第35話「この夜が終わる前に・・(後編)」
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ブォオーーン!!
九乃助は、アパートの前で愛車CR−Xのエンジンを始動させた。
マフラーから、排気ガスが噴いている。
車を始動させたのは、桐谷秀一からの電話があったから。
向こうは、純太を拉致したことを告げた。
そして、特定の場所と時間まで、レビンを連れて来いとのことである。
つまりは、人質の純太と、桐谷の目的であるレビンとの交換条件であった。
さもないと、純太の命は・・。
とうとう、向こうは人質交換という手段まで使い始めた。
エンジンが動き出したCR−Xに、九乃助とレビンは乗った。
キエラは、その二人の車に乗り込む姿をアパートから見ている。
レビンは、自分が原因で事が起きたと思いつめている。
しかし、九乃助は、純太が捕まった理由が、パチンコ屋に居たからという理由だったで、半ば怒っていた・・。
怒りながら、車のクラッチを踏んで、トップにギアが入った。
徐々にクラッチを離して、車体が動き始めた。
その走っていくCR−Xの姿を、キエラは見送った。
キエラは、九乃助には、後から行くと伝えていた。
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桐谷の姿は、自らが指定した場所である都会の海沿いの倉庫に居た。
そこには、ベンツと多くの黒服達。
ベンツには、猿ぐつわと縄で縛られた純太の姿である。
気を取り戻した純太は、必死にあがいていた。
だが、縛られ動きが封じられている。
そして、自分の無力感を感じていた。
気づくと、純太の目には悔しさで涙が浮かんでいる。
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時間は、もう深夜帯に近かったせいか、比較的に道路は空いていた。
その空いている道路を、CR−Xは駆けている。
「なぁ・・」
急に、九乃助は声を出した。
視線は、フロントガラス越しの道を見つめる。
片手で、ハンドルを握る九乃助の方にレビンは向いた。
「はい・・」
その声に、窓際で考え事をしていた彼女は応答する。
「純太のこと、気にしてるのか・・」
そう九乃助は言った。
「はい・・」
「アイツの場合は、自業自得だから気にするな・・」
パチンコ通いの純太のことで、九乃助の額に青筋が立っていた。
しかし、それでも助けに行くのは、彼にとっては、大切な弟分だからだ。
それは、レビンにも解っている。
「それと、キエラの話が本当なら、さっき言ったとおりに、お前にも頑張ってもらうからな・・」
と、話を切り替えた。
車に乗る前に、なにか打ち合わせをしてきたようだ。
「解ってます・・」
決心したように、レビンは返事をした。
「怪我すんなよ・・」
「大丈夫です。九乃助さんこそ・・」
気を使う九乃助の言葉に、レビンは頷きながら言う。
「あんな奴らに、怪我するわけあるかい」
と、冗談交じりで答えた。
「そうですよね・・。ふふっ」
その言葉に、レビンは笑う。
彼女の思いつめた顔は、少しだけ和らいでいた。
「あったりめぇだ。ははっ」
九乃助も、つられて笑う。
そして、具体的には言えないが、彼女は変わったと九乃助は思った。
初めて出会った時よりも、九乃助には彼女が可愛く思えた。
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九乃助の目に、例の場所の標識が見えた。
約束どおりに、特定の時間に九乃助は着くことが出来たのだ。
例の倉庫に着いた頃には、もう夜は深まり深夜である。
倉庫に着くと、黒服たちの姿が見えた。
奴らが、純太を捕獲したのだと思うと、九乃助の目つきは鋭くなった。
車に黒服が近づいた。
「降りろ・・」
そう支持を受け、九乃助とレビンは車を降りる。
降りた瞬間、多くの黒服たちが囲んできた。
これは、逃げられないようにする配慮だ。
「純太は・・」
九乃助は黒服に向かって言う。
「こっちに来い!!」
