第4話「この時間を吸い取っていくだけ」
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「あっ!おはようございます」
と、レビンの挨拶が、事務所で朝食を食べている九乃助と純太に向けられた。
「・・」
「おっはーよー!」
挨拶したのは、純太だけであった。
九乃助は、食パンを大口開けて突っ込んだ。
朝食は、簡単な食パンとコンビニのパンと、コーヒーであった。
九乃助がソファー寝をするようになってからは、九乃助の部屋はレビンの貸し部屋になった。
そのことには、九乃助は不本意であったが、ビジネスとして我慢した。
レビンは朝食よりも、先にシャワー室に向かっていた。
それを、純太は目で追っていた。
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「さっき、電話で依頼があったんですが・・。○○地区のこの橋の下に行ってもらいたい・・」
と純太はメモを渡した。
九乃助は、片手に食パンを持ちつつメモを受け取った。
「この地区、不良の溜まり場じゃねぇか」
と、今度は片手に缶コーヒー持ち替えて言った。
「不良退治か?」
と、言って缶コーヒーをすすった。
「いや、詳しくは聞いてないです・・」
と言いながら純太は、目線をレビンの入ったシャワー室に向けていた。
まったく、九乃助の方に顔が向いていなかった。
その行為に九乃助は、軽くムカついていた。
「・・!」
それで、たまたま手元にあったタバスコを、九乃助は握った。
そして、純太の目線がシャワー室に向いてる事をいいことに、純太の缶コーヒーにタバスコを流し込んだ。
「じゃあ、行って来る・・」
と言って、九乃助は立ち上がった。
「いってらっしゃい」
純太は、目線をシャワー室に固定したまま手を振った。
このあと、純太は缶コーヒーを飲んだかどうかは、九乃助の帰宅後に解った。
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『1千円以上払ってくれる仕事なら、なんでも承ります。
ご用件は、こちらまで。
電話番号・・
住所・・
by (有)フリー・ナイン』
こんな看板が、都心に近い田舎町の駅裏に貼られていた。
ボロボロで、なんてことのない悪戯書きに近い看板があった。
そんな看板には、今日も危険な雰囲気もしていた。
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ガタン・・
ゴトン・・
電車が動き始めた。
日曜の午前中だけあって、少し空いていた電車内の吊り革に、九乃助は体重を預けていた。
九乃助は、周囲の女性と距離を十分に取っていた。
痴漢と誤解されない距離の意味である。
ゴソッ・・
ポケットに入れていたメモを手に取った。
九乃助の十代の頃は、喧嘩に明け暮れていた。
この頃は、喧嘩ぐらいしか楽しむことはなかった。
だから、関東圏の不良の溜まり場に自ら、一人で向かっていたことも多かった。
そのせいで、時にはボコボコにされたが、その中で喧嘩術を覚えた。
だから、一人でも数十人を地面に倒せるようになった。
そのような過去があった彼は、これから向かう場所は、その場所のひとつであった。
九乃助は少し思い出に浸った。
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その場所は、九乃助が高校時代、売られた喧嘩を買った場所であった。
だが相手が多く、しかも、武器を所有していたため、惨敗でボロボロであった。
相手が去った後、その場で、九乃助は動けなくなっていた。
散々、痛めつけられて動けなかった。
だが、そんな重傷でもなかったが、動く気になれなかった。
様々なことで絶望しきって。
この頃の九乃助は、いろいろ問題があった。
勉強が駄目で、人望もなかった。
今は和解したが、この時期、家族からは見放されていた。
ずっと、一人の状態が多かった。
だから、心がささくれた状態であった。
そんな状態で・・。
「大丈夫か!!」
一人のスーツのおっさんが、近寄ってくれた。
