまま、アンは抑揚なく事態を説明した。
前を見据えたままの彼は、デコボコの高低を作る荒野の先を見つめていた。
「落盤……事故?」
問い返す声がか細く消える。
「そう、一番奥の作業場だ。地下通路に繋がる入口だと思われる部分を掘り下げていただろ?あれの天井部分が一部損壊した」
淡々としているが、アンの声は硬い。
それは事故がどれだけの惨事であるかを如実に物語っているようだ。
スウッと血の気が引いた。
落盤事故なんて……。まさか………………。
自分の足元から崩れ落ちそうになる。
アンに手を引かれて歩いているのがやっと。
何も考えられなくなる。
周りの風景はぼやけ、ただアンの眩い髪だけが妙にくっきりと瞳に焼きつく。
嫌な勘ほど外れてくれない。
ズンズンっと嫌な鼓動が全身を駆け巡る。
手足の先が痺れるように冷えていく。
なんで早くに事故のことを言ってくれなかったの。
あそこで子どものように落ち込んでいるなんて、現場の責任者として最低だ。
でも……あのまま落ち込んだままの私に、この現実を受け止めることができただろうか。
アンの背中を縋るように見つめながら、声を掛けた。
「そ、それでけが人はどれだけいるの?」
取りあえず現状が知りたい。
ううん、そうじゃなくて、何でもいい。
話をしていないと想像が悪い方にばかり向かってしまう。
動揺が全身に広がり、冷静ではいられない。
今はただ、アンが前を見ていて良かったと思った。
きっと私は泣きそうに不安な顔をしているだろう。
こんな顔、部下に見れる訳にはいかない。
私はこの作業場の監督者なんだ。
しっかりしないと……。