乱暴に、九乃助とレビンは背中を押され、倉庫の方へ歩かされた。
どうやら、倉庫に純太と桐谷が居る。
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倉庫の中まで、九乃助とレビンは歩かされた。
そして、薄暗くなった古く錆びれた倉庫の中で、人の姿が見えた。
倉庫に居るのは、長髪の黒いスーツ。
信代会、桐谷秀一である。
桐谷は、口元に笑みを浮かべている。
その桐谷の横には、ロープで縛られ横たわる純太の姿が見えた。
「あなたが、焼野原さんと、レビン嬢で・・」
と、黒服たちに囲まれた九乃助とレビンに、声を掛けた。
純太は、声にならない声を出している。
「そうだ・・。てめーが、桐谷とか言うのか・・」
「はい・・」
九乃助の強めの口調を、柔らかめに桐谷は返した。
「純太を放せ・・」
身動きの取れない純太に目をやって、九乃助は言った。
「お約束のレビン嬢を・・」
桐谷は、条件であるレビンを手招きした。
そして、桐谷の手は懐に入っている。
「すまん・・、レビン・・」
「いいえ・・、気にしないで下さい・・」
言われた通りに、九乃助は、レビンを桐谷の方へ歩かせた。
それを見た純太は、更に足掻いた。
彼には、かなり不本意な取引だったのだ。
しかし、もう取引は終わっていた。
レビンは、桐谷の居る位置に着いた。
そして、純太は乱暴な形で、黒服から九乃助の方に投げられた。
このような形で、取引は終了した。
「ふふふ・・」
目的であるレビンの捕獲に、桐谷は終了したのだった。
なのに、彼の右手は懐に、まだある。
まるで、なにかを隠しているように・・。
「あっ・・、そうだった」
桐谷は、急に声を出した。
「・・」
その妙な声に、九乃助は気をとられた。
すると、桐谷は懐から右手を出した。
なにかを握って・・。
その時・・。
パーーン!!
「!」
レビンの耳を打つ音が、近くで鳴った。
その音を放ったのは、桐谷。
その桐谷の右手にあるのは・・。
「ぐっ・・」
九乃助は、胸を押さえた。
胸を押さえる手から血が溢れ出している。
それも、大量の・・。
純太は、目を疑う。
桐谷の手には、拳銃が・・。
その拳銃が九乃助の胸を撃ち抜いた。
「てめぇ・・」
胸から血が溢れるの抑えながら、九乃助は力を絞るように言葉を吐く。
九乃助は、胸を押さえて前傾姿勢で倒れた。
「ぐっ・・」
空気が抜けるように、声が出た。
そして、そのまま動かない。
「いやああああ!!!!!」
レビンは、その信じがたい状況に叫んだ。
その叫び散らす彼女の横で、桐谷は笑っている。
純太は、口が塞がれて声が出せない。
叫び散らしたかったのに、それは出来なかった。
「はははは!!!悪いね、焼野原さん!!信代会侮辱を償ってもらったよ!!!」
と、大声で笑いつつ、桐谷は言った。
このような惨忍なことが、出来るのが桐谷という男の本性。
それを、キエラは恐れていた。
その通りに、九乃助は胸を撃ち抜かれたのだった。
レビンは、錯乱している。
純太は、目の前の現実に泣くしか出来なかった。
二人に、大粒の涙が溢れている。
しかし、九乃助は倒れこんだまま動かない。
桐谷は、その二人の様子に構わずに、懐に、また銃を入れた。
「九乃助の遺体は、あんたらで片付けてくれ・・」
そう捨て去るように言い、錯乱して泣くレビンの腕を掴んで車の方へ歩いた。
九乃助は、純太と同じように、倉庫に倒れている・・。
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「ははっ・・」
笑いながら、倉庫の前に置いていた運転手の居ないベンツの後ろに、桐谷は乗っている。
無理矢理、レビンも車の中に連れ込まれていた。
レビンは、錯乱して桐谷の手から離れようと、車の中で足掻いている。
しかし、無駄だった。
だが、しばらくしても来ない黒服たちに、桐谷は少し苛立つ。
だが、そう思っている矢先に倉庫の暗闇から、黒服二人が現れた。
他にも、大勢居た黒服たちは後の処置を行っているようである。
「すいません・・、いますぐ車を出します・・」