そのおっさんは、近くの薬局から薬を買ってきてくれた。
このあと、飯もおごってもらった。
行動も会話も、おっさんの一方的であったが、九乃助は心の底で感謝していた。
その男とは、それっきりであったが、深く心には刻まれていた。
そのせいあって、例の橋の下は少しは懐かしくあった。
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しばらくして、その場所に着いた。
橋の下の壁には、多くのスプレーでの落書きがあった。
更に、血の後もついていた。
川の方には大量の投げ捨てられたごみがあった。
どこか、異臭もしていた。
九乃助が以前、訪れた時と、なにも変わっていなかった。
やはり、まだ不良の溜まり場となっているようであった。
今は、昼間であるせいか、不良はいなかった。
その場所に、中年の男がいた。
男は痩せて、汚れた作業服を着ていた。
顔には絆創膏など、傷が多かった。
そして、バケツやゴミ袋などの清掃用具を持っていた。
「あの・・、焼野原さんですか・・?」
と、中年の男が、九乃助に近づいてきた。
「そうですが・・」
掃除用具を見て、嫌な予感がした。
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九乃助は、ゴミ袋を持って、川の方のゴミを拾っていた。
予感は当たってしまった。
「はは!さすが、手馴れてますな!!」
と、中年の男は言った。
九乃助は、あまり嬉しくなさそうだった。
だが、空き缶を拾う姿は様になっていた。
「いやー、ここは拾っても、拾ってもゴミが捨てられてねー」
と、中年男性は世間話をするノリで話しかけてきた。
「いやね、最近の近隣住民は苦情だけ言って、ここのゴミは拾おうとはしないんだよね!!」
男は、一人で盛り上がっていた。
九乃助は、苦笑いで答えてやるしかなかった。
「まったく、最近はねー」
と、男は長々と語り始めた。
九乃助は、苦笑い状態で顔の筋肉が固定されていた。
「なんで、こんな同じ仕事ばっかなんだ・・」
ちなみに、今月で20回目くらいであった。
しばらくすると、中年男性の話が終わり、チラッと後ろを見ると、中年の男性は汗を拭きながら壁の落書きを消していた。
壁の落書きは、そう簡単に取れる物ではない。
なのに、男は一生懸命に壁の落書きを消していた。
壁の落書きは、少しずつだが消え始めていた。
九乃助は、会社や建物の掃除のバイトの穴埋めで掃除をすることが多いが、個人で頼まれたのは初めてであった。
なにか、あるのかと思いつつゴミを拾っていた。
良く見ると、男の腕にあざがあった。
ゴミの中には、ポルノ雑誌があって、女性不信の九乃助を不愉快にさせた。
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「なんで、一人で・・」
と、数時間後の小休憩中に、九乃助が男に話しかけた。
九乃助は、汗を借りたタオルで拭いていた。
そういわれて、背伸びしていた男はお茶のペットボトルから口は離した。
「いや、私しかやらないんだよ・・」
と、寂しげに答えられた。
男は、座り込んだ。
「私の若い頃は、ここは綺麗な川だったんだけどね・・」
男は、また語り始めた。
九乃助は、タバコを取ろうとしたがやめておいた。
「特に、この川には思い出もないんだけどね・・。数年前、家族もなく仕事一筋だったのに、リストラされてね・・。それで、落ち込んでたとき、喧嘩でボコボコにされた不良がいてね・・」
「えっ!」
九乃助は、驚いた。
もしかしたら、自分のことであった。
更には、あの時の恩人が目の前に居たのであった。
「寂びそうな目をしていてね・・。なにも、喋らなかったよ・・。ひどいくらいに、ボロボロになってたのに、それでも、自分の歩いて帰っていた姿がなんか・・。胸に来てね・・」
「・・」
そう言われて、なお更、自分と確信した。
「ボロボロになっても、自力で家に帰ろうとした彼の姿見たら・・、落ち込んでたのが、どうでも良くなってね・・」
「・・」
中年男性の目から、何故か、涙が滲んでいた。
別に、九乃助は、この男性に何かしてやった訳でもなかった。
なのに、男は目から涙を滲ませていた。
「・・」
そんな姿を見た九乃助も、何故か、泣きそうになった。
「だから、この場所を綺麗にしてやらなきゃと思ってね・・」
理由にはなってないような感じはしたが、それが、彼の生き甲斐になっているようだった。
「しかし、何回、掃除しても、ここら辺の近隣住民と若い奴らは、平気でゴミやら落書きをしていくんだな・・」
「それでも、あなたは掃除を続けたんでしょ・・」
と、九乃助は言った。
そして、立ち上がって掃除用具を手に取った。
「さっ、やりましょ・・」
と、九乃助は、またゴミ拾いをはじめた。
男も、また落書き消しを始めた。
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ゴミ広い中に、通行人が次々とゴミを投げ捨てていた。
「なんだ!!てめぇーら!!」
と九乃助が、罵倒しても通行人は投げたっきりだった。
その投げられたゴミを、九乃助は拾ってやった。
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時間は、薄暗くなっていた。
それでも、二人は清掃をしていた。
落書きとゴミの数が薄くなっていた。
「はぁ・・」
九乃助はだれていた。
「はは!若いのう!!」
と、男は笑った。
それを見て、九乃助も笑った。
そんな時・・。
橋の下に、学生服を着たグループが現れた。
5人のチャラチャラした身の回りを綺麗にした高校生たちであった。
「あー!なに消してるんだよ!!」
と、落書きに指を刺していった。
「誰に断って消してんだよ!!」
と、数人の高校生が中年の男を囲った。
男は壁を背にしていた。
「いや、だってね・・」
と、中年の男が言った。
男は怯えていた。
「よく見たら、こないだの・・」
「また痛い目にあっちゃう?」
と高校生が罵詈雑言を飛ばして、男を壁に押し付けた。
「・・」
「また・・」と、言う言葉を聞いて、九乃助は全身に血が走った。
そういえば、男は傷だらけだ。
このようなことがあって、男は傷が多いことに気づいた。
そのせいか、急に怒りが沸いて来た。
血管がピクピク動いてるのが、自分でも解った。
囲ってる高校生たちの方へ歩いていった。
「おい・・」
九乃助は、リーダー各と思われる一人の肩を握った。
その握る手には、血管が浮き出ていた。
「なんだよ・・」
と、振り返ろうとした瞬間。
「うぎゃあああああ!!!」
リーダー各は、激痛の声を上げた。
肩からは、メリメリと音がしていた。
九乃助は、物凄い握力で肩に握り締めていた。
激痛の声は、他のメンバーには圧力となった。
「帰れ・・」
ボソッと言って、九乃助は手を離した。
九乃助の顔は、夜の暗さも手伝って、この世の人間の形相とは思えない顔に見えていた。
「ひぃいいいいいいーーー!!!」
あまりの激痛で、リーダー各はパニックになって逃げて行った。
それを追うように、他のメンバーも逃げて行った。
「・・」
それを見届けると、男の肩を持って立ち上がらせた。
九乃助は掃除用具を手に取った。
「もうすぐで終わります・・。さっ、やりましょ・・」
と、九乃助は、またゴミ拾いをはじめた。
男は唖然としながら、また落書き消しを始めた。
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「終わったーーー!!!!」
九乃助は、午後の11時過ぎに叫んだ。
ゴミは綺麗に消えていた。
落書きは、まだ消え切っていなかったが、とりあえずは終了という形になった。
「また、ゴミは増えると思うが・・」
と男は言った。
「また、俺を呼んでください」
と、返した。
「何故、そこまでしてくれるんだい・・」
と、男は申すわけなさそうに言った。
「数年前の俺を、家に帰らせてくれたからですよ・・」
と言って、男に背を向けて、九乃助は帰りへと足を向けた。
その九乃助の後姿は、中年男性の記憶にあった不良の背中だった。
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