と、深く帽子を被った黒服の一人がドアを開け運転席に座った。
もう一人は、助手席に座った。
レビンが錯乱しつつも、ベンツは動き出した。
「場所は解ってるな・・」
と、桐谷が言う。
それに、黒服が頷く。
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「・・」
桐谷は、ベンツから降りた。
すると、自分が言っていた場所とは違うのに居ると気づいた。
ベンツは、誰も居ない高速度道路の橋の下だ。
なにかあったのか、爆破の後のある所だ。
「おい!!場所が違うぞ!!」
と、運転手の黒服に桐谷は叫んだ。
気のせいか、錯乱してたレビンは、いつの間にか落ち着いている。
なにやら雰囲気が、おかしい。
桐谷は、この違和感を妙に感じた。
すると、運転席の黒服が車から出てきた。
「いいや・・、合ってますよ・・。貴様の地獄めぐり特設会場は、ここだ・・」
「・・!」
桐谷は、違和感の正体に気づいた。
その黒服の声で・・。
黒服は、帽子を脱いだ。
「嘘だ・・」
桐谷は驚いた。
帽子を脱いだ黒服の正体は・・。
「やっと、気づいたか・・。俺は貴様に、うっかりと胸を撃たれたけど、死んでない焼野原九乃助ちゃんだ・・」
焼野原九乃助であった。
そのことに、桐谷は驚いた。
「嘘だ!!貴様は!!!」
九乃助は、帽子を脱いで桐谷に迫る。
「桐谷秀一は、銃の使いだとキエラから聞いた・・。だから、血のり付きの防弾チョッキで、いつ撃たれても良いようにしたのよ・・」
と、黒いスーツと一緒に防弾チョッキを脱ぎながら、九乃助は状況を説明し始めた。
その間、桐谷は、懐の銃を抜こうとした。
「げっ!」
だが、懐に銃がない。
「銃は、私が持ってますよ」
と、レビンが桐谷の銃を持って、車から降りてきた。
実は、錯乱したように見せかけて、銃を奪っていたのだ。
レビンは、九乃助が防弾チョッキ着てるのは、とっくの前に知っていた。
そして、演技しながら銃を奪う。
遅れて、同じく黒服姿で純太が車から出てきた。
「まったく・・、途中まで、俺も騙されてたよ・・」
そう愚痴った。
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九乃助が撃たれて、桐谷が去った後・・。
死んだように見せかけていた九乃助は、黒服全員片付けた。
そして、純太を解放して、黒服の衣装を奪い車を運転し、この場所へ・・。
すべて、作戦であった。
銃使いの桐谷から、銃を奪う作戦である。
ここに、来る前から練ってあったのだ。
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「さて・・、覚悟できてるか・・」
桐谷に、九乃助は近づいた。
九乃助の眼光は鋭くなった。
そして、拳がゴキゴキ鳴る。
武器のない桐谷は、震えている。
「ひぃいいいいーーーー!!!!!」
そのまま、叫んで桐谷は気を失った。
どうやら、彼の強みは、今はレビンの手にある拳銃であった。
だから、素手では、なにも出来ない。
だから、気を失うしかなかった。
その姿を見て、九乃助は・・。
「誰が、てめーみたいな殴っても解らないような奴を殴るか・・」
そう言い去った。
「九乃助さん!」
レビンは、銃を捨てて、九乃助の方に走った。
嬉しかったのだ、何事もなく終われて。
「良かった、無事で・・」
そう言って、九乃助に抱きついた。
「言ったろ・・、あんな奴らじゃ、俺は死なないって・・」
そう言って、自分の顔の下にある彼女の頭を撫でた。
こうして、二人は桐谷という危機を乗り越えたのだ。
純太は、足音を立てないようにその場から退こうとしていた。
逃げ出そうとした理由は、今回の原因を作ったことで・・。
「純太・・、お前は殴っても解る奴だから、今から殴る・・」
九乃助は、そう言い放って純太の方に向かう。
純太は、脂汗が沸いてきた。
数分後、絶叫が聞こえた。
こうして、純太のパチンコ癖は治ったそうな・・。
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